第161話 入学試験はウザとい女性教職員と一緒に

 私立レッドヘルム学院中途入学試験。


 一般庶民が上流階級の肩書を得られるチャンスとあって、その第三次試験には多くの受験生が詰めかけている。


 受験者の多くは若者だが、中には滅多なことでは入れない学院を見たくて来ただけの者もいる。いくら敷居を下げたとしても学びたい者以外を入学させるわけにはいかないので、厳格に試験は行われる。


 まずは筆記。


 幼等部で習いそうなほど簡単なものばかりだが、識字率が低いこの世界では問題が読めない者が多い。残念ながら読解力がないと学院の勉強について来れないので、ここで篩いにかけられる。もちろんこれから文字の読み書きを習う幼等部入学対象者は除外される試験だ。


 次は実技。


 文武両道を目指す学院では、入学者に一定水準の身体能力を求める。この試験では試験官と軽く手合わせするだけで倒さなくてもいい。手合わせするだけで受験者の反射神経や動体視力、筋力などを試験官が判断し、入学後の教練に耐えられるかを測るのだ。


 そして最後にステータス確認。


 魔力をどれだけ含有しているのか、劣ったステータスを持っていないかなどを測定する魔道具で確認するだけの試験だ。だが、この時に測るのはそれだけではなく、罪状を持つ悪人や学院に対して害を成そうとしている者も確認している。


 今日の第三次入学試験も通常通り「筆記」から始まる。


 だが、今回の受験生は運がなかった。いや、幸運すぎて本来の目的を果たせなかったと言うべきだろうか。


 受験者たちは、まるで亡霊にでも取り憑かれたかのように、自我のない茫洋とした眼差しで前を向き、誰一人問題用紙を見ていない。


 その視線の先にいるのは学院に勤めている試験官たちだが、その中に一人だけ「なんでそこにいるの?」と言いたくなるような極上の存在がいた。それは端的に言うと「おっさん」に分類される男性試験官なのだが―――あまりにも美しすぎるのだ。


 あと、ほんの一ミリでも眉や目や鼻や口の位置がずれていたら、このおっさんの顔は「かっこいい」に留まっていただろう。だが、まさしく神が造形した完璧な配置で構成された彼の顔は、かっこいい程度の形容では済まない。それは天上にして極上の美貌なのだ。


 さらにその美貌を演出するのは、筆記試験会場になっている教室の窓から差し込む光だ。まるでその試験官だけを祝福するかのように、光はスポットライトのように彼を照らす。それによっておっさんの産毛ですら光り輝くオーラのように見え、シミひとつない肌は光の演出と相まって神々しさを醸し出している。


 ヒュム種とは思えない大柄な体型で教職員服もピッと着こなし、引き締まった身体の線は服の上からでも容易に想像できる。


 かと言って袖から出ている手先がゴツゴツしているのかと言うとそうではなく、指毛一本も見当たらない長い指先は繊細で爪の形も美しい。手の甲や腕に這っている太い血管は腕の筋肉とバランスが取れてこれもまた美しい。


 女性だけでなく男性であっても「その指で身体のいろんな所に触れて欲しい」「その血管ドクドクな腕で抱きしめて欲しい」と懇願したくなるような性別を超えた魅了効果を放つ、そんな身体だ。


 しかも彼は「エリート学校の教職員らしい雰囲気で行かなきゃなぁ」くらいの考えで、いつものボサボサ髪をオールバックにしているので、どこの社交場に行っても巡り会えないような気品を漂わせている。誰がどう見ても「ウザ絡み」で有名なチンピラ冒険者には見えない紳士だ。


 一緒の空間にいるだけで多幸感に包まれてしまうのか、その紳士のせいで受験生たちは魂を奪われたかのように「ぼへー」と前を見ている。


「みなさん! 問題を見てくださぁい!」


 イケメンシブオジ試験官の横にいた女性教職員が声を大きくするが、受験生たちは心ここにあらずだ。


「みなさんどうしちゃったんでしょう? ねぇ、ルイード先生」


 女性教職員があざとく首を傾げながらイケメンシブオジ試験官に声をかけると、一気に教室の中に殺気が走った。これは純然たる嫉妬から生まれる殺気だ。


 イケメンシブオジ試験官―――ルイードは、せっかくオールバックに整えた髪を掻きむしりそうになったが、その手を下ろしてコホンと咳をついた。


「受験生の皆さん、試験に集中してください」


 少しサビを含んだルイードの重い声が教室内に響く。


 男でも腹の奥底に子宮が形成されて妊娠してしまいそうなイケメンシブオジボイスだ。


 それを間近で聞いてしまった前列中央の受験生たちは「はふぅん♡」と机に突っ伏し、真横にいた女性教職員も思わず内股になり頬を赤くしている。


 立ってるだけで魅了し、声を出せば絶頂させる―――存在するだけで成人指定を受けそうなルイードが「なんでどいつもこいつも試験解かねぇんだ?」と困惑の色を浮かべると、その表情がまた受験生たちの心にズキュンと来て、教室のあちこちで「はふぅん♡」という声と崩れ落ちる受験者が続出する。


 その様子の異常さに他の試験官も気づいて、教室のあちこちで声掛けが始まる。


「みなさん、試験時間は決まっています。問題を見て集中してください」

「どうしたんです。問題を見てください」

「ほら、前を見ているとカンニングとみなしますよ」


 ルイードはそんな試験官達を見て「ふむ」と自分もやることにした。


「ほら、手を動かせ」


 ルイードは自分の素顔の破壊力を承知していないのか、望洋と自分を見ている受験生の一人に顔を近づけて声をかけた。当然「はふぅん♡現象」が起きて、その受験生は瞳の中にハートマークを浮かべたまま昇天する。


 するとその様子を見ていた受験生たちは「自分も目が合うんじゃないか」という期待を持って顔を上げ続ける。そして偶然ルイードと目が合ってしまった受験者は「はふぅん♡」と白目を剥いてその場で昇天してしまう。


 こうして筆記試験を行っている教室は、あちこちで「はふぅん♡現象」が起きて、なんともいえない淫靡な匂いに包まれてしまった。


 それからしばらくの間「レッドヘルム学院にはとんでもないイケメンシブオジの教職員がいる」という噂が連合国内に流れ続けるのであった。




 □□□□□




 次は実技試験だ。


 試験官一人と受験生十人が組み手する段取りで、試験官は十数名いるのだが……受験生全員がルイードの前に並んだ。


「みなさん、分散して並んでくださーい!」


 女性教職員が声を張っても、受験生たちは断固としてルイードの前から離れず、他の試験管たちの前には誰もいない。中には試験官でありながらルイードの列に並んでいるバカチンもいるほどだ。


「ルイード先生ぇ、どうしましょう~」


 目を精一杯大きくして上目遣いしながら、唇に自分の指を当ててあざとく首を傾げながら「こてん」と声に出して擬音を付けた女性教職員は、筆記試験のときにはそうでもなかったのに、今はブラウスのボタンを多く外して胸の谷間が見えるくらい露出している。


 受験生たちは「あのビッチぃぃぃぃ」と怨嗟の念を放っているが、ルイードはどちらのこともガン無視して「なら、俺様がまとめてやるしかねぇな」と前に進み出た。


「俺とやろうか」


 その言葉からなにが想像されたのかわからないが、一瞬にして全員が内股になり「はふぅん♡」と崩れ落ちた。


 全員受験失敗かと思いきや、四人の受験者がまだ立ち残っている。


 ルイードは「ん?」と目をしかめた。


『なるほど、この四人は稀人か』

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