第151話 破壊神スサノオにウザ絡みする

 王国と王朝を隔てる暗黒山脈の中腹にある祠にて。


 ルイードはになった葉巻を燻らしながら、八つの頭と八本の尾を持った巨蛇みたいな怪物の死骸の上でふんぞり返っていた。


 遅れてこの化け物退治にやってきた青年は、みすぼらしい冒険者風のおっさんに先を越されたので呆然としている。


「あの、その怪物は僕が倒す予定だったんですが、あなたは誰です?」

「俺はルイード様だ、こんにゃろう」


 巨大な怪物から飛び降りたルイードは、大股で青年に近づくと、頭頂部に拳骨を叩き落とした。


「ブフッ!」


 ギャグ漫画のように眼球が飛び出して顔の穴という穴から血が吹き出したが、青年の姿は次の一瞬で元の姿に戻った。が、痛みは残ったままらしく、頭を抱えて転げ回っている。


「テメェが皇女を生贄にする邪神スサノオだな」

「え、邪神……? 僕、邪神じゃないですよ!?」

「うっせぇバーカ! 生贄取ったり天照大御神の家の前でうんこして怒らせたりするのは邪神だろうが!」

「姐神の件は若気の至りですから!」

「で? 高天原を追放になった憂さ晴らしに人間の女を娶って、三百年もいたぶった挙げ句、使えなくなったら次よこせって言ってるんだって? この色欲邪神め!」


 ルイードは神使の巫女少女に教えられた通りの事を言った。


「はぁぁぁ!? ち、違いますよ! 高天原を追い出されてからは心を入れ替えて世のため人のために身を粉にして働いてるんですよ! 今日だって悪さしてるその大蛇を退治に……」

「あぁん? 人間の女よこせって言ってねぇのか?」


 ルイードは「話が違うな」と祠の入り口を睨みつけたが、そこにいたはずの巫女少女はとっくの昔に逃げ出していた。


「……高天原まで出向いておしりペンペンの刑だな」

「ちょ、ちょっとまってください! この歳でおしりペンペンとかまって!!」


 自分がおしりペンペンされると勘違いしたスサノオは、ブンブンと手を振りながら、ルイードから逃れようと後ずさりする。


「あ、あのですね、高天原を追放された僕は、王朝の守護神というちゃんとした職についたわけですよ。そしたら人間たちが勝手に女の子を寄越すようになっただけでして」

「ほんとにテメェが要求したんじゃねぇんだな?」

「しませんよ! 毎回いらないって言ってるんですよ? それなら三百年に一度にするって言うから、仕方なくそれで妥協したわけです」

「はぁ? 完全に断れよ」

「何も受け取らないと人間は不安になるんですよ! それに、いたぶってないですからね? 皇女たちは普通に暮らした後、死後は高天原に送って幸せにしてもらってますから。むしろ王朝の窮屈な暮らしから開放されてよかったってみんな言ってましたし!」

「ほーん? で、その皇女たちとはヌポヌポしたのか」

「ヌポヌポって……。そりゃ、その、女性から求められたら、男なら誰しも、ねぇ?」

「邪神認定!」

「ぶぎゃあああ!」


 ルイードはこめかみに血管を浮かべてスサノオに拳骨を落とし、爆散したその身体はまた一瞬で元に戻った。これが神。決して人の世で死ぬことはない高次元の存在だ。


「ったくよぉ。俺様は人間とそんなことするのは禁忌にされちまったってのに、いまだに人間とヌポヌポしてる神格がいるなんて許せねぇな! やっぱり成敗だこんにゃろう!」

「理不尽な!」


 スサノオは気力を取り戻して立ち上がると、ファイティングポーズを取った。


「もうやられないよ!」


 スサノオの全身からは、万物が畏れを抱くほどの神気が吹き上がる。だが、ルイードは刃の潰れたショートソードを肩にポンポンと置きながら余裕の表情をしていた。


「……僕の気迫を前にして平然としているなんて、やっぱり人間じゃないですね。どこの何者か知らないけど、僕は強いですよ」

「俺様とりあうつもりか、こんガキゃあ」


 ルイードの背中に何枚もの光る翼が浮かび上がると、スサノオは「天使!?」と目を細めた。


 今の今まで目の前にいた小汚い冒険者風のおっさんが、世にも美しい天使の姿になり、スサノオでさえ恍惚となって息をするのも忘れるほどの美貌で睨みつけてくる。唯一違和感があるとすれば、その美しい顔での葉巻をくわえていることだ。


