第153話 王妃とウザいメイドの事後報告会②
~王国王都王城の一角。王妃専用の執務室にて~
「気分直しに王朝の様子などを」
何度も拳骨を打ち付けられた頭をさすりながら専属メイドが言うと、王妃はスライムのような胸を執務机の上に投げ出して「好きにしろ」と投げやりに応じた。
シルビスの胸が若くて張りのあるバスケットボールなら、王妃の胸は熟成されたワインが詰まった水風船だ。それらは同じおっぱいであっても似て非なるおっぱいであり、大きさだけではなく手触りや柔らかさ、そこから匂い立つ色香まで別物で、甲乙付けがたい。おっぱいは素晴らしい。
「何を言ってるんだ貴様は。ちゃんと報告せんか」
「いえ、王妃様が聞く気なさそうだったので、つい脳内でナレーションを」
「わかったわかった。聞いてやるから。王朝の話だったな?」
「はい。まずは鼻持ちならない選民思想の男、リュウガ・エリューデンのその後ですが、我が国より
「うむ、知っておる。婚姻許可も与えたからな」
「しかしハネムーン旅行で喧嘩したことが原因で、結婚して三日で家から追い出されました」
「もう離婚したのか!? しかも追い出された?」
「はい、エリューデン公爵家から追い出されたリュウガは、王朝に居場所がなく、連合国に向かったとのことです」
「……どうしてリュウガが追い出されたのだ。離縁したのなら嫁いだアイラが家を出るものだろう?」
「いえ、エリューデン公爵家はアイラが継いで盛り上がっているそうです。もうアイラはエリューデン女公として叙爵も受けたとか」
王妃は頭を抱えた。
王国から嫁に行った女、つまり血の繋がりもなにもないよその女に、王朝公爵家を継がせるなど普通ならありえない。
だが、アイラは王朝には少ない「稀人」ということもあって、是が非でも手元から離したくなかったのだろう。エリューデン公爵家は血の繋がりより将来の利潤を選んだのだ。
「次にユーリアン・キトラですが、妻として迎えたエチル様のせいで没落しかかってます」
「没落するのも早くないか!? 結婚してまだ数ヶ月だろう?」
「はい。ところがエチル様は洗脳など関係なく根本的にバカだったようでして。アレが欲しいコレが欲しいと限度のない散財によってキトラ公爵家は風前の灯です。エチル様の対人対応も悪く、優秀な人材はこぞって家を出ていますね。まさに悪役令嬢街道を爆進中です。これはユーリアンが甘やかしたのが悪いのですが」
「洗脳されていなくても、あの娘は昔からそうだったな。まぁ乱交するようなタイプではなかったがとにかく気位が高く、金遣いも荒い。アモスのジムでバイトして少しはマシになったかと思っていたのだが」
「公爵家でユーリアンに甘やかされてもとに戻ったようです。ちなみにエチル様のお父上も随分甘やかして育てていたようなので、三つ子の魂百まで、という感じです」
王妃は目頭を押さえた。王国としては、厄介な女を引き取ってもらえたというわけだが、そんな女を嫁がせたという負い目のほうが大きいのだ。
「ちなみに没落しかかっているユーリアンは、起死回生の一旗を揚げるために、商業が盛んな連合国に向かったようです。しかし、エチル様の浪費スピード以上に稼げるのかどうか……。帰国したら公爵家はなくなっているかもしれません」
王妃は「それは大変だな」と能面のような表情で言うと、少し冷めてしまった紅茶を口に運んだ。たとえ冷めていたとしても、心が嬉しいとお茶は美味しいものだが、今はただの不味い紅茶だ。
「次はミラ・アラガメですが、奴隷落ちしたロウラを閉じ込めて、朝から晩まで寵愛しておりました」
「無気力の権化になったロウラなら、そんな監禁生活も喜ばしい待遇だろう」
「ですが、彼は逃げ出したようです」
「……バカもそこまでいくと感心する。いや、その監視生活に嫌気が差した挙げ句の所業だとしたら真っ当とも言えるか」
「ですが、すぐに捉えられ、ミラ嬢の手によって両手足をアレな感じでアレして『絶対にアニメ化出来ないような姿』にさせられ、今は厳しく管理されているそうです」
「あの妹、怖すぎないか」
「ところがですね。そのミラ嬢は手足をもぎ取った虫みたいな姿になったロウラに飽きてしまったようでして。彼女はイケメンのダメンズが好きなだけで、イケメンと言いにくくなったロウラに冷めたのでしょう」
「自分でやっておきながら!? どうしてメンヘラの愛情はゼロか百万か、くらいの極振りなんだ……」
「寵愛しておりましたと過去形でお伝えしたのは、そういうことでございます」
メイドはいつの間にか温かい紅茶を入れ直して王妃に差し出していた。どうやってティーポットを温めたのか常人にはわからないだろうが、彼女も天使だからこそできる「奇跡」の一種だ。
「次にそのメンヘラの兄、セルジですが」
「うむ」
「今も冒険者としてウザードリィ領のダンジョンに挑み続けてます。腹黒糸目の一癖ある男ですが、ある意味一番まともと言えましょう。最近では吟遊詩人が
「ああ、妾も聞かされた。確か『虐げられ続けたボンボンだけど、がむしゃらにダンジョンに挑んでいたらお金も名誉も手に入って幸せになったから、今更媚を売られても、もう遅い』だったか」
「よくそんな長いタイトル覚えてますね」
メイドは呆れたように言うと、服の袖からメモ帳を取り出した。さすがに報告の全部を覚えているわけではなかったようだ。
