第156話 ウザい依頼にはなにかある
元アイドル冒険者のイケメン三人衆とシーマは、討伐依頼を終えて疲弊した身体をギルドの椅子に座らせて、ようやく一息ついていた。
今回の仕事は「モルモットキャリッジ」通称モルキャーという巨大ネズミの退治だったが、少しばかり苦労した。
なんせモルキャーの見た目は非常に愛らしく、怖さや危険さを感じ取れないばかりか、殺すのをためらってしまうほど人懐っこいのだ。
だがモルキャーは狡猾な魔物だ。
愛嬌のある仕草で人間に「敵対していない」風を装い、馬車のような作りになっている自分の体の中に誘いこむ。その中はまるでふかふかもふもふの天国のようであり、そこにいるだけで思考が低下する。そして気がついたら徐々に溶解されてモルキャーの養分になっていくのだ。
そんな魔物を「くっ、かわいい」「これを殺すなんて俺の良心がぁぁ!」「どうせなら醜く変身してくれよぉ!」と涙ながらに倒し、依頼の規定数を討伐した四人だが、ギルドの椅子に腰を落とすと「もう二度と立ち上がれないわー」と思えるほど身体が疲れていることを実感した。
熱血のガラバはモルキャーの返り血が乾いてこびりついてしまった革鎧を触って「うへぇ」とうんざりする。
「これ洗うのめんどくせぇなぁ」
ガラバと同じようにケツから根っこが生えたかのように椅子にべっとり座っているクールなビランと元気なアルダムも同意する。
「まったくだ」
「やだなぁ。どこかにクリーニングしてくれるスライムとかいないかなぁ」
そんなイケメンたちを見て、ガラバの恋人である
「だから遠距離攻撃しようと言ったんだぞガラバ」
「いやいやシーマはそう言うが、あいつらの移動速度はやばい。それに柔らかい毛に覆われてるから矢が通りにくいんだ」
「目を狙えばいいだろ」
「そこを狙える技量があるのはシーマだけだ」
「私を褒めているのか」
「君だけしか褒めないよハニー♡」
「人前で恥ずかしいじゃないかダーリン♡」
椅子を寄せ合い、お互いの太ももの上で文字を書きながらイチャイチャやり始めたが、クールなビランと元気なアルダムは、もう見慣れてしまったのか、まったく動じない。むしろ「恋人作ってもこうはならないようにしよう」と常に自戒しているほどだ。
ギルド界隈では、この四人にノーム種のシルビスを加えて「シルビスとゆかいな仲間たち」もしくは「ルイード一味」と呼び一線引いている。なぜなら彼らが他人にウザ絡みするからだ。
だが「分かっている者たち」から見ると、彼らは必要悪であり偽悪者として冒険者にとって欠かせない存在だ。
特に素人に毛の生えた初心者は、彼らにウザ絡みされることで世の中の厳しさを知るし、彼らが率先して絡むことによって他のチンピラ冒険者は手が出せなくなるので、ある意味「守られる」ことになる。
加えて彼らは、ウザ絡みしておきながらわざと負けて初心者に自信をつけさせたり、高飛車になった鼻をぽっきり折ってやったりと、実に有用な「冒険者指導員」として機能していた。
こういう教育をしてくれる冒険者はギルドからすると非常にありがたい存在なので、多少彼らのおいたが過ぎても受付嬢たちは目をつぶるし、条件のいい依頼を与えてそれを冒険者指導の報酬に代えている。今回のモルキャー討伐依頼も苦労以上の報酬が確約されているのだ。
「おっかえりー」
その四人のところに「姉御」と慕われているシルビスが駆け寄ってきた。
「「「「………」」」」
四人はシルビスの姿を見て返答に困り口を閉ざす。なぜか連合国で最も有名なエリート学校【私立レッドヘルム学院】の女学生服を着ていたからだ。
『おい、姉御はなんでこんな格好してんだ』
『俺が知るか。あの服はレプリカでも値が張るぞ』
『なんか姉御がエロい格好してるけど全然興奮しないってどういうこと?』
『まったく。男たちの考えることは……。普通に可愛いから着ているだけだろ』
四人が口の動きだけで会話する「読唇術」を使っているのを察知したシルビスは、フフンとドヤ顔をしてみせた。
「わたくし、この度【私立レッドヘルム学院】に中途入学することになりましたのですの」
貴族言葉を使いこなせていないくせにドヤっているシルビスに、男たちは慌てて忠告を始めた。
「姉御。その学校はメチャクチャエリートしか行けないし、学費もバカ高いし、姉御のレベルじゃ校門にも近寄れませんって」
「学校に行きたいのなら、なぜわざわざ連合国に? 王国にも学校は……、もしや王国にいられくなった? なにをやらかしたんですか姉御」
「てかその制服、卑猥! おっぱいが抑圧されててヤバいですよ姉御! ボタンが弾け飛びそう」
イケメンたちが三者三様に口を開く中、同性のシーマだけが「制服かわいい」と褒めた。
「そんなシーマにも、はい」
雑嚢袋に入った私立レッドヘルム学院高等部の女子制服を渡し、ルイードから聞いた依頼内容を大雑把に説明した。
「つまり、ガキどものしょうもない諸問題を解決する仕事を受けたので、ルイード一味は学院に行け、と?」
シーマが心底嫌そうな顔をする。
「ふふん。この依頼を完璧にこなしたら、血盟作る道がまた一つ確実なものになると思わない?」
「まだその夢、諦めてないのか……。私たちに血盟は必要ないだろ」
「諦めるもんですか。シルビス血盟。かっこいい!」
「ルイード血盟じゃないの!?」
そんな他愛のない女子二人の話を黙って聴いていたイケメンたちは、空気を読んでその場から立ち去ろうとした。実は「きっとこれはろくな仕事じゃない」という本能が働いたのだが、それをシルビスは許さなかった。
立ち上がろうと腰を浮かした三人の前に、シルビスは雑嚢袋を置く。
「これ、あんたたちの分だから」
「どこから出したんだよ……。ってか、さすがに俺たちは学生って年じゃねぇぞ」
「大丈夫。ガラバは用務員役だから」
「は? てか、なんだこの服とタオルは」
「え、知らないの? 伝説の用務員キサークのジャージと黄色いハンドタオルよ」
「……」
「姉御、俺のこれはなんだい」
「ビランは教職員役ね」
「長い髪の毛が入ってるんだが」
「かつらよ、かつら。伝説の教職員ゴールデンエイトのトレードマークでしょうがぁ!」
「……」
「え、俺は学生なの!?」
「アルダムは童顔だし、いけるっしょ」
「いや、きっつい……もういい年なんだよ、俺」
「バカっぽいからいけるいける」
「……」
イケメンたちの周囲に擬音が見えるとしたら「ずーん」と書いてあることだろう。シーマ以外は誰一人喜んでいない。
「これ、ルイードさんからの命令だし、正式なギルドからの依頼だから、みんなで連合国に行くわよ。今から」
「「「「今から!?」」」」
シルビスの強引さとわがままには慣れたつもりだったが、まだまだだったなと「ゆかいな仲間たち」は愕然とした。
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