第152話 王妃とウザいメイドの事後報告会①

 ~王国王都王城の一角。王妃専用の執務室にて~




 王妃は頭を抱えて執務机に伏している。


 その様子を見てメイドはわずかに口角を上げた。ちなみに口角を上げている理由は「いつも私をこき使っている罰です。ざまぁみなさい」だ。


 そんな不敬を抱いている彼女は、王妃専属メイドにして御伽おとぎ衆御頭……という人間の姿を持ちながら、実は熾天使ミカエルに仕える智天使ヘルヴィムでもある。つまり王妃の正体を知る唯一の配下だ。


「はぁーーーー」


 王妃が頭を抱えて深い溜め息を吐いている理由は、一連の「仮面の魔法使い討伐計画」が、予想していない結末を迎えてしまったからである。


 1)ウザードリィ領に、王朝を管轄している神の一人で最高神の弟にして破壊神とも呼ばれる「スサノオ」がやってくる。

 2)何故かスサノオは領主になったばかりのミュージィと出会い、お互い一目惚れする。

 3)スサノオとミュージィは王妃の許可も取ることなく電撃結婚。領主や家督はミュージィのままだが、異国の破壊神がウザードリィ領の守護神になった。

 4)破壊神の気配を察知したアラハ・ウィは、ダンジョン遊びを切り上げてどこかに逃避したと今、報告を受けた。


 これが「はぁーーーー」の理由だ。


 まさか、ダンジョン遊びに耽ってあと数千年は出てこないと思っていたアラハ・ウィが、他の神の来襲によって行方をくらますとは想像もしていなかった。


「それに、なんなんだこの抗議文の山は」


 執務机の上には王朝からの抗議の手紙が文字通り山になっている。


 これらは「王朝の守護神を籠絡するとはどういうことだ。責任とれ」という内容ばかりが、一通だけ人間では触れることも出来ない高天原からの便も混じっていた。


「これは……」


 それを手に取ると開封していないのに「神の声」が聞こえてきた。


『うちの弟、よろしゅうお頼みもうしあげますぅ(ニコ)』


 便箋は消滅したが、今のは王朝界隈を管轄している最高神「天照大神」からの直筆だと王妃は直感した。こんなものを受け取ってしまったからには、破壊神スサノオに「国にお帰り」とも言えなくなった。しかも今の声色から漂うのは「すぐ闇落ちする厄介な弟を追い出せた。ラッキー!」という天照大神のほくそ笑む姿だった。


「くっ、そもそもどうして王朝の守護神が妾の王国に来た? しかもわざわざウザードリィ領に! そのおかげでアラハ・ウィが逃げ出してしまったではないか! ええい、破壊神よりアラハ・ウィを放置しているほうが危険だ。なんとしても行方を探せ。よいな?」

「御意に」


 メイドは恭しく頭を下げたが「はぁ、めんどくさ……」と愚痴ったのをバッチリ聞かれてしまい、頭に拳骨を食らった。このメイドが天使じゃなかったら頭蓋骨陥没して即死している拳骨だ。


「して、アラハ・ウィがいなくなったのであればウザードリィのダンジョンは潰れたのであろうな? それなら税収もなくなって貧乏になったウザードリィ領にスサノオは長居しないで国に帰……」

