第136話 ミラはウザNTR男と

「確かに妾は大陸の各国に、ウザードリィ領に出来た新興ダンジョンに纏わる、制圧協力のお触れを出した」


 王妃は扇子で自分の顔を仰ぎながら、静かに、ゆっくりと言葉を紡いだ。


 謁見の間で王朝式の儀礼として両膝を床について頭を垂れている四人は、顔を上げずにその言葉を聞いている。もちろん彼らは王朝からやってきて早速部隊のすべてを失ってしまった公爵子息子女たちである。


「だが、それはあくまで各国の冒険者相手のもの。まさか公爵家がダンジョン制圧のためにあれほどの軍勢を率いて来るとは思いもしないし、するのであれば事前に通達の一つもあるべきではなかろうか? 我が王国は王朝が攻め入ってきたとしか思えない状況だったので、苦労させられたぞ」

「それは誠に申し訳ございませんでしたな王妃。しかし私は───」


 リュウガ・エリューデン公爵子息が、王国王妃と対等の立場にあるかのような口ぶりで話始めると、王妃はひらひらさせていた扇子をパンッと閉じた。


「誰が喋って良いと言った。他国の公爵家の跡取りの分際で妾になんたる口の聞き方か。立場を弁えよ……と、あの仮面の男と同じことをしても面白くないな」

「?」

「確かに貴殿らは王朝の公爵家の者であろう。だが、まだ家督を継いでいないのでただの青二才だと知れ。本来なら妾に面通りも叶わぬ立ち位置なのだぞ」

「……」


 この中で一番プライドの高いリュウガは額に血管を浮き出させた。男尊女卑の王朝で育った彼としては、他国の王妃とは言え「女」に頭を下げ、しかも罵倒されることは我慢ならないことなのだ。


「それと今しがた何と言った? 連れてきた兵をすべて失ったから、妾の大事な兵を貸せと? 下調べもせずにダンジョンに全軍投入する無能どもに貸す兵は一人としておらぬわ」

「王妃……お言葉をお控えいただきたいものですな。我々は今でこそ家督を継いでいない若造ですが、王朝の使者であり、ゆくゆくは皇王となる身分ですぞ」

「使者? 皇王?」


 王妃は紅を塗って艶やかな唇に笑みを載せた。それは少し淫靡に感じるほど色気のある唇で、思わずリュウガは押し黙ってしまった。


 列強各国が「美魔女」と言う王国王妃には謎が多い。実年齢は不明だし、魔法は使うし、どんな天災も事前察知したかのように行動し、被害を最小限に食い止める治世をするのだ。


「先程も言ったが妾は王朝に確認をとった。具体的には『王朝は南の王国と戦争をするつもりか? 宣戦布告もなく軍勢を率いて来たということはそう見做されて仕方ないがその真意はいかに?』という内容だ。そうしたらなんと返答があったと思う? 即座に謝罪と賠償の詫び状が届き『その愚者共は廃嫡の上、国外追放いたしますのでどうかメテオストライクだけはご勘弁を』とのことだったぞ。それなのに廃嫡の上に国外追放された愚物が王朝の使者を名乗るとは、ほとほとおこがましい。いや、もはや哀れでもある」

