第147話 ウザボス代理の挑戦【トライセラEND】
ウザードリィダンジョン最下層を往くトライセラ率いる【恋するモンスターパーティ】は、
「え、一番の見せ場みたいなところがあっさり終わった気がするんだけど」
セルジ・アラガメ公爵子息は、ラスボス部屋の前で細い目をますます細くしながらこぼした。
子丑寅卯辰巳午未申酉戌亥の名を冠した十二の魔物たちは、何故かことごとく黄金の鎧を着込んだ美しい女性タイプばかりで、倒していく度に「くっ、殺せ」と言い出し、放っておくと「それでは矜持が守られない」とかなんとかで、ここまでついてきてしまった。
なので彼らの後ろには十二支闘士の美女たちが勢揃いしている。大所帯だ。
しかも十二支闘士の美女たちは、全員大敗を喫しているので鎧は大破して露出過剰気味ときている。下手な娼婦より扇情的だ。
「この破廉恥集団と一緒にいることが国元にバレたら、僕は公爵の家督を継げない気がするよ」
セルジは溜息を漏らしたが、もう慣れてきているのは流石である。
しかしこんな美女軍団を率いていてもトライセラは目もくれず「今日こそはアラハ・ウィを討ち取ってミュージィ様の処女を!」と意気込んでいる。
「あのね。何度でも言うけど、僕は今日はじめて最下層に来たんだよ? それなのに本当にラスボスに挑むつもりかい? しかもこんなに魔物の女を引き連れて……君たちも負けたんだからさっさと消えたらどうなんだい!?」
「おいおいセルジ。紳士は女性を無碍にしちゃあいけないな」
「女性ってか魔物だけど」
「紳士たるもの魔物であろうと美女には優しくするもんだよ」
「魔物相手に心広すぎないかい!? あなたにはミュージィという女領主とエロいことする目的があるのだろうけど、僕は……」
「セルジだってラスボス倒す(
道中、セルジは自分が王朝貴族であり、皇女レティーナを娶るためにこのダンジョンに挑んでいることを明かしている。その時に全員から「ダンジョンマスターを倒せばその女がお前に惚れるっていう保証があるのか?」と突っ込まれてしまい、ずっと小馬鹿にされているのだ。
もちろん保証はない。どうにかしてレティーナに惚れられるよう、細く頼りない糸を
当初計画ではレティーナと一緒のパーティになり、活躍するところを見せつけたり、手練手管で口説き落としたり、いざとなったら強引に身体の関係を持って心の隙間に入り込んでやろうと思案していた。
だが、参謀役の妹ミラが奴隷の男と一緒に戦線離脱してしまったせいで、計画は狂いに狂った。貴族の子が一介の冒険者として小汚く暮らしている現状も「どうしてこうなった」と自問自答する毎日なのだ。
「まぁ、ここまで来て挑まないと損だワン」
ムラサマブレードを持った
『そういえばダンジョンに来てからというもの、一度もレティーナに出会わなかった。彼女は一体どこでなにをやっているんだ』
セルジがこうしている間、レティーナは別のところでちょっとした騒動の渦中にいるのだが、それはまた別の話。
「よし、開けるぞ───って、なんだこりゃ」
トライセラは玄室の厳かなドアの横にかけてある看板を見た。
「営業時間 十一時からスープが無くなるまで?」
ゆっくり中の様子を窺うように扉を開けると、すぐさま全員の鼻孔に食欲をそそる匂いが飛び込んできた。
「これは……豚骨スープの匂い?」
セルジも隙間から中を覗く。
扉の中にはこじんまりとカウンター席があり、その厨房では寸胴鍋で煮込んだオークの頭や骨から出る豚骨スープの味を確認し、リュートから吹き出す炎を調整している美女がいた。
「また女か」
セルジが呆れたように言うと、厨房の女は背中の黒く汚れた翼を少し動かしながらこちらを一瞥した。
『まだ営業時間前だ。表に並んでくれ』
「!?」
まるで脳内に直接響いてくるような美しい声にセルジは焦ったが、十二支闘士の美女たちに引っ張り戻されたので事なきを得た。
「ちゃんと並ぶのがマナーですよ人間さん」
「すぐ売り切れちゃうからなかなか食べられないのよね」
「今日は誰もいなくてラッキー♡」
女学生のようにキャッキャと悦ぶ十二支闘士たちは、もう誰がどの暦なのかもわかったもんじゃない。
そんな中、トライセラは扉を閉めずに中を覗き込み、呆然とした顔を赤らめている。
「美しい……」
「ちょぉぉぉい! あんたはミュージィという想い人がいるでしょ!」
セルジが柄にもなく正論を叩きつけたが、トライセラは恋焦がれて胸が燃えるような痛みに襲われ、ふらふらと玄室の中に入ってしまった。
仕方なくトライセラについていくように全員が中に入る。
『外で並べと……』
トライセラを見た店主の美女は、一瞬息を呑むようにして黒く汚れた翼をぱたたとはためかせた。
『貴様……何故だ……見覚えがあるぞ』
その美女は身体のサイズを人間大に変えた堕天使アルマロスだ。
元々高次元生命体である天使に性別というものはないが、トライセラが魅了されてしまうのも仕方ないと思えるほど妖美なアルマロスは、胸の膨らみや体全体の流線型からして「今は人間の女型」なのだろう。
