第169話 このウザリンチを止める教師はいないのか!? いた!
「……これは想定外だ。庶民無双とは」
生徒会長のエマイオニーは、なぜかディーゴの腕を引っ張ってそこに隠れるようにくっついてきた。ナタリー副会長はその様子を見て「淑女がなにをしているんですか」と怒気を含ませた顔になっている。
「ディーゴには婚約者もいない。私がくっついても問題ない」
「あなたにはいるでしょうが!」
「婚約破棄するもん」
「もん、じゃないです!」
「だって」
「だって、じゃない!」
自分を挟んで生徒会の美女二人がギャーギャー言い合っていても、ディーゴは平然とした顔で無双中のアルダムを見ている。こういう光景は祖国で慣れているのだ。
『あの人、ヒュム族だよねぇ?
そんなディーゴの視線を知ってか知らずか、アルダムは「フハハハハ!!」とまるで帝王のように高笑いしながら、興が乗ってきたのか制服の上着を脱いでタンクトップ姿になった。
「さあ! どんどんかかってこいボンクラ貴族ども!」
庶民にボンクラと煽られて引き下がれるかと、無関係だった上流クラスの男子たちまでもが輪の中に入ってくるが、アルダムは「ひょーい」と跳びながらまとめて仕留めに掛かる。
「ほほう、あの人数相手に。あいつは良い腕だ。私の家臣に欲しい」
「いやいやリュウガ。お前はもう公爵家じゃないんだから、やつは俺がもらうぜ」
「ははは、ユーリアン。君の家は火の車だ。彼を雇う金などないだろう?」
「廃嫡されたお前が言うな」
ディーゴの後ろで教職員二人がヒソヒソでもない声で喋っている。
『この二人も貴族かな』
ディーゴがそう思えたのは、大凡の貴族は「遠慮することを知らず、逆に遠慮を庶民に求めるもの」だからである。マナーとして「庶民は貴族の私語は聞かなかったことにしなければならない」という、思いやりの忖度を周りに強いる。もちろんそんな傲慢な貴族ばかりではないが、どこの国でも貴族とはそういう生き物なのだ。
『うちの国の貴族もダメなやつばかりだと思っていたけど、連合国はそれ以下だなぁ』
リュウガとユーリアンは連合国ではなく王朝の貴族なのだが、ディーゴからすると彼らは教員服を着ているので、よその国籍だとは思わなかったようだ。
近い将来、こういった他愛もないことの積み重ねで「エルフの国と王朝は国交を結べない」という事態に発展するのだが、その全責任がリュウガとユーリアンにあると判明し、王朝からキツイ沙汰が申し付けられる。それはまた別の話で分かる時が来るだろう。
「生徒会! あいつを止めてくれ!!」
アルダム無双を前に、股間を濡らしたジョージはディーゴの足元にすがりついてきた。
「はぁ? 貴様は女子にそんなことを頼むのか? 自分で公開処刑しておいて返り討ちにあうなんて、死ぬほど情けない貴族だな」
エマイオニー会長は憮然と言い返した。するとジョージは「女子にすがった情けない貴族」という自分の姿を客観視できたようで、慌ててディーゴを指差した。
「女子ではなく、お、お前に頼んでいるんだ!」
「え、僕ですか? 僕は生徒会じゃないんですけど」
「ふむ。確かにディーゴは生徒会役員ではない。だが、生徒会役員であるかのような品格は隠しきれないようだ! さあ、君ならあの暴れん坊を止めることなど容易いだろう!」
エマイオニー会長の無茶振りにディーゴは嫌な顔をしたが、否応なしに生徒会役員の女子全員に背中を押されて輪の中に入れさせられた。
アルダムは童顔にふさわしくない野獣のような視線でディーゴを見た。
「さっきは助け舟を出そうとしてくれたのに、今度は敵か? お前はどっちだ?」
「ははは……。敵か味方かで言えば、今は多分敵になるのかな」
ディーゴは嫌々ながらという顔をしているが、目は笑っていない。それを見抜いているアルダムも間合いをとっている。
「見たまえ。ディーゴ相手にあの庶民は闘争本能がズル剥けだ」
「会長、それを言うなら『闘争本能が剥き出し』です」
「どっちみちエロいな!」
後ろで会長と副会長が猥談をしているが、この二人はディーゴが負けるとは夢にも思っていなさそうだ。
『やれやれ。本気を見せたこともないのに、どうして彼女たちは僕が勝てると思ってるんだろう』
エルフの国の王太子だという事実は隠しているのだが、どうやら生徒会役員達はディーゴの素性を知っているかのようだ。
国でも
だが、もしもということもある。
連合国に留学するにあたって国元からは「王太子に危険が迫れば空中宮殿を動かす」と脅されているので、戦うのを躊躇うのも当然だ。
雲より高い空に浮遊しているエルフの国=空中宮殿には、この世界ではオーバーテクノロジーが過ぎる
勿論それは彼の望む状況ではない。普通の生徒として留学生活を過ごしていたいのだ。
『やれやれ。目立ちたくないのに……』
その時、非ぬ方向から助け舟が出された。
「おいこらガキンチョども! なにやってんだ!」
ディーゴにとっては救いの声、アルダムにとっては死神の声。それは神出鬼没の試験官、ルイードだった。
ヒュム種にしては大きなルイードの姿が輪の中に入ってくると、女生徒たちが一気にざわついた。
「ほわぁぁぁ、あの時の試験官様♡」
「入学して一度も見かけなかったけどやっと会えた♡」
庶民クラスの女子達は中途試験でルイードを見ていたので、再開出来た歓びで目にハートマークが浮いている。
「な、なんですの、あの御方は……♡」
「なんていうイケメン♡」
「しかも渋いオジサマだなんて♡」
ルイードを初めて見た上流クラスの女子達(生徒会役員含む)は、魂を抜かれたように呆然としながらも徐々に目の中にハートマークを浮かべていく。
この悪魔的な魅了効果はルイードが意図しているものではない。
王国では
帝国では
連合国では
実は四大天使たちは強い神気でルイードの持つ力全般を抑え込んで、その魅了効果も半減させているのだ。
しかしどんなに最上級の天使たちが頑張っても、顔を隠すボサボサ髪をオールバックにして、すっかり素顔を晒したルイードのイケメンシブオジパワーには勝てなかった。
「おいおいアルダムかよ。オメェ随分気持ちよさそうに暴れてるじゃねぇか、え?」
「え、ルイードさ……ルイード先生……これは、ちが……」
アルダムはとんでもない飛び入りが来たので顔面蒼白になった。
ルイードはチラッと輪の中にいるディーゴに視線を落とすと「てめぇは引っ込んでろ」と小声で告げる。
これはカーリーから言われた「エルフの皇族が中途入学したので警護して」という依頼を守るための言葉だったが、その言い方にディーゴは「カチン」ときてしまった。
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