第138話 ユーリアンは元ウザ王女と
ユーリアン・キトラは困っていた。
男なのに花魁より派手な化粧を施し、着物をはだけさせた肌には色鮮やかな入れ墨が入り、髪の毛は染色して逆立てているという傾奇者の彼だが、そんな奇妙な人物を泊めてくれる宿はなく、入れてくれる酒場もなかった。
王朝ならキトラ家の家紋を見せればどこでもフリーパスだが、ここは他国だから家の威が通じない……というアタリマエのことを失念していたのだ。
かと言って、普通の服装になろうにも服屋にも入れない。こんな自分を迎え入れてくれるところは───冒険者関連施設しかなかった。
荒くれ者や世に迎合できない異端児の巣窟である冒険者は、どんな奇抜な格好をしていようと気にも止めない。むしろ二つ名が付くほど目立ったほうが偉いという風潮すらあるのだ。
だからユーリアンがギルドの扉を開いても誰もこちらを見ない。いや、一瞥しただけで興味を失ったようだ。
「ここなら飯が食えそうだぜ」
ユーリアンは良い匂いをさせている食堂に行こうとしたが、ギルド職員らしき女に止められた。
「な、なんだよ」
「冒険者に登録なさいますか」
「え?」
「この東の冒険者ギルドに加盟すればそちらのギルド食堂をご利用いただけますし、当ギルドが指定する宿や酒場、武器防具屋、道具雑貨屋、教会の治療院などもご紹介できますが、部外者はご利用いただけません」
白肌の美しいエルフに言われ、ユーリアンはうーむと唸った。
王朝の四大公爵家の嫡男が他国の冒険者ギルドに登録したなんて知れたら、貴族社会で笑いものにされるだろう。だが、それがいいと思った。彼は傾奇者であり、世の常識を無視してなんぼの跳ねっ返りなのだ。
「じゃあ登録するよネェちゃん。あんたすげぇ美人だな、名前は?」
「当ギルドの受付統括をしておりますカーリーと申します。王朝の方ですか? 王国語がお上手ですこと」
「まぁな。こんな身なりで無知だったら本当のバカだからよ。身なりを崩すんだったらそれ以上の教養が必要だと思ってるわけよ。どう? そんな俺にちょっとキュンとした? 俺、あんたみたいなクールビューティーがたまんなく好きでさ。どうこの後? 俺は王朝ではまぁまぁいい身分の貴族だから悪いようにはしないぜ? なんならどんな女でも鳴いて悦ぶ王朝の絶技ってのを披露するぜぇ?」
ユーリアンはカーリーの腰に手を回し、その手をすっと下に移動させて柔らかく美しい形をした尻を指先でつつっとなぞった。
「良い体してるじゃんか……ってやけに静かになったな」
ユーリアンはしんと静まったギルドの中を見回した。
受付嬢たちはいそいそと裏手に引っ込んでいくし、冒険者たちも顔面蒼白になってギルドの外に出ていく者や、そっぽを向いてテーブルに突っ伏す者もいる。
「なんだ? なにかあったのか?」
真夏でもないのに冷気魔法でもかけたかのように、肌寒さを感じる。いくら外国人のユーリアンでも、この空気が異常だということは感じ取れた。
「なぁカーリーさ……」
カーリーは自分の瞳を黄金色に輝かせながらユーリアンを睨みつけていた。
『人間風情がこの私の体に触れ、あまつさえ愛しきあの御方にも触れられていない私の尻をなでるとは。肉体どころか魂も粉砕して二度と転生できぬように次元の果てに捨ててやろうか』
脳内に直接響くその声の神聖さと気高さに、思わずユーリアンは頭を床にこすりつけて土下座していた。これは人間が会っていい存在じゃない。もっともっと高みにある神のような次元の存在だと魂がはっきりと認識しているのだ。
「ユーリアンさん? どうされましたか?」
カーリーから優しく声をかけられユーリアンは頭を下げた。
「えっ、えっ!? いま、なんか……あれ?」
「あの、最初に申し上げておくべきでしたが、当ギルドの職員に不埒な真似をなさいますと暗殺されることがございますのでお気をつけくださいませ」
「暗殺って、え……」
カーリーが指差す先で、ギルド食堂の従業員たちがジッとこちらを見ている。どの瞳も人間が宿していてはいけない漆黒の闇を携えているように見える。
「最初に悪戯した相手が慈悲深い私でよかったですね? これが帝国のドゥルガーという
「は、はい……」
「では、冒険者登録はそちらの受付でお願いします」
とんでもないところに来てしまったと後悔しながらも、ユーリアンは言われるがまま受付前に進み出る。
すると裏手から受付嬢が戻ってきて対応してくれた。
「ではユーリアンさんは五等級冒険者として登録させていただきました、が───おい、キモ化粧野郎、よく聞け」
受付嬢はユーリアンの胸ぐらをつかんで引き寄せた。細腕なのにすごい力だ。
「今度私達の姫君になにかしたら世界中のエルフが貴様の国を攻撃すると思え」
「ひ、姫? エルフ?」
よく見たらこの受付嬢も耳が長い。エルフ種のようだ。
「私達は王国だろうが王朝だろうが連合国だろうが帝国だろうが関係ない。私達の国は上空三千メートルにある
「は、はい」
エルフ種にも母国があるらしいというのは世界共通の噂だった。ドワーフなら地底に「アイアンフォージ」という鉄の城で出来た国があるし、ノーム種にもどこかの牧草地帯に小さなノームだけの国がある。エルフにもエルフだけの国があると言われているが、それが何処なのかは誰も知らない。ユーリアンはドサクサに紛れてとんでもない真実を聞かされたのだ。
だが、そんなことよりユーリアンは受付嬢の気迫に負けてビクビクしていた。これが王朝で「俺は傾奇者だ」と触れ回ってふんぞり返っていた公爵子息の姿なのだから情けない限りだ。
そんなこんなで周囲の冷たい視線にさらされて食堂でなにか食べたが、味も何も覚えていない。生きた心地がしないので早々に退散し、ギルドが指定した宿に向かうことにした。
「まったく……なんなんだよ、この国は。得体のしれない物の怪みたいなのがギルドにいるじゃねぇかよ」
ブツブツ文句を言いながら宿を探してキョロキョロしていたら、曲がり角で女とぶつかってしまった。
「きゃっ」
「あ、すまねぇ。大丈夫か」
自然と倒れかけた女の腕をとった瞬間、ユーリアンは自分の心臓を矢が貫くのを感じた。その矢は物理的な矢ではない。恋の矢、一目惚れのズキュン矢だ。
「あ、ありがとうございます」
無自覚にユーリアンのハートを射止めてしまった女───エチル・キャリング公爵令嬢……王家第三序列にあった元王女もまた、ユーリアンのド派手な出で立ちを見て「かっこいい」と頬を染めていたのだった。
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