第160話 落ちぶれウザ貴族のリュウガとユーリアンの就職活動

 東の大国【王朝】を牛耳る四大公爵家の一つ、エリューデン公爵家の家督を継ぐリュウガは、西の果てにある【連合国】で途方に暮れていた。


【王国】から娶った稀人のアイラと新婚旅行に行ったら仲違いして速攻で離婚。するとエリューデン公爵家はあろうことか血のつながっていないアイラを次期当主にし、リュウガを廃嫡して放り出した。エリューデン公爵家に稀人の血を入れることを優先したのだ。


「ちなみにアイラの元には続々と見合いの話が舞い込んできているらしく、選り取り見取りで毎日楽しそうにしているそうだぜ」


 ユーリアン・キトラにそう言われても、リュウガは「そうか」としか応じなかった。公爵家の人間ではなくなり、なんの後ろ盾もなく外国に来たリュウガは得るものも失うものもなく、茫洋と過ごしていた。


 贅沢しなければ一生食っていけるだけの金は家から渡されているのだが、無気力の権化になったリュウガは必要最低限の食事を摂るだけで、後は中流の宿の中で日がな一日窓の外を眺めているだけの生活をしている。


 かつては選民思想の固まりで、誰に対しても「私が頂点である」と宣っていたプライドの固まりだったが、今や世捨て人のようだ。


 その点、ユーリアンは違う。


 浪費癖が半端ないエチル王女との婚姻は継続中だが、このままいくと半年もしないうちにキトラ公爵家の財産はすべて食いつぶされてしまう。そこで商売においては他国より秀でている連合国で一旗揚げるという明確な目的がある。


 問題は「何で一旗揚げるのか」をまったく考えていなかったという点だ。


 ユーリアンはかつて王朝の中で異端児扱いされていた傾奇者で容姿は派手にしていたが、だからと言ってなにか革新的な考えを持っていたり、先進的な目利きができる人物ではなかった。


「俺が連合国に行けば金儲けできるはず」という根拠ゼロの自信だけでここに来たはいいが、結果的にリュウガと共に茫洋と過ごしている。


 つまり、二人してアホなのだ。


 この非生産的な二人にくらべて、同胞だったセルジ・アラガメ公爵令息は、王国のウザードリィ領で「ダンジョン攻略専門冒険者」「糸目の迷宮探索人」として名を馳せているし、その妹のミラ・アラガメ公爵令嬢は「ダメ男の飼い方と捨て方 ~自分の欲を我慢しない生き方~」という本が大陸全土の言語に翻訳されベストセラーになっている。


 そんな身近な成功者たちを羨むでもなく、宿の窓から澄み渡る青空を見上げては、心に何の感慨も持たずに「ぼーーーーーっ」としているアホたちは、


「これからどうする」

「どうしようか」


 と、毎日毎日そんな言葉のやり取りをしている。


 だが、ある日その怠惰な生活に終止符を打つノックの音がした。


「向こう半年分の宿代は払っているぞ」


 リュウガが憮然とした声で言ってもノックはやまない。


「うるさいな。ユーリアン、見てきてくれ」

「この部屋の主はお前だろ」


 文句を言いながらもユーリアンが扉を開けると、そこには絶世の美女がいた。


 腰まで伸びたウェービーな髪はエメラルドのような緑色で、神秘的な眼差しによく合っている。その眼差しに見つめられたら恍惚に溶けて身動きできなくなってしまう―――いや、その美女の足元を見ると大蛇のような姿で、神秘的な瞳は獲物に狙いを定めた蛇の眼のようだった。


 鎌首をもたげた蛇のような姿勢で立つ美女は、ユーリアンを見下ろす長身だ。


「初めまして」


 蛇人種ナーガのシャクティは少しだけ頭を下げてそれを挨拶にすると、するすると部屋の中に入ってきた。しかし蛇の下半身はすべて入り切らず、まだ廊下まで伸びている。頭の上から尻尾の先まで測れば十メートルを超えるのではないだろうか。


「な、なんだ、あんたは」


 やっと我に返ったユーリアンが問いかけると、空を見ていたリュウガもここでようやく振り返り、ぎょっとした顔をした。


「わたくしは連合国首都の冒険者ギルドで受付統括を務めております。名をシャクティと申します」

「……ふん。冒険者ギルドの受付風情が何の用件だ」


 リュウガが憮然とした言い方をすると、シャクティは蛇のように縦型になった黒目で朗らかな笑みを浮かべた。その瞳の形に馴染みがないヒュム種からすると一見不気味に思えるだろうが、それは脳がしびれるほど妖艶な眼差しで、見つめられたら「蛇に睨まれた蛙」になってしまうものだ。


