第164話 ウザい視点があっちこっちで

「!?」


 校舎のガラスを割ろうと木剣を構えていた受験者三人は、突然現れた不気味な生き物にギョッとした。どんなに目を凝らしても認識できない「何か」が、三人から窓ガラスを守るように割り込んできたのだ。


「な、なんだ!?」


【ただの稀人】が驚いて身を引くと、強い禁視の魔法モザイクが薄れて「何か」の全貌がわかるようになった。


「!?」


 現代日本で生まれ育ち、この世界に転移させられてきた【ただの稀人】にしかわからないことだが、自分たちの前に立ちふさがったそれは元の世界で言うところの「戦隊ヒーロー番組に出てくる敵役の怪人」にしか見えなかった。


 甲殻類みたいな装甲。その装甲の隙間から見えるのは謎の有機体。トゲトゲしく毒々しい造形と色味。かろうじて人型を保っている狂気的で名状し難い全身のシルエット。どう見ても正義のヒーローではないそれは、一歩間違えば人の正気度を根こそぎ奪い取る恐怖を具現化したような存在だった。


「ひっ」


 化け物に睨まれた気がして【神竜代行】も一歩退くが【田舎者】は違う。先祖代々続いてきた稀人の血に魔族の血も交わったその驚異的なステータスは、どんな魔物相手でも負け知らずなので、この化け物を見ても余裕の表情だ。


「なんですか、これwww。こんなのがうろついてるなんて、都会はやばいですねwww」


 【田舎者】はヘラッと笑いながら不意をつくように木剣を振り下ろす。しかしそれは「何か」の体表に当たっても折れてしまい、相手は微動だにしなかった。


「痛―――くはないな」


 木剣を当てられた化け物は、装甲をポンポンと叩いて無事を確認した。


 この化け物が人の言葉を話せるとは思わなかった【田舎者】は他の二人が下がった位置まで飛び退く。


「駄目だろうが。窓ガラス割ろうとしちゃぁ」


 三人はその声を聞いてすぐに相手が何者なのか察した。


「その声……、てめぇ! さっきの用務員か!」

「変な格好しやがって!」

「都会のセンス、わかんないなぁ!」


【ただの稀人】【神竜代行】【田舎者】は、化け物の中身が弱っちい用務員だと分かるや、よってたかって蹴ったり殴ったりした。しかし少しも効いていない。


「ッ! なんちゅう硬さだ!」

「なんなんだよコイツ!」

「そうだそうだ。僕を田舎者だと思って名乗りもしないなんて!」


 三人がぶーぶー文句を言い始めたので、ガラバはフンと鼻を鳴らした。


「聞け悪人ども!」


 ガラバは名乗りついでにかっこよくポーズを決めてみた。いつぞやシーマと行った王都の舞台劇で、騎士役の主役がやっていたポーズがかっこよかったのでそれを真似たのだ。


「俺は教職装甲ガラバァァァ!」


「……いやいや、お前用務員じゃん」

「……教職員じゃないだろ」

「……都会の用務員はこんなかっこうするんですねぇ」


「上等だガキども! 悪! 烈! あれ?」


 ガラバが別のポーズを取ると、どういうわけか魔法陣が自分を包み、と生体装甲が展開して禁視の魔法モザイクをかけられたヘキサゴン型の元の形に戻ってしまった。


「え……」


 ガラバは焦った。かっこつけて名乗り口上までしてポージングもしたのに、一瞬で変身が解けてしまったのだから。


 それを見た三人は、顔を見合わせるや無言のまま襲いかかってきた。




 □□□□□




 その様子を隠形魔法を使って少し離れた所から見ていた仮面の魔法使い―――アラハ・ウィは首を傾げた。


「はて? 性能を落とし過ぎましたかねぇ。なぜ勝手に元に戻ったんでしょう。うーん、あれではの要望に満たないので再調整しないといけませんなぁ。またユニットを送ってもらわねば」


 そしてちらりと小脇に抱えた【ゴーレム少女】に目を落とす。


「これ一台で連合国を灰にできる大量虐殺兵器なんですが、さすがにルイード相手だと瞬殺でしたなぁ。うまく入学させてクライアントの守り役にしようと思っていましたが、こちらも調整しなければ」


 アラハ・ウィは空間を割ってその中に姿を消した。




 □□□□□




 さらに、空間に消えたアラハ・ウィの姿を校舎屋上から見下ろす人物がいた。


「どうしてあの兵装がこんなところに……」


 眉目秀麗な色白の生徒は、長い耳をピクピク動かしながら首を傾げた。


 彼の名はディーゴ。


 彼が原則立ち入り禁止の屋上に解錠の魔法を使って忍び込んでいたのには、ちょっとした理由がある。


 彼は実姉のせいで軽度の女性恐怖症に陥っている。そんな彼が女だらけの生徒会活動を強いられるのは苦痛でしかないのに、放課後の度に呼び出されるので見つからないように隠れていたのだ。


