第143話 ウザーラお届け
最近どういうわけか、ウザードリィ名物として定着しつつあるのが「ピザ」だった。
パン生地の上に具材を置いて焼くこの食べ物は、稀人がこの世界にもたらした食文化だ。それまでパンというものは保存が効くようにバッキバキに固くされており、中に惣菜を入れるとか上に具を置いて焼くという発想はなかったのだ。
ウザードリィ名物としてピザを定着させ、領内のピザ市場をほぼ手中に収めているのが「ウザーラ」というピザ屋である。
ちなみに他にも後発でピザ屋を始める者たちも多いが、このウザーラには他の店では真似できない仕組みがあるので、不動の売上を誇っている。
「絶品ウザーラクォーター、第三層X05,Y11にお届け!」
ルイードが新たに来た注文を読み上げる。
魔法紙で作られた注文書は、ギルドの依頼書と同じ原理になっていて片方に書かれるともう一枚の写しにも同じ文字が浮かぶようになっている。それを利用してダンジョン内の冒険者から注文を募ったところ、爆発的人気になったのがウザーラである。
だが、熱々のピザをどうやってダンジョン内にいる冒険者に届けるのか。
「はい、よろこんで!」
皇女レティーナはすでにアイテムボックスに収納していた熱々の「絶品ウザーラクォーター」を取り出してデリバリーボックスに入れた。
「座標間違えるなよ」
「問題ない。もう慣れた」
そう言うと転移魔法を無詠唱展開し、レティーナはダンジョンに消えた。そして一分もしないうちに代金と共に戻ってくる。これが他の同業他社では真似できない「迅速なデリバリーサービス」だ。そもそも転移魔法という超上級魔法を使える者が少ないし、いたとしてもピザの配達などでは使わないのが普通なのだ。
そうしてる間に別の注文が入り、チルベアとアモスもピザを持って転移していく。その間にシンガルルはストック分のピザを延々と焼き続ける。【
「そういえばルイード。私達は何をやらされているんだ? ダンジョンクリアはどうなった」
レティーナがふと我に返ったが、ルイードは「あぁ?」と不満げだ。
「テメェが実績欲しいっつうから確実で堅実な『商売』の実績を積み上げてやってんだろうが」
「いや、私はダンジョンを攻略してだな……」
「それは無理だ」
「は?」
「あのダンジョンは絶対クリアできない。例えこの大陸の全軍隊を突入させても無理だ。最下層まで行きゃそれだけでも優秀な冒険者だってことにはなるが、オメェの目的にはそぐわない。だから商売に切り替えた」
「ほほう、君がそこまで無理と言うからには根拠があるんだろうな」
「この前、ちょっと一人でラスボスのところ行ってきたんだわ」
「軽く言うね!?」
「そしたら面倒くせぇことにあのバカ、堕天使を召喚してやがったんだよ。アルマロスってやつでよぉ……いやぁ、天使の中でも大天使に近いやつだから、きっと四大天使のミカエル・ウリエル・ラファエル・ガブリエルが天の軍団を率いてやってきてようやくってところだな」
「聞いたことがない天使の名前だが、君は随分と神話に詳しいんだな」
「敬虔なサマトリア教会の信者だぜぇ?」
「嘘を言うな。礼拝もしないし食事の祈りも捧げていなかったし普段から神を小馬鹿にしたような言動も見られる」
「……よく観察してるじゃねぇか」
「これでも生前は作家だぞ。人間観察と女体は大好きだ!」
そうこうしているうちにアモスとチルベアが戻ってきた。
「おつかれさん。次の注文はまだ来てねぇから、少し休んで魔力回復しとけー」
「はーい」
アモスはものすごく楽しそうに働いている。
生前、女子高生だった時はアルバイトを禁じられている学校だったので、こうした会社労働経験が新鮮で面白いのだ。だからフィットネスジムも楽しく働いている。
「責任と売上管理のないアルバイトだから楽しいでしょうね」
