第163話 ウザ魔法使いがお贈りするエルフの秘密兵器

「くそっ。なんなんだよ、さっきのは!」


【ただの稀人】が校舎裏の壁を蹴る。


 中途入学試験の実技で不合格になった四人は、集まって校舎裏にいた。


 人より優れている自覚と自信があっただけに、どうして自分たちが落とされたのかわからない。むしろ、どうして負けたのかわからない。


「稀人の俺はこの世界に来て喧嘩で負けたことねぇのに。あいつの動きが見えなかった。くそっ」


【ただの稀人】はデコピンされて腫れ上がった額を濡れたハンカチで冷やしながら愚痴るが、戦闘経験のない一般人相手に「ちょっとステータスで有利な」稀人が勝つのは当然のことだ。


 と言っても、鍛錬を積んだ一般人を相手にしたら勝ち目はない。稀人でも転生転移の初期値など、その程度のものなのだ。


「稀人の君でもそうなんだ? 俺もの力を使ったけど駄目だったし、そもそも、あのですらぶっ倒されて今寝込んでる……」


【神竜代行】は最初から全力を出したつもりだが、触れることもできずに体のあちこちを突かれて昏倒した。しかも時空を超えて駆けつけた育て親ホワイトドラゴンですらワンパンで倒されたらしく、今は治療のために秘境で湯治しているから、しばらくは神竜の加護が届かないという念波が送られてきた。こうなると【神竜代行】はただの人でしかない。


「しかも、どうして僕たち以外の腰抜けたちが合格だったんですかね」


【田舎者】は手刀を当てられて痛む首を押さえながら、静かに腹を立てていた。


 果敢に試験官に挑んだ者だけ不合格にされるとは、どういう合否判断なのかと問い詰めたかった。


 三人の視線が最後の意見を求めて【ゴーレム少女】に集まったが、彼女は魔石動力炉をショートさせられて倒れたまま、か細い声で「出力低下……」と三分に一回くらいに言うだけだった。


「くそ! 気に入らない。この学校のお高く止まっているところも、あの試験官も! ……ん?」


 怒りに満ちた【ただの稀人】の視線の先に、ゴミ箱を抱えて歩く用務員の姿が見えた。黄色いタオルを首から下げてジャージ姿で働いているのは、もちろん熱血のガラバだ。


「ふふん。クソ試験に落ちた八つ当たりでもするかぁ」

「え、あのおっさんで?」

「なにするんです?」

「出力低下……」


 【ただの稀人】はニヤリと悪い顔をすると、試験で配られ「受験記念にお持ち帰りください」と言われた木剣を握った。


「本当は試験官を不意打ちしてボコボコにしてやりてぇが、勝てそうにもないからあの用務員で憂さ晴らしだ」

「へへ。弱そうだし、いいかもな」

「おもしろそうですね! さすが都会は遊び方が違うや」

「出力低下……」


 ルイードは実技試験で彼らの本質が「悪」であると見抜いたが、まさにその通りだった。


「ん?」


 ガラバは三人の若者に囲まれた。


 制服を着ていないので中途入学試験の受験者であることはすぐにわかる。だが、木剣を握ってどこかニヤニヤと悪巧みの顔をしているのが解せない。ガラバの経験上、こういう顔をしている連中は大体これから悪いことをする。そして悪いことをされるのはおそらく自分だろう。


『ガキどもが。今は用務員やってるが、俺は三等級で元アイドル冒険者のガラバ様だぞ』


 そうは思ったが、ガラバは大人の対応をした。


「試験は終わったのかい? こっちには焼却炉しかない。帰るならあっちだよ」

「用務員の分際で喋るな。くせぇんだよ」


 ガラバは用務員というだけで蔑む発言をした【ただの稀人】を睨みつけた。


「断っとくが、俺はこう見えて三等級冒険者で……」

「うっせぇ!」


【ただの稀人】と【神竜代行】が木剣をガラバに突き立てる。だが、剣筋はミエミエだし二人とも剣を振る力が足りていないのでハエでも止まりそうなほど遅く感じる。このド素人のガキがどうして自分を襲うのか分からなかったが、とにかくガラバはひょいと避ける。


