第137話 リュウガはウザギャルと

 ミラ・アラガメ公爵子女には「ロウラ」という犯罪奴隷が与えられたが、それは男たちの命令など全く聞きもしないミラ専属の肉壁でしかなかった。


 リュウガとユーリアンとセルジは、それぞれで自分の身を守って戦ってくれる仲間を探さねばならない。


 本来ならこんな苦労は欠片もしたくない。


 だが、あの忌々しいダンジョンの主を倒すことができたら、そこから自分に待っているのは「王朝の現人神の座」だ。美しいレティーナ皇女を我が物にし、王朝の皇王に君臨すれば神に等しい権限を手にすることが出来る。そのためならこれくらいの苦労は我慢しなければならない。


「私は奴隷と宿で待ちます。明日にはダンジョンに向かいますから、皆様ご用意お願いしますね」


 ミラは実の兄であるセルジすら無視し、奴隷のロウラを連れて街中に消えていった。参謀役に取り残された男たちは、これから自分が何をするべかも想像できないらしく、それぞれバラバラに移動しつつも、なにをするでもなく街中を歩いているだけだった。


「まったく。冒険者などという下賤で下衆で屑なチンピラ風情にこの私が頼るなど……」


 リュウガ・エリューデンは金が最大の武器だと言われて育ってきた。王朝の国家予算の何倍もの収益を上げているエリューデン公爵家は、オートリー皇家に等しい蓄えがある金持ちで、多少のことは金で解決し、それで解決できないことは金で雇った者たちの力で解決する武闘派公爵家なのだ。


 そんな家柄だけに「冒険者」とは切っても切れない関係にある。むしろ使い捨ての駒にするのであれば冒険者は最適な駒だと言えるのだ。


 だが、リュウガは冒険者が好きになれなかった。


 無教養で臭くて汚い、使役される側の最底辺の人種だとすら思っている。だから「冒険者ギルド」に到着しても、口をへの字に曲げたまま中に入ろうとはしなかった。


「ちっ。明日だ明日。今日は気が乗らない!」


 リュウガは大股でギルドから離れ、行く宛もなく街を歩いた。


「……む? なんだここの街並みは」


 真新しく整然とした綺麗な区画に入った。


 区画入り口には王国語でこの区画の由来が書いてあるが、リュウガはそれを完全に解読することが出来なかった。


 王朝と王国では言語も文法も文字も違うのだが、公爵家ともなれば大陸の主要四カ国の言語習得は必須だ。しかしリュウガは強すぎるほどの愛国心から「なぜこの私が他所の下等な言語を覚えねばならんのだ」と頑なだった。


 そのせいで、ここがルイード特区と呼ばれ、王都の中にありながら特別自治区になっている場所だと読み取れなかった。


「む?」


 女の一団が歩いてくる。王都の悪人は誰でも震え上がる街の私設衛兵隊「アイラ武勇」は、リュウガを見つけると遠巻きに囲んだ。


 全員が目目麗しい外国美女に見えるリュウガだが、いくら女相手とは言え、異国人に囲まれるのはなかなかの恐怖である。


「◯△□✕?(なんだ貴様ら?)」


 女たちは顔を見合わせた。リュウガの王朝言葉が理解できなかったのだ。


 外国人相手でも商売する宿屋や、街の出入り口に店を構えている商売人ならいざしらず、彼女たちはただの冒険者で、しかも肉弾戦専門の無知無学の徒なのだ。外国語なんて知るわけがない。


 だが、彼女たちのリーダーは違った。


はここの衛兵なんで。あんた、この辺りじゃ見ない顔だけど?」


 元ギャル冒険者、そして現アモスフィットネスジムトレーナー兼ルイード特区の私設衛兵隊長のアイラは、けばけばしさを抑えたメイク顔で言った。


「おお、言葉が通じる女がいたか」


 異世界転移してきた【稀人】はこちらの世界の言語はすべて聞き取れ、自分の発した言葉はすべての国の言葉に変換されて相手に伝わるのだ。


「私は王朝の四大公爵家の一つ、エリューデン公爵家の長男、リュウガである」

「ふーん。で、ルイード特区に何の用?」

「特区……。ここなら私にふさわしいツワモノがいるかもしれんな」

「?」

「ふふふ。私はある重大な使命のためにとあるダンジョンに向かう仲間を探しているところでな。思えばそなたはこの国の者たちより私に近い顔立ちをしているが、もしや王朝出身か? いい人材を知らないか?」

「まぁ、この国の人じゃないけどさぁ(この世界でもないけど)……人材ってどんな人が欲しいのさ」

「強く、逞しく、高潔で、芯の通った者だ」

じゃない?」


 冗談めかしてアイラが言うと、後ろの女達は真顔で頷いた。


「そりゃそうっすよ」

「アイラさんより強くて逞しい人なんて数人しかいないっす」

「その数人の力は人外の化け物なんで無理っす。手遅れっすよ」

「アモス様にチルベア姉さんに……あんなのと比較したら駄目だって! 人間にとどまってる中ではアイラさんが最強っしょ!」


 無茶苦茶言われているが、アイラは「いやー、あーしも照れちゃうしー」とまんざらではない。


「女。貴様は───」

「おい男、あーしのことを『女』って言うなし。あーしにはアイラって名前があるんだよ!」


 アイラに壁ドンされたリュウガはビクッとなったが、元ギャルJKを間近に見て茫洋と鼻の下を伸ばした。


『なんだこの芳醇な花の蜜のような香りは』

(元の世界から持ってきたドノレチェ&ガバガバナの香水)


『顔立ちは同郷の女だというのになんと美しい』

(元の世界から持ってきたドンキで買った化粧品を駆使)


『肌はこんがり焼かれて褐色だし』

(日サロがないので屋根の上で日干しした)


『同郷の女どもはこれほど発育もよくないし』

(パットで盛ってる)


『なによりこの強い瞳の美しさよ。意志の強さがにじみ出ている』

(アイラインとアイシャドウはバッチリきめて二重にパッチしてる)


『唇もぷりぷりしていて、ああ、吸い付きたくなる』

(現世から持ってきたラメ入りリップが残り少なくて萎えてる)


 リュウガがアイラを見つめ、壁ドンしているアイラもまたリュウガを見つめていた。


「イケメン」


 後ろの女達がザワッとする。


 ロウラに洗脳されたせいでどんな男にも股を開いてヒャッハーするスーパービッチに落ちぶれてからというもの、今の今まで男っ気はなかったはずのアイラが、ここにきて初めて男を意識したような発言をしたのだ。


「そなた、衛兵と言ったか。どうだろうか。私と共にダンジョンに向かう連れになってはくれぬだろうか」

「ダンジョン……」

「金ならある」


 リュウガは王朝の金貨……大判小判を懐から取り出して見せた。


「私は公爵家の嫡男で次期当主。そしてゆくゆくは王朝の皇王となる身だ。私に仕えるのならばその身の安泰は保証する。後ろのおなごたちもな」

「……それ本心で言ってる? あーしら、悪い男に騙されて傷ついたばかりでさぁ。どうも男の言葉が信用できないんだよね」

「どうすれば信用してもらえる。私はそなたが欲しい」

「信用して欲しかったらあーしと寝ることだね」

「え」

「ここに聞いてやんよ」


 アイラはリュウガの股間を軽く握った。

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