 そして「どうやって生徒会活動の手伝いから逃れるか」を屋上で思案していると、校舎裏でエルフの国の兵器が使用されているのを偶然見てしまい、慌ててエルフ王族だけが使える「自国兵器の解除魔法リムーブ」を使ったのだ。


「アレを地上人に渡すはずがないんだけどなぁ。なんか見た目も気味が悪くなってたし」


 それともう一つ気になることがある。


 仮面の男が連れていた少女型のゴーレム。あれもエルフの国防用戦術兵器だ。自律兵器としては優秀な部類だが、簡単な命令しか実行できないのでかなり前に現役を退いた兵器だ。


「まさかとは思うけど、地上人にエルフの軍用品を横流ししている裏切り者がいるのかな。うーん。これは僕じゃなくて姉上案件だよなぁ。面倒だけど知らせておくか~」




 □□□□□




「ひどい目にあった」


 医務室の簡易ベッドに寝かされて憮然とするガラバ。その横に座りガラバの手を握っていたシーマは、すうっと無言で立ち上がった。その目は完全に殺し屋のそれだ。


「ハニー。俺のために復讐なんてよしてくれよ?」

「同輩と喧嘩したら退学させられる可能性もあるが、余所者なんだろう? 問題ない」

「いやいや、相手が誰でも傷害事件を起こしたらアウトだと思うぜ」

「私は間者スパイだ。証拠も痕跡も死体も残さない」

「物騒なこと言うなよ。てか、一人めちゃくちゃ強いのがいた。ハニーでも返り討ちにされて服をビリビリに破られてあんなことやこんなことをされて一晩中陵辱されてドロドロのべちょべちょにされると思うと、俺はやってられない! はあはあ!」

「ガラバ……。なんで興奮してるんだ?」


 シーマは新たな性癖に目覚めそうになっているガラバに若干引き気味だったが、それはそれとして許せない気持ちは抑えきれなかった。


「私のダーリンをこんな目に合わせたやつらは、何が何でも見つけ出して全身の皮膚を薄く薄く剥いでやるつもりだ。そして爪先から少しずり万力で押しつぶして、気絶するたびに濃硫酸を浴びせてやる。そして死ぬ一歩手前で治癒魔法で全快させて、また別の拷問を……」


 シーマが恐ろしい拷問方法を口にするたび、寝ているガラバの背筋は凍り鳥肌が立つ。とてもじゃないがそんな方法で拷問されたら「早く殺してくれ」と言うだろう。


 しかし、シーマがそんなことをしなくても、その悪人たちには天誅が下されようとしている最中だった。




 □□□□□




「我が学院内での用務員に対する不当な暴力行為、校舎のガラスなどの器物破損、それらはすべて校内に死角なく仕掛けられている【監視鏡】が記録しています」


 エマイオニー会長を筆頭にした女性生徒会役員たちは、学院内で悪事を働いて揚々と帰ろうとしていた三人組を、校門手前で囲んでいた。その生徒会役員の後ろには屈強そうな衛兵数名が待機している。


「連行してください」


 エマイオニー会長が命じると【田舎者】が「ははっ!」と笑った。


「捕まえられるものなら捕まえなよ! 僕を捕まえるなんて無理さ!!」


 稀人エキスを煮詰めて、そこに魔族の血を加えて生まれてきた【田舎者】は、魔族の特徴でもある黒いコウモリのような翼を広げるや、羽ばたいて空に逃げ出した。他の二人は置き去りだ。


 だが次の瞬間、その身体は尻尾の一撃で叩き落され「ブベッ!?」と地上に落ちていた。


 【田舎者】は運がなかった。


 リュウガとユーリアンをマナー講師としてスカウトして、丁度帰校した副学院長のシャクティと鉢合わせ、その巨大な尻尾ではたき落とされたのだ。


「これだから部外者は。わたくしを前にして逃げられるはずがないでしょう」


 シャクティは、校門付近に並んでいる生徒会役員たちと衛兵、そして制服を着ていない若者たちの悪そうな顔を見ただけで事情を把握し、問答無用で容赦なく【田舎者】を攻撃したようだ。


「さて。そっちの二人も来なさい」


 シャクティは先が割れた細い舌をチロチロと炎のように口から出入りさせる。この「取って食われそう感」に怯えた【ただの稀人】と【神竜代行】は、ガクガク震えながら前に出る。怖さのあまりに腰は引けて今にも卒倒しそうな顔色だ。


「そちらは稀人でこちらは竜の契約者ですか。今叩き落とした稀人の子孫も含めて衛兵の皆さんの手に余るでしょうから、わたくしが直接罰を与えましょう」


 衛兵たちはホッと胸をなでおろしたが、三人組にとっては只事ではない。


「「「こ゛め゛ん゛な゛さ゛い゛」」」


 しかし、残念ながら三人の涙と鼻水混じりの謝罪はシャクティに一切通用しなかった。














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 作者:注


 教職装甲って言いたかっただけの物語。

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