第144話 ウザい神使(しんし)がやってきたと思ったら

「わしは天照大神あまてらすおおみかみ神使しんしじゃ」


 巫女服の少女は薄っぺらい胸を張るが、ウザーラの一同は静まり返っている。


 流暢な王国の言葉ではあるが「しんし」という言葉の意味がわからないのだ。


「ふむ。わしを知らぬという顔じゃな。よいよい、ここは王朝ではないから致し方ない。イチから教えてしんぜよう」


 少女は軽々とカウンターの上に腰掛けると、大して長くない足を組んで語り始めた。


「わしがいる東の国には『天照大神』という神がおられる。その天照大神には乱暴な弟神がおられてのぅ。弟神から玄関先にうんこされるなどの悪戯を受けた天照大神は、この世に絶望して天の岩戸に引きこもってしまったのじゃ」


 アモスとチルベアが顔を見合わせる。


「神様がうんこ?」

「そんな話だったかしら」


 この二人は生前日本人だったので、なんとなく「天照大神の神話」は聞いたことがある。だが弟神がそんなことをしていたとは知らなかった。


「もしかしたら異世界の天照大神だし、話の筋が違うのかも知れない」


 と、二人して黙ることにしたのは賢明だ。現代日本に戻ることが出来てウィ◯ペディアで調べれば同様のことが書いてあるのだが、ここでは調べようもないのだ。


「とにかく太陽を象徴する神が引きこもったことにより、国中が暗闇になり、作物は育たず疫病が蔓延し痴漢は増え、国の治安が急激に悪くなったわけじゃ。これに困った神々は、天照大神が岩戸から出てくるように策を講じたがどれも駄目。そこで知恵はあるが性格が悪い常世思金神とこよのおもいかねのかみに企画立案を任せることになった!」


 少女は噺家のようにパンと太ももを叩いた。


「しかし! なんと知恵の神が提案したのは、岩戸の前で裸踊りしながら歌いまくるスーパーハッスルタイム企画じゃった!」


 全員が白目を剥いた。


「天岩戸の前で飲んで笑って騒いで、何事かと出てきた天照大神を強引に引きずり出すという名付けてタカチホ作戦!!」


 陣頭指揮を取る知恵の神「常世思金神」は、全国から呼び集められた目目麗しい踊り子たちのオーディションを行いつつ、鍛冶系神様たちに舞台装置を作らせ、芸能系神様たちにぶっつけ本番リハなし演奏を強要し、炎系神様たちによる照明演出までやらせてのぅ。まさに八面六臂の活躍であった。わしはその傍らでアシスタントディレクターをしておったわけじゃ」


 アモスは脳内で「全力で古事記と日本書紀に謝れ」と思いながらも少女の話を黙って聞いている。


「コケー!(そこの踊り子、露出が足りない! もっと腰をレゲエダンスみたいに振れ!)」

「コケーコッコッコッ!!(右舷、照明暗いよ、なにやってんの!)

「コケーーッ! コケーーッ!(あなたは死なない、わしが守るもの!)」


 少女は当時を振り返りながら身振り手振りで話を進める。


「で、外があまりにやかましい上にペットのわしが激しく鳴いているのを不審に思った天照大神が、重い岩戸を少し開けてのぅ。あの時は『私がブルーで引きこもってるときに、うるさすぎなんですけど!』と仰られたわい」


 顔を出して文句を言った瞬間、パワータイプの神様が岩戸を開いて強引に天照大神を外に出し、とにかく元の明るい国に戻ったらしい。


「引きこもりを強制的に連れ出す業者っていたよね」

「どこの世界でも引きこもりっているのねぇ」


 アネスとチルベアの元親子コンビはしみじみしているが、シンガルルは話の大きさと内容に「うちの国の神様って」と困惑の表情を浮かべているし、アモスたち同様に現代日本から転生してきた上に、執筆家という立場から多少なりとも日本の神話にも精通していたレティーナにおいては「これ、どこかから怒られたりしないか?」と目が泳いでいる。


「とにかく! 引きこもった天照大神あまてらすおおみかみを外に出すことに成功したスーパーAD、それこそが不死の鶏であるわしじゃ。わかったか!?」


 少女はそれに続けて


「神社には鳥居というものがあるじゃろ? あれなんじゃと思う? なんで鳥って書くか知っておるか? あれはな、このわしが止まるための止り木なんじゃ。鳥が居るって書いているじゃろ。わかったか、わしは有名なんじゃぞ。なはははは!」