「ば、バカな!!」

「妾にバカと申すか?」

「い、いえ、そうではなく……」

「貴殿はエリューデン公爵の息子だったか。青龍を戴く家系も地に落ちたものよ」

「き……きさ……」

「おい、リュウガ、控えろ馬鹿野郎」


 傾いた格好をしているユーリアン・キトラ公爵子息が小声で言う。


「王妃様、発言をお許し頂きとうございますライザー・キトラ公爵が息子、ユーリアン・キトラでございてます」

「ふむ、素っ頓狂な出で立ちをしているが礼節は知っていると見える。白虎の家系か……、申せ」

「はっ。我々にとって今回は初のダンジョン攻略。それに失敗したことで廃嫡の上に国外追放とは、あまりにも過度な処遇かと……」

「妾に言われても知らぬ。王朝がそう送ってきたのだからな。だが、妾が王朝筋に貴殿らの処分軽減を打診しても良い。もちろん条件をつけるが」

「ありがたき……条件とは?」

「貴殿らが何百もの兵士を食わせたせいでウザードリィ領のダンジョンは更に活性化してしまった。その責任を取り、どうにかしてダンジョンマスターを討ち取って参れ」

「そ、そのためには兵をお借りしなければ」

「まったく……自力でなんとかしようという気概はないのか。貴国の皇女様は自力でダンジョン探索を楽しまれているというのに」


 王妃が呆れた顔をしたので、今度はセルジ・アラガメ公爵子息が発言した。


「そ、その皇女様は僕の婚約者でして」

「貴様ぁ、言うに事欠いて! 王妃様ちがいます。皇女レティーナはこの私リュウガの婚約者です」

「お前らふざけんな。俺のだろうが!」


 三馬鹿の罵り合いを呆れて眺めていた王妃は、その男たちを白目で見ているミラ・アラガメ公爵子女に注目した。


「ミラと申したか。そなたは冷静なようだし、処刑一歩手前の犯罪奴隷であれば連れて行ってもいいぞ」

「は、犯罪奴隷、でございますか」

「うむ、呪紋で縛ってあるので主の命令は絶対だ。裏切ることはない」

「た、戦えるのでしょうか?」

「どう扱うのか考えるのも上役の仕事であろう? そなたは陰陽術を使えるようだし、なんとかなるであろう?」


 ミラは一気に青ざめた。自身が陰陽道に通じていることは一言も伝えていないのだ。


『この人、なにもかも見通してる……これが王国の王妃……』


「奴隷はそなたにつける。他の男どもは自分でスカウトするなり冒険者に依頼するなりすればよかろう。あぁ、期待はしておらぬぞ」

「ひどい……」


 四人の公爵子息子女は項垂れた。




 □□□□□




「あのクソアマ、ほんとに兵を貸さないとは。私が皇王になった暁にはこんな王国など捻り潰してくれる」


 リュウガは小声で文句を言ったが、他の男達に睨まれた。彼らを先導しているのは王妃専属のメイドだから余計なことを言うべきではないのだ。


「こちらです」


 四人はメイドに連れられて、王城地下の監獄に降りた。


 そこには国家に対して仇を成した犯罪奴隷が投獄されているらしく、ミラに与えられるのはその中でも若く逞しい男らしい。


「ロウラと申す男です。元はスラム街出身の平民でしたが、グラ男爵に取り入って養子になり、他の子息たちを殺害して家督継承者にまでのし上がり、あまつさえ第三継承権を持つエチル・キャリング王女を拐かした男です。人の心を操る怪しい魔道具を持っておりましたがそれは破壊されておりますので、今はただの男です。当然ながら男爵家からは追い出されておりますので、貴族でもございません」


 檻の前でメイドが淡々と説明する。


「この男か」

「痩せっぽちじゃねぇか」

「使えますかねぇ、こんなのが」


 公爵子息たちは文句を言っているが、彼らに付くのではなくミラの奴隷になるのだということを理解していないらしい。というのも「我々に従っているミラの奴隷なら、それは我々の奴隷であるのと同義」と本気で思っているからだ。


「この男は幾多の女達を洗脳してイチャコラハーレムを作り、王妃様すら洗脳して王国を手中に収めようと画策しておりました。そしてその目論見が明るみになると一人で逃げようとし、捕まった次第です。ちなみに皆様が向かうダンジョンの主は、この男に魔道具を渡した魔法使いです」

「なるほど」


 ミラは鉄格子に近づいて、暗がりの中に佇んでいるロウラを見た。


「……」

「……」


 二人は無言で見つめ合う。


「あなた、ここから出たい?」

「……ああ」

「私専属の奴隷になるのなら、それが叶うけれど?」

「……奴隷になって何をすればいい?」

「私のために働く。それだけよ」

「働くのは嫌だ。楽して生きていきたい。楽していい女を抱きたい。楽して稼ぎたい。あぁ、楽できないのなら死んだほうがマシだ」

「……(キュン)」


 公爵子息たちはミラが火照った顔をしているのを見て「嘘だろ」とこぼし、唖然としている。


 御伽衆の報告にあったミラの詳細に「ダメンズメーカー」とあったが、それは正しい評価だった。

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