第146話 ウザい悪徳貴族はいいエサになる

 ウザードリィ領の迎賓館にて。


 今宵は王国の名だたる貴族たちを迎え、この領地の温泉施設完成披露パーティーを開いている。


 もちろん仮の領主であるミュージィが主催を務めているのだが、にこやかに受け答えしながらも内心は困惑の極みだった。


『ルイードのやつ、いつの間に迎賓館とか貴族用の宿とか建てたんだ……』


 しゃなりしゃなりと姿勢正しく歩くミュージィは、腐ってもスペイシー家に連なる貴族の娘なのだ。衛兵隊長となっても骨の髄まで貴族の立ち振舞は刻まれていた。


『っていうか、そもそも私はルイードを制御するため致し方なく仮の領主になっただけで、こんなパーティーをやるためにいるんじゃない! なのにあの唐変木、私に黙ってどこかに旅立っただと!? どういうつもりだまったく!』


 笑顔を作りながら目がどんどん死んでいく。


『しかもこのパーティー、各国の冒険者ギルドから受付統括が集まってるじゃないか。うちの国のカーリー女史も猛烈な殺気を放ってるが、帝国のドゥルガー女史や連合国のシャクティ女史もやばいな。あんな殺気を放つ女をナンパしに行く貴族たちの危機意識のなさには、尊敬すら覚えるぞ」


 ミュージィはそちらの方は見ないようにして、引きつった顔で挨拶して回る。


 そんなミュージィの様子を遠くのテーブルからチラチラ眺めている男たちがいる。名も知れぬ領地を持つ木っ端貴族たちだ。


「ちょっと前までウザードリィは不毛の地だったが、この繁栄っぷりに驚嘆するよ」

「今では王国で三本指に入る税収があるとか。妬ましい限りだ」


 曰く───領地内にあった「今まで誰も知らなかった風光明媚な場所」が観光地として整えられたことにより観光客は倍増、いやゼロから数万の桁で跳ね上がっている。


 曰く───そこでしか食べられない食事や銘菓の開発が盛んで、王国どころか大陸各地の料理人が集い、グルメタウンとしても発展している。特にドラグーンカタストロフという物騒な名の肉料理は「美味が舌を破壊する」というキャッチコピーで大人気になっている。しかし真似しようにもそれに使われている肉はウザードリィダンジョンにいるドラゴンのものらしく、他では手に入らない。


 曰く───ダンジョン産の武器防具が安く手に入るのはウザードリィ領だけ。それ目当てに冒険者が集まり、冒険者相手の商売が盛んになり、ダンジョン周辺にはいくつも村……いや、町が作られて一大都市になりつつある。その規模は南のリゾート地「スペイシー領」に勝るとも劣らない規模だ。


 曰く───新しくできたこの温泉施設はダンジョンコアから漏れ出る魔素を含んでいるせいか、肌によく健康にもいい。とくに性的回復力は眼を見張るものがあり、全国津々浦々の男性たちが「自信の回復」のために訪れている。


「王妃の覚えめでたい彼女には、領主としての才能があったということか」


 どこか蔑んだような口ぶりで誰かがこぼすと、全員がそれに乗ってきた。


「それ以前に衛兵隊長が領主ってどういうことだ? しかも仮って!?」

「貴公らは知らんのか? あの女、実は南のスペイシー家の血筋だぞ。ただの衛兵ではない」

「おお、最近まで後目争いしていたあの侯爵家の!?」

「だから衛兵風情が王妃陛下と懇意なのか」

「それほどの身分の女性が、どうして衛兵に?」


 貴族たちはザワザワと話し続け、それを肴に酒を飲む。


「貴族の御婦人方のようにしおらしくしているより、剣術の方が、いや、きっと好きなんだろう」


 貴族たちは笑う。遠回しに嘲笑しているのだ。


 帝国や王朝と違い、王国では種族差別や男尊女卑の考えはないに等しい。だが貴族社会だけは帝国の影響からか「男の方がえらく、女は男たちの飾り物である」という風潮がある。


 もちろんそんなことを公言すれば、ここは女性が国の頂点にある国なので強いバッシングは避けられない。だからこういう場所で知った顔との間でだけ、憂さ晴らしするかのように言うのだ。女の分際で、と。


