第150話 ミュージィ・ウザードリィ女侯【ミュージィEND】

 王都の衛兵隊長ミュージィ。


 スペイシー侯爵家の遠縁で美女にして才女。ウザ絡みのルイードを制する事ができる数少ない女傑。


 王妃の勅命を受けた彼女は、不毛の地だったウザードリィ領に出来たダンジョンをアトラクションのように扱うことで国内外の冒険者達を集客し、その冒険者相手に商売する者たちを集めて大小様々な街を形成。さらにダンジョンからあぶれた冒険者たちに依頼して温泉街や観光スポットを次々に整え、短期間で莫大な観光収入も得た。


 その結果、税収を爆上げさせたことは勿論、稀代の大悪党「仮面の魔法使いアラハ・ウィ」をダンジョンに封じ込めてしまうという偉業を成し遂げた功績を讃えられ、授爵することになった。


「ミュージィ、前へ」


 王城の叙爵式で王妃に名を告げられたミュージィは、白目を剥いたままカラクリ人形のように頭を下げた。


「ウザードリィ領を与え侯爵位とし、今後貴殿をミュージィ・ウザードリィ女侯と称す」


 侯爵は一代限りの貴族ではない。ミュージィが子を成せばその子にも爵位が引き継がれる。つまり彼女は上級貴族の仲間入りを果たしたのだ。


『おかしい。どうして私がこんなことに!?』


 彼女の領地運営の手腕も当然あるが、ほとんどの偉業はルイードが成したことだ。彼女は0から1を生み出したのではなく、1を2や3に生育させただけなのだ。


 それに突然侯爵になるというのは前代未聞だ。


 確かに彼女はスペイシー侯爵家の遠縁であり貴族の家系ではあるが、実家に爵位はない。今回の偉業に対しても「よくて男爵、普通は準男爵」と思っていたのに、男爵・子爵・伯爵を超えて地方領主身分である侯爵───地方領主と言えば世が世なら一国一城の主なのだ。


「王国貴族の一人として、今後も領地経営に励むよう」

「ハ、ハイ」


 王妃はおそらく事情を知っているのだろう。厳格な場なのにニヤニヤしている。もしくはこうなることを予見していたようでもある。


「新たな貴族の誕生を皆で祝おう」


 そこからなし崩し的に立食パーティーが始まった。


「おめでとうミュージィ」


 叙爵式に駆けつけたランザ・スペイシー侯爵は、一番に声をかけてきた。


 その傍らには最近結婚した幼馴染の修道女クレメリーが寄り添い、ランザの後ろには本来なら家督を継ぐべき長男のアジーンと皮肉顔の次男ドヴァーがいる。さらにその後ろには三男のトリーとその妻で虎人種マガン・ガドゥンガンのファンネリアもいて、完全に一族総出で祝いに来ている。


 長男のアジーンは観光業で成り立っているスペイシー領のスーパー営業マンとして国内外を飛び回り、次男のドヴァーは不出来な領主ランザに変わって領地運営をしている。噂では三男トリーは家を出て、宿場町で妻と宿を経営しているとか。