「いえ。残念ながらダンジョンコアは元気に活動しております」


 メイドは殴られた頭を自分で擦りながら淡々と答えた。


「む……」

「ちなみに仮面の魔法使いが領内に作ったダンジョンはいくつもあり、それらすべてのダンジョンマスターはちゃんと変更され引き継がれております」

「なに……? やつは自分がいなくなってもいいように準備をしていたというのか!?」

「まぁ、普通の経営者なら自分がいなくても会社が回るように後継を育てるのは至極当然かと。どこかの王妃様はまったくそんな事していませんが」


 また拳骨を食らったメイドは、痛みに耐えて涙目になりながらも、王妃に促されてダンジョンの説明をした。


 ウザードリィ領に存在するダンジョンは全部で五つ。


 トライセラと堕天使アルマロスのが営む「十二支ダンジョン」を中心に、

「ゾンビロードが統治する五つの塔のダンジョン」

「オークロードが統治する古都のダンジョン」

「カイザーゴブリンが統治する天空のダンジョン」

「コボルトキングが統治する湖底のダンジョン」

 がある。


「ちなみに十二支ダンジョンはラスボス部屋でトライセラと堕天使アルマロスが作るラーメンを倒せなければなりません」

「ラーメンを倒す、の意味がわからない。しかも妾の聞き間違えでなければ、今、人間が堕天使アルマロスとになったと聞こえてきたが、気のせいだな? 気のせいだと言え」

「閉店後はダンジョン裏の自宅でイチャイチャしてます。また天使と人間の間に混沌の巨人ネフィリムが生まれるかも知れませんね」


 王妃は再び「はぁーーーー」と深い深い溜め息を漏らす。


「あいつら見張りの天使たちエグレーゴロイは堕天してもまだ人間と交わりたいというのか、まったく!! ええい、これはすべてルイードのせいだ。やつが悪い」

「八つ当たりですか? まぁ、天使長と堕天使の関係ですし仕方ないかと」

「あいつは妾に怨みでもあるのか」

「あると思いますよ。そもそも四大天使である王妃様たちから長い間地獄に封じられてますし、外に出す時も様々な条件を付けられて稀人の世話係までさせられてますからね。怨まないほうがどうかしてます。むしろ怨まれていないと思っていたのだとしたら王妃様は頭がおかしいかと」

「むぅ……」

「わかりやすくストレートに申し上げるなら、王妃様はルイード様に嫌われているのです」

「そ、それならガブリエルもウリエルもラファエルも嫌われてるはずだぞ! 特にガブリエルなんてギルドに作ったルイードの部屋で正妻を気取りながら『パンツをたたみながらルイード様の帰りをお待ちするのが幸せ』なんて言っていたぞ!! あいつは自分の正体と目的を忘れてるんじゃないのか!?」

「私に文句言われましても。ですが王妃様はパンツをたたむのが羨ましいんですか?」

「ば、バカを言うな! ルイードは我々の監視対象であり天に逆らって人間にいらぬ知恵を与え、人間の女たちとまぐわった裏切りの堕天使だ! それの世話など羨ましいとかあるわけがない!」

「ふふ、必死」


 ププッとメイドが吹き出すと、王妃は拳を握りしめて瞳を金色にしたが、強烈な拳骨を叩き落として冷静に立ち戻った。


 その一撃を食らったメイドは涙目になっているだけだが、普通の人間が喰らえば肉片も残らない破壊力だし、王妃が放った殺気の放出で城内にいる人間は全員気絶していた。


「痛……、ご報告を続けますよ王妃様」

「もう聞きたくない」

「わがまま言わないでください」


 嫌々ながらに報告を聞く王妃は、豊かな胸を執務机に乗せてだらしない姿勢をとった。やる気ゼロである。


 だがメイドは淡々と報告を行う。言わないと後で怒られるから王妃が聞いていなくても報告をするのが彼女の仕事なのだ。


「話が脱線しましたが、くだんのウザードリィ領はミュージィ女侯の運営手腕と破壊神スサノオの守護によって鬼のように繁栄しています。ぶっちゃけ王都より稼いでます。そのかわり、周辺領地の税収が減っているので、王国全体で見るとトントンですね」

「ふむ。そもそもがアラハ・ウィ対策のために活用した領地だ。そこで儲けようとは思っていない」

「もしも私がウザードリィの領主だったら、税金払うのがイヤで王国から独立しますね。もちろん王妃様から反対されたら独立戦争を吹っかけます。スサノオがいればなんとかなるはずですか」

「異国の神と戦うとか縁起でもない。まったく、お前が領主でなくてよかったよ」


 王妃はぐだぐだだらだらと姿勢を悪くしたまま、執務机の端に置いていたクッキーに手を伸ばし、ぱくりと口にした。ほんのりビターテイストの高級クッキーだ。そしてそのほろ苦さと甘さの間で、ふと思った。


「……まさかルイードはスサノオと戦ったりしていないよな?」


 メイドは「さあ?」と答えたが、「そういえば王朝との国境に在る暗黒山脈の一部が崩れたという知らせを聞いています。この目で確認したわけではありませんので、どの程度の規模なのかはわかりませんが」と付け加えた。


 王妃は目をしかめ、空中をTVモニターのようにして映像を映し出した。すると「見守る者たちの会」の会合場所がある山脈の右端が、ごっそり消失している。


「これ絶対戦ってるだろ!?」


 王妃は「はぁーーーーーーー」と深い深い溜め息をついた。

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