第159話 屋上でガラバとビランはウザサボりする

 ディーゴという留学生が女子生徒だけで構成されたハーレム生徒会で、心の底から「やれやれ」という言葉を滲み出している頃───どこかの深淵に生まれた闇の中の、光でさえも逃げ出していきそうな漆黒の世界に“彼ら”は集結していた。


 ここには一切の光源がないが、もし光をもたらせば絢爛豪華な調度品と長く大きなディナーテーブルが見えるだろう。そして眉目秀麗を絵に書いたような美男美女が優雅に着席し、目の前に置かれた一杯の盃を手にして、主催者の言葉を待った。


「おそろいですかねぇ」


 どこか人を小馬鹿にしたような口調の声が闇の静寂を乱すと、全員が杯を掲げて立ち上がった。椅子を引く音も服が擦れる音もない。


 この闇に色に例えるなら決して黒ではない。むせ返る血の匂いを放つグラスの中身と“彼ら”が放つ瞳の色により、闇は「赤い」と認識されるだろう。


「貴方達が“人間”の枠に入っていないのは理不尽なことですとも。どの種族より卓越した身体能力と知識、伝統、文化を持ち、どの人間とも交配できるというのに、貴方達は人間ではなく“魔物”と呼ばれ、迫害され続けてきましたからねぇ」


 男の言葉にあちこちからすすり泣く声が漏れ始めた。


「私の叔父は無残にも心臓に杭を立てられて亡くなった」

「私の祖母は流水に沈められたそうだ」

「私の兄は銀の矢を打ち込まれた後遺症で今も苦しんでいる」

「私の父は太陽の下に晒されて灰になったわ」


 そんな声が方々から聞こえてくると、男は不平不満の声が止む頃合いを見て改めて宣言した。


「もうそんな時代は終わりですとも。貴方たちは正当な手続きを以て、私立レッドヘルム学院に入学し、人間社会に進出するのです!」


 拍手が沸き起こる。それはテーブルに並ぶ者たちの手から響くのではなく、他の闇の中から聞こえてきた。その数の夥しさたるや、ここに普通の人間がいたら、伸ばした自分の手も見えない闇の中で「周りにはこれほどの人数がいたのか」と恐怖することだろう。


「永劫の栄光を貴方達に」


 “彼ら”はそれを合図に一気にグラスの中身を飲み干した。




 □□□□□




「いい天気だなぁ」


 シルビスに支給されたジャージを着て、黄色いハンドタオルを首にかけた熱血のガラバが寝転がったままボソリとつぶやく。その隣に腰を下ろしていたクールなビランは静かに「ああ」と応じながら、長髪のカツラをかきあげた。


 二人して天気の良い空を眺める。


 ここは実習棟で普段は人の少ない学院第三校舎。その屋上だ。


 屋上はどの校舎でも生徒が立ち入りできないように施錠されているが、用務員のガラバは学校中の鍵を持っているので、ここを休憩場所にしている。


「アルダムはちゃんと生徒としてやっていけてるのか?」


 ガラバが尋ねると、ビランは「問題ない」とクールに決めた。


「中途入学者に年齢制限はないからな。中途の中にはガチの老人もいるくらいだし、アルダムほどの童顔なら問題ない」

「ふーん。で、お前はどうなんだビラン。そんなヅラまでかぶらされて、ちゃんと教師やれてんのか?」

「それも問題ない」


 この私立レッドヘルム学院は、一般的な学び舎で行っている算術や歴史・地理などの教養だけではなく、冒険者になるための職業訓練と同じ科目や、騎士道、貴族のマナー、魔法学、軍事訓練まで幅広く修学する。


 ビランはクラスマスターではないので特定職業の修練をする立場ではないが、冒険者に必要な基礎訓練は教えることができた。


 例えば依頼書の見方やそれの良し悪しの見分け方。

 例えば薬草採取の基本装備。

 例えばダンジョンに挑むときの準備と対策。

 例えば輸送任務を受ける際の注意点。

 例えば魔物と戦う場合の基礎知識。


 戦士や魔法使い、僧侶や義賊などのクラスマスターが教える専門知識以前に、冒険者として必要な最低限の知識を教えるのがビランの役目だ。


「しっかし、ボンボンのガキども相手に冒険の知識とか、誰も授業聞いてくれなさそうだな」

「ああ、金持ちの子は全然聞いてない。庶民クラスのほうは冒険者で食っていこうとする子も多いから真剣だが」


 そこまで話して、ガラバは庶民クラスにいる恋人のシーマを思い出した。ここに来てからまともに会えていない。なんせ生徒は全寮制で、放課後も用務員と生徒が逢引きできる環境ではなし、見つかったら大問題になりかねない。