「次は皇女レティーナ・オートリー様です。彼女は王朝に帰国後、我が国のアモス・サンドーラとの婚約を発表。同時期にアイラも王朝入りしていたので、国民からは『うちの皇女は稀人ホイホイ』と、大歓迎されたようです」
「それは何より。アモスは息災か?」
「はい。王朝でもフィットネムジムの経営にも乗り出して、特殊能力で不眠症治療にも当たられているとか。あとは余力で趣味に走っているようです」
「ふむ。余力があるのは良いことだ。アイラもアモスも我が国にとって貴重な稀人ではあるが、本人たちの自由意志を尊重して送り出した甲斐があったというものだな」
「さすがは御心の広い王妃様でございます。ちなみにアモス様は前世で作家だったレティーナ様と一緒に、王朝に新ジャンルを取り入れようとしております」
「新ジャンル?」
「はい。ツンデレ王妃がおっさん冒険者に陵辱されて二秒で完堕ちアヘ顔する成人向けエロ同人誌……」
「おいちょっとまて。内容が気になるから取り寄せろ。場合によっては妾自ら王朝に出向き、そやつらを粛清せねばならんし、肖像権を主張して全本回収を命じるぞ!」
「……御心が狭い」
メイドはまたしても王妃に拳骨を落とされた。この時に放たれた神気の広がりで王城近辺の王都民も全員気絶した。これが後に「謎の集団気絶事件」としてオカルト扱いされるとは王妃もメイドも気がついていなかった。
「なにかもっと妾が喜ぶ報告はないのか!」
メイドは渋々メモ帳をめくる。
「そうですねぇ。十二支ダンジョンのボス部屋で食べたラーメンが美味しかった、とかでしょうか」
「メモ見るほどの報告か!?」
「他に王妃様が喜ぶ報告は……ああ、ルイード特区についてのご報告がありますね」
「ふむ、聞こう」
「順調に囲っています」
「以上?」
「以上です」
王妃は「はぁーーーー」と溜息をつく。全然喜ぶ報告ではない。いや、順調であることは喜ぶべきなのだが、その程度では疲れ切った王妃の心は踊らないのだ。
スラム街をルイードに与えて出来上がったこの特区、今は王国に顕現した【稀人】たちの住居や商活動の場になっている。
稀人たちは異世界の知識で様々な商品を生み出すし、中には異世界の商品をそのままこちらの世界に持ち込む者もいたが、それらを放置していると、この世界の商活動はすべて稀人に牛耳られてしまう懸念もあった。それを防ぐために「稀人が商売する場所はここのみ」と指定したのがルイード特区である。
ここで商行為ができるのは稀人のみで、特区に入れるのは許可を与えられた一部の者だけ。しかも購入した品は転売することが許されていない法制度も敷かれた。
そうすると、稀人たちはこのルイード特区内で経済を回し始め、元の世界と同じ水準の文化文明を構築した。
上下水道、水洗トイレや温水シャワー、電化ならぬ魔石化製品や都市ガス。この世界の者がそれらを完備した稀人の家に行ったら驚くだろうが、彼ら稀人からすると「ようやく元の世界と同じくらいの暮らし」になったのだ。
稀人たちはこの特区を第二の故郷と感じ、他の国に行くこともなければ反旗を翻すこともない。永く王国に住み続け、子を成し、異世界の知識を与え、それは拡散することなく王国が取捨選択して部分的に世に広めることが出来、国にさらなる益をもたらす。これが「囲い」であり、ルイード特区の現在の姿なのだ。
「そういえば、特区の私設衛兵をやっていたアイラが王朝に嫁いだということは、あそこは誰が守っているんだ? 王都の衛兵も立ち入れないだろう?」
「問題ありません。王朝から大使として来られているシンガルル殿を隊長に迎え、元女冒険者たちが引き続き自衛していますので」
「大使に衛兵やらせるのは外交的にどうなんだ……」
「ですが王国民にして稀人のチルベア殿と結婚しましたし、半分は王国民になったようなものかと」
「うーむ。しかしあの二人に子供ができたら……」
基本、異種族同士でも交配できることが「人間」と呼ばれる者たちなのだが、生まれてくる子供は母親の種族であることが常識だ。しかし稀人の場合はその法則が不確定で、場合によっては両方の種族が混ぜ合わさった「新種族」が誕生することもある。
「
「熊のような体格の豹だったら最強ですね」
「新種を創造すると神に怒られるので勘弁だ。あれはナントカ創造デッサン部の仕事だからな」
メイドはジト目で王妃を一瞥したが、なにか言うことを諦めて報告を続けた。
「特区のアモスフィットネスジムは稀人にも人気です。本店と合わせてかなりの会員数になったので三号店、四号店の話も上がっているそうです。これはシンガルル殿とチルベア殿の経営手腕もあるかと」
「ふむ。私は体型が変わらないし鍛える必要もないからジムに興味はないが」
「ああ、王妃様がたいへん喜ばれる報告を忘れておりました!」
「ほう?」
「ルイード様が帰国されました」
王妃はぴくっと眉を動かした。
「……別に喜ばないが?」
「またもうそんなツンデレなことを。ちなみにルイード様は巫女服のいたいけな少女の首に鎖をつけて四つん這いで歩かせながらのご帰還でした」
「なにやってるんだあのバカは! すぐに出かける準備をせい。ルイードを詰問するぞ!!」
「楽しそうですね王妃様」
メイドが苦笑する横で王妃は拳をバキバキに鳴らしながら鼻息荒くイキイキとしていた。
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