トライセラはそんなアルマロスの神気を浴びながらも、平然とカウンターに座り、上に書いてある品書きの一番右を指差した。
「とんこつラーメン一つ」
人生でこれほどのキメ顔をしたことはないほどキメたトライセラに対して、堕天使アルマロスは無言で麺を用意し始めた。
『硬さは』
「バリカタ」
「ちょっとまって!? ここ、ラスボスの部屋だよね!? どういうこと、これ!?」
セルジだけがまともにツッコミを入れるが、十二支闘士の美女たちから「しー!」と唇に指を当てられる。よく見ると壁に「私語厳禁」と書かれている。どう見てもここはめんどくさいこだわりのラーメン屋だ。
堕天使アルマロスは無言でラーメンを用意する。
器にタレを入れてスープを注ぐ間に麺が茹で上がり、華麗な手さばきで湯切りし、ささっとトッピングを施してトライセラにラーメンを出す。その手際の良さは長年ラーメンを作り続けた者にしか出せない貫禄すらある。これが人類を震撼させる恐怖の堕天使だと誰が思うだろうか。
トライセラは出された器を少しの間眺めて麺やスープの色を確認すると、レンゲなど使わず両手で器を持ち上げてスープを一口飲んだ。
ほんのわずかなスープが口の中にじっくりと広がると、その風味に生臭さは一切なく、豚骨だけでなく鶏や牛骨など様々な旨味が押し寄せてくるのを感じる。
その芳醇な味の津波が胃を刺激して、液体ではなく固形を欲する───麺だ。
トライセラは割り箸で細麺を摘み、一気に口の中に吸い上げる。
バリカタと指定した麺の硬さ具合、スープとの絡み具合、どちらも「最の高」だ。
またスープを口に流し込み、麺をすする。そして今度はカウンターの上に置かれた辛子高菜を入れ
「なにやってんだよ」
何を見せられているのかわからないのでオロオロするセルジだが、仲間のモンスターたちはもちろん十二支闘士の美女たちもずらりと腕組みして傍観の構えを取っている。
「これはすげぇ戦いになりそうだゴブ」
「戦い!?」
「セルジ。黙って見てるブヒよ」
そうしている間にラーメンを平らげたトライセラは、余ったスープを眺めながら「替え玉、普通で」とおかわりを要求。
堕天使アルマロスは阿吽の呼吸で麺を湯通しさせ、一分前後で湯切りするとトライセラの器にそっと流し込む。この時にスープが跳ねたら割腹モノだから慎重、そして大胆な投入だった。
トライセラはカウンターに置かれたすりおろしのニンニクをスプーン一杯、胡椒少々、最後にラーメンタレを一回しかけて味を整え直す。紅生姜を入れなかったのは、まだこの戦いが続いていることを示唆しているのだが、セルジにはまるでわからないことだ。
そして貪るように麺をすすりスープを飲み、再び替え玉を注文する。
今度も同じ様に味を整えて麺を貪ると、最後の麺に少しだけ紅生姜を投入し、スープも干す。
いつの間にかカウンターに置かれていたお冷をぐいっと一気飲みして「ふう」と一息ついたトライセラに対して、堕天使アルマロスは「勝ったな」という顔をした。
だが、トライセラは僅かに上を向いてこういった。
「しょうゆラーメン一つ」
『なっ、貴様、替え玉しておきながらまだ別のラーメンを食べるつもりか?』
「当然だ。こんな美味いラーメンを出す店なのに、最下層になんか置きやがって。なかなか来れないのならこの機会に全部食う!」
『馬鹿な。高血圧で死ぬぞ』
「ふっ。あんたみたいな美女が作ったラーメンを食って死ぬのなら、本望だ」
『……やはり貴様は』
セルジが白目を剥く中、堕天使アルマロスは遠い遠い昔を思い出して目元に涙を浮かべていた。
そして熱心にラーメンを食する一人の人間と共にラーメン道を追求したのだが、神の不興を買ってしまい四大天使によって駆逐され、大地の地下に封じられてしまった。
あれからどれだけの年月が過ぎただろうか。
かつての上司でもある大天使アザゼル……つまり仮面の魔法使いアラハ・ウィに地獄から救い出されたアルマロスは「当ダンジョンのラスボス代理」としてここにいる。そしてここにいる間は好きなだけラーメン道を追求していい契約になっていた。
だが、まさかこの一杯を食するこの人間が、あの時、自分と共にラーメン道を追求した男と瓜二つだとは。
『何度生まれ変わっても私のラーメン道に付き添うとは、貴様は過ぎた人間だ。よかろう、時が果てるまで共に追い求めよう。究極のラーメンを』
カウンター越しに堕天使アルマロスが手を差し伸べると、トライセラがそれを強く握り返す。そこには種族や性別を超えた飽くなき探究心の美しい姿があった。
モンスターたちは号泣しながら拍手喝采し、二人のもとに駆け寄って肩を叩き合う。十二支闘士の美女たちも泣き崩れたせいで化粧が溶けて、顔がドロドロだ。
「いや、なにこれ」
この異次元のノリに取り残されたセルジは、呆気にとられてそう言うしかなかった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます