第145話 ウザい最下層に行ってみた

 どこかのピザ屋でとんでもない会話が繰り広げられている頃、ダンジョン内では王朝の公爵子息セルジが冒険を


「ここの滑り台を通ったら最下層だ」


 さも当然のように三等級冒険者のトライセラは案内しているが、もう何日もダンジョンの中をうろついていて、セルジの気力はゼロだ。


「ち、ちょっとまってくれないかな。僕はこんなに濃い魔素の中を動けるほどの経験者じゃないんだ。そもそも僕は王朝の……」

「まぁまぁ。いいじゃないの」


 法衣をまとったゾンビが微笑む。


「君、こう言っちゃ悪いけど、まだ初心者に毛が生えた程度だよね。だとしたら最下層まで辿り着くのは何年後かわからないよ? ここは一つ俺たちと一緒に見学する感じで行こうじゃないか。魔素はほら、このアブソリュートバリアで防ぐから大丈夫」

「伝説の完全防御魔法!?」

「ゾンビロード的にはこの程度は容易い部類の魔法さ☆」

「軽く言うね!?」


 こうしてセルジはゾンビロードに諭され、九階層から最下層まで通じている滑り台から降りた。


 ここは最下層と言うだけあって、上とはかなり様相が違う。厳かと言うか、まるで神殿のような空気感がある。


 セルジが困惑しているとトライセラが説明を始めた。


「ここには十二の玄室があって確実に魔物がいる。ここにいる魔物は全部ダンジョンマスターに認められた化け物揃いで、その証拠に黄金の鎧を着ているからすぐ分かる」

「十二……黄金……どこかで聞いたような話なんだけど?」

「そうかい? ちなみに俺たちは七部屋目まで行ったことがあるんだけど、ドロップアイテムが多すぎていつも帰還する。ほら、ここ、良いものばかり落ちるから」


 だからこのパーティはアホみたいに高価な武具を身に着けているのかとセルジは納得した。


「一度ダンジョンを出るとリセットされてまた守護者が沸く仕組みになってるから、毎回途中まで行っては帰るの繰り返しだよ。で、ここが第一の玄室【宝瓶宮】だ」


 トライセラに言われてセルジは目をしかめた。確かに厳かな玄室の扉があるが、宝瓶宮がある順番がおかしいと思ったのだ。


「ちょっと待って欲しい。今の話の流れだと最初は牡羊座の白羊宮じゃないのかい?」

「牡羊座? なにか勘違いしてるようだな」


 トライセラは苦笑した。


「ここを守っているのは十二支闘士エトントと呼ばれる魔物たちだよ」

「エトント!?」

「うん。干支って知ってる? 王朝の方では常識らしいけど、毎年その年を代表する動物がいるらしい」

「知っているとも!」


 セルジは彼らに言っていないが王朝の公爵子息だ。知らないはずがない。


「ここのダンジョンの最下層はその十二の動物になぞらえた魔物がいるんだ。最初の十二支闘士はネズミだよ」

「……ネズミとはまたかわいい魔物だね」

「と、思うだろ。しかし魔物のネズミは怖い。病原菌を持ってるし集団で襲ってくるし、頭もいいし手先も器用だ。そして素早い。ジャイアントラットなんて人間並みの大きさがあるのにすごい速さだからな。あぁ、ちなみに前回はピカピカとすごい電撃を出してくる黄色いネズミが出てきた。あれもやばかったなぁ」

「……」

「その前は人間のおっさんだったけど、息もおならも臭いのなんの。俺はあれをネズミマンと勝手に名付けた」

「……」

「さぁ、今回なにが出てくるか楽しみだ!」


 トライセラは気合いを入れて玄室の扉を蹴り開けた。


「!」


 玄室の中には、黄金の鎧をまとった赤い半ズボンの黒いネズミが腕組みしていたが、セルジは中に入ろうとする連中を止めて強引に扉を閉めた。


「おいおいどうした。弱そうなやつだったのに」

「ば、馬鹿言うな! あれは決して触れてはならない最強のネズミだぞ!? 描写することすら恐ろしい!」

「へぇ、よく知ってるな」

「僕の国ではあれは禁忌の存在なんだよ! 子どもたちが壁にアレを落書きしただけで著作権違反だと訴えられかねない存在だ!」

「よくわからないけど、扉を閉めるとまた違うのが現れるぞ」

「?」

「ここはな、同じ干支でも、きのえきのとひのえひのとつちのえつちのとかのえかのとみずのえみずのと……と、たくさんの種類があって、それのどれが出てくるのかわからない。この扉を開き直したら別のが居ると思うぞ」