「はぁ。心配だ。シーマは美人だから男どもがほっとかないだろう?」

「ダークエルフは珍しいからな。実際、名家の男たちがシーマをセフレにしようと粉掛けまくっているぞ」


 ガラバはガバッと起き上がりビランを睨みつけた。しかしビランは空気を読まない。


「シルビスの姉御もそうだ。あの乳だから男たちに目をつけられやすい。中にはセフレじゃなくて正式に愛人契約をとか言ってくるアホもいるらしいぞ」

「姉御はどうでもいいが、シーマになんかありそうなら、俺はこの仕事、降りるぜ」

「問題ない。アルダムが頑張って二人を守っている」


 アルダムは生徒としてこの場に来ているので、シルビスとシーマを守りやすいし、実際そうすることが自分の任務なのだろうと思っているので、余計な虫が寄ってこないようにしっかりガードしているそうだ。


「だが、そんなアルダムをよく思わない上流階級の男たちは、あの手この手で嫌がらせをしているらしい。それを見た庶民クラスは、金持ちどもの理不尽さに腹を立てて一致団結した」

「完全に金持ちと庶民で対立してんなぁ」


 その金持ちと庶民の間にできた問題を解決するために送り込まれた「シルビスとゆかいな仲間たち」なのだが、シーマやシルビスそしてアルダムの存在がきっかけで、元から学院にいた金持ちVS中途入学した庶民の抗争は激化したと言ってもいい。


「きっかけが女ってのが、ほんとしょうもない」


 その女を巡って任務を放棄しようとしているガラバの言うことではないだろ、とビランは思ったが、さすがに空気を読まないにしてもそれを言葉にはしない。


「あぁ。きっかけはそうだが根底にあるのは『庶民相手なら何しても許される』という金持ちたちの思い上がりだ。ここには連合国のあちこちから来ている貴族も多いし、帝国貴族までとはいかないが、庶民を見下している者が多い」

「そんな大問題、俺たちが解決できるのかよ」

「だからルイードの親分も来ている」

「来てるのかぁ? 俺は一度も見てないぜ?」

「そうだガラバ。この学院の七不思議って知ってるか?」


 ビランは突然話を変えた。


「なんだよいきなり」

「一、講堂の地下には秘密の墓地がある。二、副学院長が実は冒険者ギルドで受付統括を兼務してる。三、なぜか生徒会役員は女ばかり。四、その生徒会に留学生のイケメンが捕まってる。五、実はそのイケメンは俺たちもよく知ってる受付統括のカーリーさんの弟だとか」

「ちょ、七不思議なのか、それ」

「六、学院長を見た者がいない」

「は?」

「学院長室はあるし、廊下から確認すると磨りガラスの向こうに誰かいる気配もある。それなのに誰も学院長がその部屋に出入りするところを見たことがない。もちろん俺も一度も会ってない。さらに言うと、どんな資料を掘り起こしてみても、学院長の名前がないし、創立以来、学院長が代わったという記録もない。もし創立当初からいるとしたら数百歳の化け物だ」

「……んなアホな」

「もちろん学院長は実在していて、毎週教職員に指示書が回ってくる。実質的には副学院長が表に立っているが、彼女は『学院長のご指示です』としか言わないんだ。どうだ、不思議じゃないか?」

「ふーむ。残り一つの不思議は?」

「七、俺たちの衣装、どっちもやばい」

「?」

「伝説の用務員キサークは学院内で婦女暴行して逮捕。伝説の教職員ゴールデンエイトは生徒を殴って暴行罪で逮捕。どっちも犯罪者だ」

「姉御め! どーりで周りが冷たい目で見てくると思った!!」


 ガラバは黄色いタオルを床に叩きつけた。

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