 と自慢が止まらない。


 しかしウザーラ店内の反応は薄い。それどころかレティーナはシンガルルに「あの『巫女ロリババア』は客じゃなさそうだからつまみ出すべきではないか」と小声で相談を始めている。


「ちょーい、皇女。わしは神使なのじゃ! つまみ出すとはどういう了見じゃ!!」


 少女は両手をバタバタとニワトリのように振り回し「それと、誰がロリババアじゃ!」と憤慨している。


「不敬じゃぞ! よいか、わしは悠久の時を生きている神の使いぞ! 外国人はともあれ、貴様たち王朝の民はわしを崇め奉れ! というか貴様たちは自分の国の神の使いくらい覚えとけ! このバカ者共が!!」

「うーむ。すまないが私は皇家で神使なんてものについて聞いたこともないんだが」

「レティーナ様に同じく。そもそも名乗らないってことは名前も与えられなかったただのニワトリってことなんじゃ」


 レティーナとシンガルルの態度を見て、少女は「かー、情けない!」と目頭を押さえ、店の腰掛けていたカウンターの上に仁王立ちになった。


「よく聞け! わしは───「飲食店のカウンターに土足で登るなボケェ!!」


 少女は目が飛び出るほどの勢いで後頭部を平手打ちされて前のめりになった。


 神使をぶっ叩いたルイードは、少女の胴体を両手で鷲掴みにし、(意外と丁寧に)カウンターから下ろした。


「テメェんとこの神は手下に行儀を躾けないのかコラぁ!」

「き、き、きさま! 神の使いの頭を叩くなど、なんという恐れ知らず! 天罰覿面たるる……る……る?」


 少女の顔がどんどん青ざめていく。


「き、貴様、なんじゃその神気は!? 抑えているようで抑えきれておらずに漏れ出しておるぞ!?」

「俺様を尿もれみたいに言うなコラ」

「まさか貴様、い、いや、貴殿はこの土地を治めている神の───、いや、しかしその神気は不可思議な。汚れたと言うか反転してまるで堕天───」

「うるせぇよ」


 ルイードは少女のこめかみを片手で鷲掴みし、思い切り力を込めた。


「おんぎゃあああああ! 痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い!! 頭潰れる! みぎゃああああああ!!」

「おとなしく国に帰るなら離してやる」

「帰る! 帰るから! レティーナ連れて帰るから!」

「あぁ?」

「わしがここに来たのは、神の代理人である皇女が国を空けて遊び呆けておるから、連れ戻しに来たのじゃ!」

「オメェの国はどうしてそんなに皇女が必要なんだ? 他のやつを代役にすりゃいいだろ」


 ルイードの言葉はここにいる全員が疑問に思ったことだった。皇女であるレティーナですら「わざわざ神の使いが迎えに来るとはどういうことだ」と思っていたところなのだ。


「そもそもテメェらからすれば、人間の国の盟主なんてどうだっていいことだろ。どうして皇女が国にいることに拘るのか聞かせてもらおうじゃねぇか」

「う、うにゅう……」


 少女は口先を尖らせて言いたくなさそうにしている。


「上司に口止めされておるから、それはあの……」

「ピザ食うか?」

「食べる! さっきからいい匂いがしてたまらんのじゃ!」


 ルイードは神の使いを餌付けする作戦に切り替えた。


 そして全員が見守る中、Lサイズピザを三枚も平らげた少女は、パンパンに膨れ上がった巫女服のお腹を擦りながら言った。


「実は王朝は三百年に一度、天照大神あまてらすおおみかみの弟神───破壊神スサノオを封じ続けるための生贄に、皇家直系の皇女を差し出す決まりなんじゃ」

「はい却下ー」


 ルイードは即答すると少女の首根っこを捕まえて持ち上げた。


「ちょ! 話をちゃんと聞け! 王朝は皇女を贄にすることで永劫の安泰を神々に約束されておる! 出さねば国が滅びるぞ! というか破壊神スサノオが蘇って物理的にこの世が終わる!」


 少女は必死の形相で言う。そこに嘘や騙しはないようだ。


「はぁ」


 ルイードはボサボサ髪をポリポリ掻いて溜息をこぼす。


「オメェら。ちょっと俺様はこいつと行くところがある。店のことはよろしく頼むぜぇ」

「ちょ! こら、貴様、何をするつもりじゃ!」


 首根っこを掴まれた少女が足をジタバタするがルイードはびくともしない。


「どこぞの何様かしらねぇが、このルイード様の手下をどうこうしようってんなら、ぶちのめすに決まってるじゃねぇか」

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