 だが、ガラバでも予想できなかったことに【田舎者】は化け物じみた速さで木剣をガラバの後頭部に叩きつけていた。


「がっ!?」


 猛烈な痛みで前のめりに倒れたガラバに対して、【ただの稀人】と【神竜代行】も容赦なく木剣を振り下ろした。


「ふう。スッキリした。窓ガラス割ってから帰ろうぜ」

「いいね。そうしよう」

「都会じゃガラスは安いのかな? 田舎だと高価だからワクワクするよ!」


 三人は血まみれのガラバと、まだ「出力低下……」とつぶやいている【ゴーレム少女】を無視して立ち去った。


「……」


 ガラバはいいようにやられてしまった自分の不甲斐なさに悔し涙が出そうだった。


 一人だけ飛び抜けて強いのがいたことを見抜けなかったのが敗因だが、それですら普段見ているルイードやその関係者たちに比べたらしょぼい部類だ。


「畜生、舐めてかかりすぎたか……。ルイード一味の看板に泥を塗っちまった……」


 全身の痛みを堪えながら、なんかと身を起こそうとしたガラバに手が差し出された。


「?」


 見上げるとそこには魔法使いのようなマント姿で目元を仮面で隠した長身の男がいた。いつから目の前にいたのか……ガラバは彼の気配も何も感じなかったのだ。


「大丈夫ですかね?」

「あ、あぁ」


 その長身の男は仮面のせいでかなり怪しく見えるが、倒れたガラバに手を差し伸べてくるのだから悪人ではないだろう。


 その手を取って起き上がったガラバは、立ち上がらずに胡座をかいた。体のあちこちが痛すぎて立ち上がれないのだ。


 後頭部に手をやると多少出血していたが、意識ははっきりしている。問題は打撲痛だ。きっと骨にヒビが入っている。


「ひどいことしますねぇ、あのガキども」

「あぁ、まったくだ。だが、校舎のガラスを割って帰るとか言っていたし、止めに行かなきゃな……」

「おやおや。そんな怪我をさせられても行くんですか?」

「ああ。後で割れたガラスの掃除をしたり、新しいガラスの購入申請出したり、ガラス業者呼んで施工に立ち会うのは、全部俺なんだよ。そんな面倒ごとになる前に止めるさ」

「なるほど。しかし今のままではまたボコボコにされちゃいますねぇ」

「……」


 確かに田舎者っぽいやつだけ異常に強かった。あれには万全の状態でも勝てる気はしない。


「力が欲しいですか?」

「え?」

「実は私、見ての通り魔法使いでして。ツテでエルフの国からもらった良いがあるのですとも、えぇ」


 仮面の男はマントの下から「何か」を取り出してみせた。それは両手で持つくらいの大きさがあり、ヘキサゴン型の「何か」、だが、ガラバがどんなに目を凝らしてもそれが「何か」はよくわからない。


「おおっと、すいませんねぇ。これは非常に機密事項が多いものでして、強い禁視の魔法モザイクがかかっているのですとも、えぇ」

「機密……」

「まぁ、簡単にご説明すると、これを装着すると強くなれる生体装甲です」

「強くなれる……」

「えぇ。これはエルフの国の騎士たちが標準装備しているものでしてねぇ。そのままだと強すぎて装着者の身体がもたないので、私が遺伝子操作してデチューンしたものです。どうでしょう、クライアントに渡す前にサンプルのこれを貴方に差し上げますので、使用感などを聞かせていただければ」

「クライアント……サンプル……」


 ガラバが同じ言葉を反復し、目がうつろになっているのは、この仮面の魔法使いがなんらかの魔法を用いて判断力を鈍くさせているからだが、それを看破できる者はここにいない。


「きっとあんな連中に負けない十分な性能が期待できるかと。さあ、その真ん中にあるボタンみたいな丸いのをポチっと押してみてください。ポチッと」

「ボタン……ポチッと……」


 すると、そのユニットから飛び出してきたスライムのようなものが、きゅぱ! とガラバを包み込んだ。

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