第157話 エルフの国はきっとウザい
ゆかいな仲間たちがシルビスに渡されたコスプレ衣装を前に「ずーん」となっている頃、冒険者ギルドの建物裏でルイードとギルド受付統括のカーリーが密談を始めようとしていた。
「……」
ルイードは落ち着かない様子で目線だけを動かし、辺りを観察する。
「いつも思うんだが、ここを豪華にする必要あるのかよ」
地面には長さが均等に整えられた芝生が敷き詰められ、色とりどりの花壇が美しいグラデーション状に積まれて外からの目線を完全にシャットアウトしている。それだけならまだいいが、精緻な彫刻を施された噴水が新設されて上品に吹き出す水が虹の橋を描いているし、大理石の柱とドーム型の屋根まで拵えた「茶席」には、庶民が一生働いても買えそうにない高級な白テーブルとティーセットが用意されていた。
どんな国の王城であっても、ここまで気品漂う裏庭など存在しないだろう。
そのアホほど高そうなテーブルに座って落ち着かない様子のルイードを見て、カーリーは鉄面皮を崩さないながらもどこか嬉しそうな「気配」を漂わせつつ紅茶を口元に運び、メイドのように居並んでいる受付嬢達に「おかわり」の合図を出した。完全に上流階級貴族の嗜みだ。
「ルイード。ここになにか不満が?」
カーリーは人前でなければルイードに敬語を使わない。
「いや、不満ってわけじゃねぇが。ギルドの裏庭なのにどんどん豪華になってねぇか? まるでお姫様がいるお城の庭だぜ」
「気のせいよ」
そんなバカなと言いそうになったが、否定すると話が長くなりそうなのでルイードは押し黙ることにした。今日は散々シルビスに話の腰を折られているので、無駄話する余力がなくなっているのだ。
「確認するけれど、受付統括は仮の姿で、私はエルフの王女だってことはわかってるわよね?」
「そりゃわかってる」
「つまり私はお姫様よ」
「そう、だな」
「だから、あなたが言う通り、お姫様にふさわしい裏庭になったのよ。あなたが言う通りに」
「お、おう」
冒険者ギルドの裏手でそんなことする必要があるのかよ、と喉まで出かかったが、声には出さない。ルイードにとってカーリーは、王国王妃と同等に「扱いきれない存在」なのだ。
「それで用件はなんだよカーリー」
「エルフの国から要請が来たわ」
淡々とカーリーが言うには、今回ルイードが受けた依頼先、つまり【私立レッドヘルム学院】にエルフの皇族が中途入学したので、冒険者ギルドで警護するようにという内容だったそうだ。
「そしてあなたに依頼します。エルフの皇族の身の安全を守ってください」
「悪いがもう西のシャクティから学院絡みの依頼を受けてる。他を当たってくれ」
「学院の諸問題を解決するのと、学院の生徒を守ることは同じことではなくて?」
「……なんか違う気がする」
カーリーは
「断れば空中宮殿が動きます」
ルイードはボサボサの髪を掻きむしり、ハァとため息を漏らす。
「あの空の上にあるエルフの国がわざわざ動くのかよ……」
「そうよ。エルフの皇族に何かあれば上空から連合国にバスターランチャーを打ち込むでしょうね。一瞬で国は消滅して大陸の形が変わるわ」
「おいやめろ」
「しかも最近ゴーレムを大幅リニュアルしたから、実戦テストのために投入してくるのは間違いないわ。ちなみに私は前のほうが無骨で好きよ」
「そのゴーレムがオーバーテクノロジーすぎるんだよ! なんだよ光速で移動するゴーレムって! てか、使い所もないのにリニュアルすんな!」
「それと、エルフの騎士たちは生体装甲を標準装備にしたそうだし、暇だから全軍が降りてくるかも知れないわ。正直、人類に勝ち目はないわよ」
「ほんとにやめろ」
「冗談よ」
「真顔で言うなよ、ほんとに……」
それにしても……、とルイードは唇をへの字に曲げた。
エルフ種は滅多に見ることがない希少種で、魔法に長け、誰もが眉目秀麗だ。そんな異分子が閉ざされた学院の中しか知らない学生たちの前に現れたらどうなるか予想できない。更にそのエルフが皇族ともなれば一波乱あってもおかしくない。『今回は色々と面倒くさそうだ』というのが唇を歪める理由だ。
「ん? 皇族ってことは
「ええ。血縁上は弟ね」
「……マジか」
「現世の血縁など心底どうでもいいけれど」
カーリーが瞳を黄金色に輝かせると、空気は動きをなくし舞う花びらも空中で止まる。居並ぶメイドたちも彫像のように動かなくなって、あらゆるものが停止した無音の世界が訪れた。
そしてカーリーの背中に光の翼が何枚も生まれて、尋常ではない神気が裏庭を満たす。
「おい、無駄に時間を止めるなよ───ガブリエル」
「ここからは密談よ」
カーリーは鉄面皮を崩して少しだけ微笑んでみせたが、その瞳は黄金色のままだ。
「どうして俺様の後輩たちは、神力を簡単に使いたがるかねぇ……」
「相容れないかしら?」
「相容れねぇなぁ。俺とお前らじゃ立場が違う」
誰がこんなギルドの裏手で、天使の最高位に鎮座する熾天使ガブリエルと、かつては熾天使であったが今は堕天使となったウザエルが、同じテーブルでのんびり紅茶をすすっていると想像し得るだろうか。
「オメェらも暇だよなぁ。わざわざ地上に転生してくるなんてよぉ。よく神がお許しになられたもんだぜ」
「それは致し方ないことよ。災厄がウロウロしているのだから」
「災厄? あぁ、アザゼルのことか」
魔王アザゼル。今は仮面の魔法使いアラハ・ウィを名乗る堕天使中の堕天使だ。
「あれが本来の力を取り戻したらこの世は滅び、再び神に刃を向けるわ。私達はそうならないように、天界より地獄に近い人の世で封印を見守る必要があったのよ」
「それは王妃からも何百回と聴いたけどよ―――もしかして今回の依頼ってのはオメェら四大天使が動くほどのことなのか」
「連合国にいるウリエルから打診があったわ。アザゼル到来、と」
「なにやってんだあいつは」
ルイードはハァと溜息を零した。
「ウザエル様、いえ、ルイード。この一件、よろしくおねがいするわ。あなた自身の贖罪のためにも」
「ふん。別に贖罪とかどうでもいいんだよ。俺は人間が可愛いんだ」
ルイードはティーカップの中身を一気に飲み干して立ち上がる。すると止まっていた時間がすぐに動き出した。
「私が作ったポドリア◯スペースをこうも簡単に解除するなんて、あなた
いつもの姿に戻ったカーリーは、どこか嬉しそうに言いながらも表情はまったく変えなかった。
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