「まずは突然訪問した無礼をお許しください、リュウガ様、そしてユーリアン・キトラ様」


 リュウガはぴくっと眉を動かした。自分に対して家名を言わなかったことから、この女は廃嫡されたことを知っているのだ。


「お二方にお願いがあって参上いたしました」


 迫力に気圧されているユーリアンは頷くしかなかったが、リュウガは憮然としたままだ。


「格式高い王朝の公爵家であらせられるユーリアン様と、公爵家であらせられたリュウガ様に是非にお願いしたい仕事がございます」

「いちいち過去形で言うな! それに私達は冒険者ではない。わざわざギルドの受付嬢が仕事を依頼しに来るなど、とんだお門違いだ」


 リュウガが吠えてもシャクティはまったく動じなかった。


「今回の依頼は冒険者の仕事ではございません。実はわたくし、冒険者ギルドの受付統括とは別に私立レッドヘルム学院の副学院長の任にも就いておりまして―――」


 シャクティはどこの貴族令嬢でもこれほどハキハキとした口調では語れまいと思えるほど、わかりやすく、耳に入れやすい声色で喋った。


 それを掻い摘むと


 ・学院長の考えで本年度から庶民を中途入学させている。

 ・その庶民に貴族のマナーを教える教職員が不足している。

 ・そんな折、格式では大陸で一番厳格と言われる王朝の、しかも上流貴族である公爵家の子息たちが、何をするでもなく日がな一日宿にいるという噂を耳にした。

 ・どうせ暇だったら学院で働かない?


 という話だ。


「断る」


 リュウガは即答した。続けてユーリアンも「教職員なんかやってもその給金は家の足しにもならないな」と否定的だ。


 だが、この緑髪の蛇美女はそう断られることも織り込んでいたのだろう。すぐに反撃のカードを切った。


「聞けばリュウガ様は奥方様から離縁された挙げ句、生家から廃嫡されてこの国にいらしたとか」

「!」

「我が学院には西方諸国の貴族令嬢が多く在籍しておりまして、学院卒業後に縁が続けば伴侶となることもございます。事実、当校の教職員の中には卒業生と結婚して玉の輿や逆玉に乗った者も少なくありません。もちろん卒業後、という硬い制約がございますが」


 その言葉にリュウガは一気に興味を持った。バツイチだが未婚者フリーなので、どこかの貴族家に婿養子として入る道もあるのだと今、気がついたのだ。


「ユーリアン様のご生家は火の車だとか。当校の特別講師は連合国の平均的な子爵の年俸ほどの給金になりますが、この国は裕福なので、王朝で言うところの領地持ち侯爵並の金額にはなりましょう」


 シャクティはあからさまに指を折って金額を明示した。


「期間はたった三ヶ月。それで、この金額を提示致します」

「七……」


 ユーリアンはごくりと喉を鳴らしたが、頭を振って冷静な判断を心がける。


「まさか三ヶ月も働いて大金貨七枚とか言わないだろうな?」

「白金貨七枚です。しかも連合国の白金貨は質がいいので王朝に持っていけば倍くらいの価値になるでしょう」


 日本円に換算すると七百万円。しかも価値的にはその倍ときている。公爵家の年間利益には程遠いが期間的にも内容的にも、これ以上の仕事は他にないだろう。


「た、たかがマナー講師にそんな大金を!?」


 ユーリアンはさすがに訝しんだが、シャクティは「たかが?」と首を傾げる。


「わたくしたちが務めます私立レッドヘルム学院は、連合国では知らぬ者のないシルバーファング様やウィード様、シリウス様やオリオン様といった建国の英雄たちが卒業した由緒正しき学び舎でございます。建国の英雄たちが宿敵レッドヘルム一族と和解した記念に名付けられたこの学院で、教職員の給金がはした貴族の持ち金程度であるなど、学院の名折れでございます」


 シャクティは先端が二つに別れた長く伸びる舌を出し、牙を剥きながら喋った。どうやって舌を口から出しながらこうも流暢に喋れるのか、体の構造が違うヒュム種の二人にはわからない。


「シャクティとやら。特別講師として務めるのは吝かではないが、どうして私たちの事を知った?」


 リュウガが当然の質問をすると、シャクティは再びチロりと赤い舌を出して「さる御方からのアドバイスでございます」とだけ伝えた。

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