チルベアはボソッと言う。こことフィットネスジムの経営面は殆どチルベアが見ているのだ。
生前のチルベアはアモスの母親として様々な職で働いていた。持ち前の
「チルベア、新作なんだが試食してくれないか」
黒い
「もう、私、太っちゃいますよ」
と言いながらもデレデレに嬉しそうなチルベアは、ピザを一口で平らげて「美味しい」と目を輝かせた。彼女は
「君のために焼いてみたんだ」
「もうシンガルルさんってば」
二人がイチャイチャとやり出したのでアモスは白目を剥いている。
「自分の母親が男といちゃついてるの見るの、きっついですね。まぁ、この世界での僕とは主人とメイドっていう赤の他人だし、別に良いんですけど」
「うむ。シンガルルがあのようにデレ顔するとは予想していなかった」
「あれ。レティーナさんはシンガルルさんの事が好きだったんですか」
「まさか。私は生前男だぞ。男に気が向くことはないよ」
「僕も男なんですけどね」
「君の場合は『僕っ娘』だと思えて仕方ない。生物学上は男なんだろうが心根が女子高生のままだからな」
「そういうレティーナさんも生物学上は美女で中身はおっさんじゃないですか」
「おっさんて。君、私のファンじゃなかったのかね……」
「確かに御隠語ボインゴ先生のファンですけど、もう、ねぇ?」
「確かに前世の話だな」
レティーナが苦笑すると、アモスはそっと紅茶を差し出した。
「気が利くな、元女子高生」
「元おっさんはすぐ喉が乾きますから」
「ありがとう。おっぱい揉むか?」
「どういたしまして。揉みます」
「え」
レティーナは冗談で言ったつもりが、アモスはしっかとレティーナの胸を鷲掴みにしてアンダーとトップの差を確認するかのように撫で回す。
「大きいだけじゃなくて良い形。てかブラジャーつけてないんですか!?」
「あ、あれは息苦しくなるので」
「駄目ですよレティーナさん! 今はおっさんじゃなくて美女なんですからブラつけてください!」
「そういうアモス君はどうしてブラつけてるのかね。ないだろ、胸」
「な、なんだか着けてないと落ち着かないっていうか」
「それ、人に見られたらただの変態だからな?」
そうやってお互いの乳を弄り合っているレティーナとアモスを見て、チルベアとシンガルルは苦笑した。
「自分の娘が男といちゃついてるの見るの、きっついですね」
「けど今は男だし、相手は女だから問題ないだろう」
「そうですかね? シンガルルさんはいいんですか? 皇女が王国貴族の息子とあんなことしてるのって」
「王朝の皇女が自由にできるのは自分の結婚相手だけだ。それ以外は格式と因習に縛られて何一つ自由にできないのが皇女というお立場なんだ。だから、あれくらいは自由にさせてあげたいんだ」
「けど、もしレティーナ様がアモス様を夫にしたら、王朝の皇王がアモス様ってことにならない?」
「それはいいんじゃないか? 王国の侯爵家の息子、しかも稀人だからな。王朝側としては皇家に稀人の血が残るとなったら諸手を挙げて大歓迎だろう」
「御免!」
ピザ屋「ウザーラ」の玄関から客が入ってきた。
色白で小柄な少女がその身にまとっている服は、どうも王朝式の巫女服に似ている。だが普通なら白衣に緋袴の巫女服が、この客の場合は紫の衣に黒袴だ。シンガルルはそんな色合いの巫女服を見たことがない。
「当店はお持ち帰りかデリバリーの専門ですが、お持ち帰りでしょうか?」
シンガルルが接客対応すると不可思議な巫女服を着た少女はニッコリ微笑んで瞳を銀色に輝かせた。
「皇女の役目を天照大神より仰せつかっておきながら、この様なところで乳繰り合っておる馬鹿者をテイクアウトじゃ」
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