「一族から新たに侯爵が生まれるとはびっくりだ。よその貴族たちはスペイシー一族を恐れ始めているぞ」


 ランザは苦笑しつつ、小声で「ルイードが絡んでるって本当か?」と訪ねてきたので、ミュージィは白目のままカクカクと頷いた。


「ハハハハ! 俺たちの一族はあいつに頭が上がらないな」

「私はなんだかハメられた気分なんだが」

「ルイードだからな。仕方ない。諦めろ」


 ランザは自分がそうだったことを思い出して、思わず笑っていた。


「そういえばランザ。お前の兄のセーミはどうした」


 ミュージィは自分の立場を受け入れて素の表情に戻ると、この場に来ていないランザの兄の名を呼んだ。


「セーミ兄は痔が悪くてな。馬車で長時間の移動ができないから母様と一緒に欠席だ。母様は子供がまた戻ってきたみたいだと嬉しそうにセーミ兄の介護をなされているよ」

「それはそれは……」

「ま、うちの悩みのタネは、最近ミュージィのところに観光客を奪われて税収が落ちていることくらいさ」


 ランザは皮肉ったが、本気ではないらしく口元には笑みを浮かべている。


「それも文句はルイードに言ってくれ……。私がを成したわけじゃないんだ」

「けどルイードが興したを形にしたのは君だろ。誇るべきだ」

「それは、まぁ、そうなのかもしれないが」


 ミュージィはルイードに言われるがまま事に当たっただけなので、自分でなにか成し遂げたという実感が薄いのだ。


「ところでミュージィ。結婚はどうするつもりだ? この式で君に取り入ろうとしている男たちが、さっきから目をギラギラさせているぞ」

「有象無象に興味はないし、結婚はしないつもりだ」

「あぁ、ダンジョンマスターを倒した者に処女を捧げるって、あれ、ホントだったのか」

「……そんなこと言ったつもりはないようなあるような」


 あれはルイードに対してだけ言ったことだったのに、と今更言えない。


「失礼、お話に割り込んでもよろしいか」


 キリリとした顔立ちの若い貴族たちがやってきたので、ランザはニヤニヤしながらその場から離れた。


「ちょ、ランザ!」


 ミュージィはランザがガードしてくれるものだと思っていたのに、早々に立ち去られてしまって愕然とする。


『他の貴族とお前を巡って揉めるとか冗談じゃねぇ』


 ランザは口の形だけでそう言うと、妻や兄たちを連れて別の貴族へ挨拶しに行ってしまった。


「私はクルーズ侯爵家次男のトムソンと申します」

「僕はディップ子爵家三男のジョニー」

「私はリーバイス男爵家のキアヌです」

「俺はフォード伯爵だ。気軽にハリスンと読んでくれベイビー」


 多種多様なイケメンたちに名乗られて、ミュージィは目を白黒させている。きっと数分後にはその男たちの名前をすべて忘却しているだろう。


 そんな美男子たちに囲まれてアワアワしているミュージィを遠目にした王妃は、指先でクイクイと合図して側仕えのメイドを近寄らせた。


「ミュージィには忠実な家宰スチュワードが必要だ」

「御意にございますが、私配下の御伽衆は全員アラハ・ウィの元に転職いたしましたので、お名残り惜しゅうございますが私がミュージィ様の家宰としてお仕えすることにします。お世話になりましたさようなら」

「まてまてまて。なぜ妾から逃げようとする」

「王妃様は無茶振りが多いし、労働環境はブラックを通り越してダークマターですから已む無しかと」

「……神の代理としてこの地にいる私の言葉は、父なる神の言葉だと知れ、このおバカ」

「神の愛は無限です。きっと私が苦しんでいるのをご覧になって『あっちに行ってもいいんやでー』と言っていただけることでしょう」

「お前、神を愚弄すると天使の格を下げられるぞ?」


 御伽衆御頭でもある王妃専属メイドは、人々には見えない光の翼を少しだけ浮き上がらせたが、王妃に睨みつけられてシュッと消した。


「とにかくアザゼルの手垢にまみれてしまった御伽衆は解体し、新しく妾専属の諜報機関を作る。お前はその指揮を取れ。よいな?」

「……超絶不本意で嫌々ではありますが拝命いたしましてございます」

「一言多い。それで話を戻すがミュージィの側仕えにいい者はいないか? もちろんお前以外でな!」

「じゃ、ルイード様を」

「駄目だ」


 即答する王妃を見て、メイドは目を笑みの形に変えた。


「王妃様ともあろう御方が一介の冒険者風情に肩入れし過ぎでは?」

「あやつのことを知っていてよく言う。とにかくあれは駄目だ。やつには稀人を管理監督する役目があるのだからな!」

「ではアラハ・ウィで」

「もっと馬鹿な話だ! やつは堕天使だぞ」

「ああ言えばこう言う……」

「もっとまともな者を探してこい! もちろん人間だ! 元熾天使ウザエルとか魔王アザゼルは駄目だ!」

「いずれ面白い稀人が来るでしょうし、今後の課題で良いのでは?」

「今後と悠長なことを言っていられない」


 ミュージィは美男子たちに強引に迫られて涙目になってあうあう言っているようだ。


「男勝りな衛兵隊長は男に免疫がないと見える。変な男に捕まってウザードリィ領が荒れては困る。ちゃんとした者をそばにつけろ。いいな?」

「めんどくさい」

「あ?」

「いえ、独り言でございます」


 メイドは王妃に見えないように舌打ちしたが、後頭部をパァンと叩かれた。その力は普通の人間なら頭蓋骨が弾け飛んで脳症ぶちまける力なのだが、メイドは平然と「いたた」と言うだけだった。

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