 トライセラは再び扉を(今度はゆっくりと)開けた。


「?」


 玄室の真ん中に黄金鎧の者がいるが、さっきとは姿が違う。


 大きなネズミの耳を頭の上に付け、細長い尻尾をゆらゆらさせ、小柄な体型に似合わぬセクシーな胸元は組んだ腕に持ち上げられてさらに強調されている。そして、黄金の鎧以外何も身に着けていない露出度の高さ……そこにいたのは絶世の美女だった。


「ネズミのコスプレしたキャバ嬢みたいなのがいるんだけど!?」


 セルジが安っぽく例えると、玄室の女は憤慨したように立ち上がった。


「おい、そこの人間! 私は第一の宮を預かる十二支闘士エトントが一人、じゃ! 舐めた言動は許さんぞ!」

「女と戦うのは男としてどうかと思うんだ。やり直そう」


 セルジが再び扉を閉めようとしたがそれをカイゴブカイザーゴブリン が止めた。


「ゴブリンの本能がうずくぜ」


 ゴブリンは基本的にどんな種族とでも性交して自分の種族を孕ませることが出来る。普通の感覚であれば異種族は性的対象になりえないので興奮しないが、ゴブリンは相手がメスであれば豚でも牛でも人間でも魔物でも、見境がないのだ。


「いくら美人でも十二支闘士エトントだよ?」

「くくく、めっちゃ(ピー)して(ピー)を(ピー)からの(ピー)で(ピー)してやんよ!」

「え、このダンジョンには禁句の魔法が掛かってるのかい!?」


 セルジは唖然としたが、とにかく小柄で醜いカイザーゴブリンがやる気に満ち溢れているので、これ以上止めることは出来なかった。


「じゃあカイゴブのお手並み拝見だな」


 トライセラの意外な言葉にセルジは細い目を見開いた。


「みんなで戦うんじゃないのか!?」

「んー? 体力は温存しないと最後まで保たないからな。最初の敵なんて一人で大丈夫だろ。それが無理ならどのみち途中で全滅するから帰還したほうがいい」

「最初の方が弱いのかい?」

「いや、運だ。俺たちがここに来た頃なんて超時空ピーッピーッからダイダピーッピーッアタックされたり、時空震動弾で……」

「禁句の魔法が働くような説明はもういいよ。てか、それどこの干支だよ」


 そこまで会話しておきながら、セルジは「どうして王朝侯爵家の僕がゴブリンごときと普通に話をしているんだ」と胸の内で舌打ちする。このモンスターパーティに随分感化されていると自覚したのだ。


 カイザーゴブリンが豪華な弓を引き絞るのを『子』と名乗る美女はニヤニヤしながら眺めている。そんなものでは殺されないという自信があるようだ。


 もう禁句の魔法が発動するより自分で言ったほうが早いと思ったカイザーゴブリンは「ピー!ピー!」と叫びながら弦を引き絞り、矢を放った。


 ───と、次の瞬間、爆音と共に玄室の反対側の壁が吹き飛び、ガラガラと音を立てて崩れた。


「え」


 セルジも度肝を抜かれたが、ネズミコスの美女も驚いたらしく、自分の後ろの壁がなくなったのを確認して青ざめている。ダンジョンの壁、床、天井はダンジョンコアが魔素を放ち続けている間、無敵の強度と再生力を誇る。破壊不可能というのがこの世の常識なのだ。


「ち、ちょっとまって? 今なにした!?」


 セルジがあわわわと震えながら尋ねるとカイザーゴブリンはフフンと鼻を鳴らした。


「そりゃ俺様の弓矢は勇者ライディ───「その程度か!!」


 カイザーゴブリンの言葉に女の金切り声が割って入ってきた。全員の視線が向くと、青ざめた顔の『子』が膝をガクガクさせながらも、腕組みしたまま虚勢を張っていた。


「初手から最強の力を注いでくるとはいい覚悟だ。だが、私を見くびるな! この程度のことではどどどどど動じぬぞ!」


『なぁ、今の一撃は最強だったのかい?』

『いや、ただ矢を撃っただけだ。スキルは使ってない』


 カイザーゴブリンの言葉を聞いてセルジは哀れみの視線で『子』を見た。


「じゃ、もう一発」


 次の一撃で離された矢の風圧で、『子』は派手にふっとばされ、黄金鎧はガラス細工のように砕けてしまった。


「弱すぎない?」


 セルジが白目を剥きそうになっているが、トライセラは「カイゴブが強すぎるのさ」と笑う。


 『子』は「うぅぅ」と力なく立ち上がるが、不必要に壊れた鎧のせいで肌の露出は更に上がっている。残念なのは壁を壊したときから立ち込めている煙のせいで、彼女の重要な部分はすべて見えない。


「く、殺せ!」


 カイザーゴブリンはそのセリフを聞いて「これだよこれ」と感動した。

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