「しかし美女だ」


 あちこちで愛想笑いしているミュージィのボディラインは身体にフィットしたドレスのせいで顕になっている。


「ああ。男好きのする身体のラインがたまらん」

「引き締まった身体、キュッと上がった尻、腰は細く乳房はたわわ、それでいて筋張っているわけではない」

「貴族の末席にいる女だからだろうか。衛兵だと言うのに色白で肌も美しい」


 男たちは勝手にあれこれ妄想してごくりと唾を飲む。


「あの女が仮の領主に収まってからというもの、僻地だったウザードリィは随分と価値が上がった。いや、上がりすぎた。きっと女には荷が重い領地になってしまったことだろう」

「それにあの女は独身だ。どうだろうか? 我らの息子と婚姻を結ばせてしまえば、この領地も手に入るのでは?」

「なるほど、それは名案だ。丁度息子を連れてきているし、粉をかけさせてみよう」


 そこによく知らない貴族が割り込んできた。決して彼らの仲間内ではない。


各方おのおのがた。彼女はダンジョンマスターを討ち取った者に嫁ぐという話ですよ」


 続けてまた別の貴族が入れ替わるようにして現れる。


「このままだとダンジョンをクリアする冒険者のもとに嫁いで、この領地は冒険者のものになるでしょうねぇ」


 さらにまた別人が入れ替わる。


「まだ処女だそうです」


 見知らぬ貴族たちは言うだけ言って去った。その貴族たちが王妃専属の諜報部隊「御伽衆」が扮した姿だと知る者はいない。


「……何だ今のは」

「さあ」

「それにしても処女か」


 男たちは下卑た笑みを浮かべる。


「わしの領軍をここに派兵しよう。ダンジョンマスターなど、わがエンザイム家の精鋭の手にかかればすぐ倒せよう。あれは息子などには惜しい。私の妾にしたい」

「なにを仰せか。我がグレゴール家が!」

「いやいやヴァモア家の」

「いやいやラモチス家だ」

「何を言うか。ハミルカル家に優る者がおろうか。家の格が違うわ、格が!」

「だったらリヒャルト家だろう!」


 貴族たちは牽制しあいながら、ウザードリィのダンジョンに私軍を派兵することを胸の内で確定させていた。




 □□□□□




「というわけでダンジョンのエサが増えそうです」


 最下層、ダンジョンマスターの部屋で御伽衆が報告すると、アラハ・ウィは軽く拍手した。


「いいですねぇ、悪くない。皆さんの働き様は素晴らしいですねぇ。ダンジョンコアに吸わせる命が増えることはいいことです。宣伝費も安く抑えられましたし、いやぁ素晴らしい。これもそれも領主の女性が処女を賭けてくださったからでしょう。今度お礼をしてさしあげねば」

「マスター、何するつもりかわかりませんけど、ミュージィ殿は強いですよ。あのルイードさんを尻に敷くタイプですから」

「ルイードはどんな女にも弱いではないですか」


 アラハ・ウィは苦笑した。


「ダンジョンコアに魔素が溜まったら拡張してプールとダンジョン内にも温泉施設と娯楽も用意しなければ。あぁ、そうだ。よく働いてくれている皆さんには臨時ボーナスを差し上げますので、どうぞ上の町でエンジョイしてください」

「さすがダンジョンマスター様!」

「さすマタ!」


 すっかり大罪人に飼いならされて王妃の元に戻るつもりがない御伽衆に、平民なら半年は暮らせるだけの金一封を手渡したアラハ・ウィは「次はどこを改装しましょうかねぇ」と設計図を広げた。この悪しき魔法使い、ダンジョン経営が楽しくて仕方ないらしい。


「緊急連絡! 最下層『子』が倒されました!」


 ラスボスの部屋に御伽衆の声が響く。


「おや」


 アラハ・ウィが空中で手を振ると、最下層の映像が現れる。


「ふむ。いつものモンスターパーティですか。いや、一人増えていますねぇ。あれは王朝から来たバカ餓鬼の一人でしたか」

「あいつら、めっちゃ強いですよマスター」

「まぁ、最後までは到達できないでしょうが、次の丑で確率調整して強めの者を出現させましょうとも、えぇ」

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