第149話 どんなにウザくても避けられない運命がある【シンガルル、チルベアEND】

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 前回のあらすじ


 フィットネスジムで全スタッフを前にしたアモスは「レティーナと結婚することになりました」と宣言した。

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「え……」


 シンガルルはちょっと目を離した隙に、護衛対象の皇女レティーナが他国の貴族の息子と結婚を決めた事に驚いていた。


 今、みんなの前でその発表をしているアモスとレティーナは、完全に一線を越えた男女の雰囲気を醸し出している。


『あの男嫌いのレティーナ皇女がアモス様と……マジか』


 シンガルルは王朝から「皇女に悪い虫がつかないように」と念を押されていたが、その約束は果たされなかった。これは責任を問われ、斬首さらし首もありえる事態だ。


『し、しかしアモス様は決して悪い虫ではないし、これはいいことなのかもしれない! うん、そうだ、これはいいことだ! いいこととして国を納得させるしかない!』


 我が身可愛さにシンガルルは考えを改め、とにかくレティーナとアモスを祝福することにした。


『アモス様のお人柄や家柄は良いからそれは問題にならないだろう。それに、レティーナ様とあんなに和気藹々と会話できる男は何処にもいない』


 男に触れることすら嫌うレティーナが「ほれおっぱいだぞ」とからかう光景は、相手がアモスだからこその態度だ。他の男にあんなことは絶対にしないどころか「こっちを見るな鳥肌が立つ」と男の視線すら嫌がるほどなのだから。


『アモス様とレティーナ様は、性不同一という同じ境遇を持っておられる。さらに二人とも稀人だから、元の世界の価値観も共有している。こんな恵まれた相手は他にいない! そうだ。そうだとも。アモス様は稀人の中でも特殊能力を持つ【勇者】じゃないか。彼の持つ眠眼スリーピングアイは、相手が無機物ですら眠らせるという超常の力だぞ!? その血と能力が王朝にもたらされ子孫に継承されるんだから、皇家も他の貴族たちも反対しないどころか、と称賛されるべきことだ! うん、そうに違いない。きっとそうだ。よし、この路線で国を説得しよう』


 色々悩むシンガルルの隣で、メイドのチルベアは「娘の、じゃなくてアモス様のそんな話聞きたくないわぁ」と天井を見上げているが、どこか顔が綻んでいる。


「じゃ僕たちの結婚報告はこれでいいとして、今後のお店のことを話すね」


 アモスは本店に集めた全スタッフの前で、その童顔を引き締めた。


「僕はレティーナと婚約して王朝に行きます」


 アネスが宣言すると、スタッフたちは間を置かずに雷鳴のように拍手喝采した。


「そこで、この本店とルイード特区の支店は、チルベアとシンガルルに任せたいと思うんだ」


 シンガルルは名前を挙げられて「はぁ!?」と叫んでいた。


「どうして私が!? 他にも経験を積んだトレーナーがたくさんいるし、そもそも私は従業員ではなくて客……」


 シンガルルが声を上げると、チルベアがその太い腕をぐいっと引き寄せる。それは万力で押さえつけられたかのような圧倒的なパワーで、シンガルルの力では抗えない。


「いいお店と家庭を作りましょうね、あ・な・た♡」

「あ、あれ。どういうことかな? ……てか家族? 私達は種族が違いすぎて無理……」

豹人種レオニール熊人種ベアルドも、大差ないですよ」

「結構違う! ぜんぜん違う! それに私は皇女の護衛であって、レティーナ様が王朝に戻られるのであれば私も……」


 逃げに転じるシンガルルだったが、その逃げ道をレティーナ皇女が塞ぐ。


「あー、シンガルル。これまでの護衛役ご苦労であった。貴様は現時点をもって護衛の任を解き王国大使を命じる」

「はぁ!?」

「王朝と王国は国交があるのに、どういうわけか両国とも外交官を派遣していなかった。だから君を大使にする。これは王国の王妃様も承認済みだ」

「手が早い! もう王妃様まで話が回っているんですか!?」

「うむ。この国の王妃様は仕事が早いからな。それに比べてうちの国の政治屋どもは………。アモスが皇王になったらまずは老害政治家どもを一掃しなければならん」


 レティーナの目は本気だ。


「王朝の政治家はそんなに酷いの?」


 アモスは生前も女子高生だったので「政治」という分野に明るくない。大人たちが「日本の政治は駄目だ」と言っているのをフーンと聴いていたに過ぎない。


「ああ、酷い。まず答弁が駄目だ。要点をはっきりと言わずダラダラと言葉遊びして『言い逃れできるように濁す』というのが当たり前になっている。民の価値観と政治家の価値観が大きくずれていることも問題だ。王朝の民は我慢強いが、ひとたび凶事が起きたら国が倒れるくらい大暴れすると思う。だが、アモスがいれば大丈夫だぞ」

「どうして?」

「皇王はすべての責任を負う全権者だ。鶴の一声で全てを動かせる。だから議会の場でも政治屋たちを叱れる立場にある。『もっと明確に言え』とか『誰の責任なのか』とか、いくらでも文句言っていいからな?」

「そ、そうですね。それにルイードさんもあっちにいますし……」

「そうだ。早く帰国せねば、ルイードが民を先導して朝乱が起きかねん。共に闘おう、アモス」

「うん、レティーナ。大好きだよ」


 二人がイチャコラ始めようとする前に、シンガルルは大きく咳払いした。


「私の話に戻しますが! 大使になるとして、王朝の大使館とか領事館はここにありませんよ!」

「問題ない。大使館はここだ。アモスフィットネスジムに間借りする」

「は?」

「間借りさせていただくのだから、ジムのこともよくするように。OK?」

「いやOKじゃありませんよ。大使をしながらジムの経営もやれっていうんですか?」

「あ、そうだシンガルルさん。ジムの来期目標は、顧客単価を下げて集客と継続率を上げ、売上二倍です。よろしくおねがいしますね」


 アモスがにっこりするとレティーナもにっこりする。実に息があった稀人たちだ。


 こうして強引+強行+独断によって外堀を埋められたシンガルルは、艶めいた黒豹だったのにどんどん白豹みたいに色が抜け落ちていく。


「安心してください」


 チルベアがシンガルルの腕をきゅっと自分の胸元に寄せる。


「私もあなたと一緒に頑張りますから」

「あ、あのですな、チルベアさん」

「なにかしら、あなた」


 圧倒的母性の微笑みにシンガルルは二の句が告げられなかった。一瞬にして「これは夫婦のやり取り」と錯覚するほどの安心感を覚えたのだ。


「私とはイヤですか?」

「え、あ、それは」

「イヤなんですか?」

「イヤというわけではなくですな……」

「はっきりしろや。あぁ?」


 チルベアが下から睨み上げてきた。その目つきは前世でアモス(アヤミ)を生む前にブイブイ言わせていた女暴走族レディース時代のものだろう。伊達にルイード特区の衛兵隊を指揮していたわけではないその迫力と、今の彼女から殴られたら原子分解してしまうという物理的な恐怖で、シンガルルは豹の顔を引きつらせて白目を剥いた。


「どうなんだい。結婚するのか、しねぇのか」

「シマス」

「あらぁ~、うふふ♡ アモス様、次に会うときにはあなたの妹か弟がいるかもしれませんよ」


 気が早いチルベアは自分のお腹をさすり始めた。


「あはは。今の世界の僕たちは赤の他人なんだから妹でも弟でもないけどね! だけど……なんだか母さんが幸せになってくれて、僕は嬉しいよ」

「アヤミ、一緒に幸せになりましょうね」


 元母娘がしかと抱き合い、また拍手が響き渡る。


「いい話だ」


 皇女レティーナもホロリと涙を拭い、チルベアも「この人生は幸せになるからね」と涙をにじませている。


「 」


 すっかり白豹になっているシンガルルだけを犠牲に、ここにアネスとレティーナ、そしてシンガルルとチルベアのカップルが誕生したのであった。

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