「テメェくらいの神格と闘りあうんなら、ちったぁ俺様も本気を出さねぇとなぁ」

「ち、ちちち、ちょっと、ちょっとまって! 天使だよね!? 君の所と担当エリアが違うんじゃないかな!? どうしてここまで来たのさ!」

「うちの従業員の皇女がテメェの生贄にされそうだったんで、原因を叩き潰しに来た」

「じ、従業員の皇女? どゆこと!?」

「問答無用だボケェ」

「ままままままって! 僕たちの神格がぶつかったらこの辺りがンギャアア!」


 ルイード、いや堕天使ウザエルの剣閃を食らったスサノオは、防御したまま吹き飛ばされた。


 その剣閃は暗黒山脈を崩壊させ、誰も立っていることが出来ないほどの地震を引き起こしたが、ルイードは浮いているので気がついていない。


「王朝が大惨事になる! やめて! 一応僕が守護神なんだから!」

「じゃかぁしぃ」


 ルイードは剣を持っていながら、スサノオを渾身の力でぶん殴った。


「ちょ! なんで剣持ってるのにグーパン!?」


 吹っ飛ばされながら理不尽を嘆くスサノオだったが、そのグーパンの破壊力で神気に包まれて強化されたスサノオの身体は、山を貫通して王国側に飛び出てしまった。


 後にこの崩壊した暗黒山脈の一部が整備され、王朝と王国をつなぐ陸路となるのだが、ルイードがそこまでのことを考えて暴れているかどうかは怪しい。


「まままま、待って! 僕たちレベルの神格同士がぶつかりあったら人間たちが大変な目に合う。やめましょ! どうせ死なないし! 平和的に解決しようじゃないですか、ね!?」

「てめぇが皇女に手を出さないって誓うんだったら、話を聞いてやってもいいぜぇ」

「なんか無茶苦茶に理不尽を押し通されてる気がするんですけど、別に皇女を求めているわけではないので、はい、誓います」

「あやしいな……。ほんとに誓うのか?」

「誓いますよ! あなたもしかして皇女は全員美人だと思ってますか? 三百年に一度、どうしようもない醜女しこめを引き渡される僕の身になってくださいよ!」

「……そうなのか?」

「そうですよ! 見た目が醜いのは愛嬌ですから我慢できます。見慣れると可愛いものです。だけど、皇女ってのはどいうもこいつも性根が腐ってるんです! それでも優しく接して、イケメンの僕が献身的に愛して抱いて、死後の生活まで手厚くしてるんですよ! 褒められたとしても殴られる謂れはないです!!」

「お、おう」


 ボロボロと泣きながらスサノオが訴えてくるので、ルイードはドン引きして天使モードから元の姿に戻っていた。


「僕だってね、普通にかわいい女の子と恋愛したいですよ!! だけど王朝からは『あなたは守護神なんですから皇女と』って話聞いてくれないし、姐神様からも『うちの前でうんこした罰だわさ』とか言われるし! 今回だってやっとの思いでクシナダヒメっていうかわいこちゃんと出会って、彼女を生贄にしようとしていたヤマタノオロチを退治して結ばれようって計画だったのに!」

「あー。ヤマタノオロチって、さっきの蛇か?」

「そうですよ! あれを倒した僕はクシナダヒメと結婚して、もう皇女とかいらないって王朝に宣言する、まさしく『神回』の予定だったんですよ! それをどこぞの誰かさんが全部邪魔して!」

「……お、おう」


 ルイードは頬をポリポリと掻いた。そういえば暗黒山脈の麓で男たちと酒飲んで騒いでいたビッチ風の女がいたが、あれがクシナダヒメだろうか。


「あの純心な女性こそ、僕の妻にふさわしい」

「純心……」


 ルイードが見たピンク髪の女は、メチャクチャ丈の短い着物を着て、パンツ丸見えで歩いていたような気がするが、きっと別人だろう。


「あの桜色の髪。いつも濡れた瞳。穢れを知らないぷっくりとした唇。なのに子供が着るような丈の短い着物だから、むちむちの太ももとか晒してるんですよ。きっと男の目線とかに気がつかないくらいウブなんです!」


 どうにも同一人物のような気がしたルイードは、空間に映像を浮かべて麓の村の状況を映し出した。


 ヤマタノオロチが退治されたのを確認でもしたのか、お祭り騒ぎになっている。


「んー。オメェの言う女ってのは……、こいつか?」


 空中の映像が一人の女の顔をアップにする。どこかで見たような巫女少女が隣で酒を煽っているので後で殴りに行かねばならない。


「おお、そうです、そうです。我が妻候補のクシナダ―――」


 カメラ(?)が引くと、そのピンク髪の女はステージに上って、大股広げて下品なダンスを披露している最中だった。


「え、なにしてんの、この子」


 スサノオの顔から血の気が引いていく中、ルイードは短くなった葉巻をスパスパしながら目をそらした。


 その女を中心に村全体がお祭り騒ぎの水龍敬ランドみたいになっている。たくさんの男たちに囲まれて「アハァ♡」と目の中にハートマークを浮かべているクシナダヒメを見たスサノオは、現実を思い知らされて心がポキッと折れたようだ。これなら天照大神を天の岩戸から引きずり出す時に、裸踊りして見せたアメノウズメの方がまだ品がある。


「モウダレモ、シンジナイ……オンナナンテ……オンナナンテ……」


 せっかく改心したスサノオがまた闇落ちしそうになった時、ルイードは「ったく、面倒くせぇなぁ」と愚痴りながらもある人物が脳裏に浮かび、ニヤッとした。


「そういえばよぉ。王国に純血を守り通してる美人がいるんだけどよぉ、どうだい旦那」


 ポン引きのように肩を組んできたルイードに対して、スサノオは「え、どんな感じの子?」と乗る気になった。

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