第131話 どこでもそこでもウザ絡み

「やいやいテメェら、ここはアブねぇから初心者はどっかいけや」


 ウザードリィ領のダンジョン第一階層。その北東にある通称「マーフィー先生の訓練場」で、大柄な男ルイードが初心者たちにウザ絡みを始めた。


「何言ってんだあんた。ダンジョン内を占拠するのはマナー違反だろ」


 初心者たちを引率しているそこそこ経験を積んだ冒険者がルイードに反論する。


 彼の名前はトライセラ。自身は三等級冒険者でかなりの経験者だが、ギルドから依頼されて初心者育成に協力する所謂「善人」だ。


「あんたが何様なのか知らないが、ここにいる化け物は初心者相手には丁度いい訓練相手なんだ。邪魔しないでもらいたいね」


トライセラが言うとルイードは「ふーん」と目を細めた。


「俺様は親切心で言ってるんだがなぁ」


 ルイードはぼそりと言い残すと、壁際まで引き下がった。


「ふん。初心者相手に偉そうにする冒険者なんてろくなやつがいないもんだ。さぁいいぞお前ら。あんなのは無視して祭壇を調べてみろ」


 トライセラに言われるがまま、初心者たちは不自然に祀られた謎の祭壇を調べる。


 そこを調べていると必ず固定の化け物が召喚されるという仕組みがある。その化け物とは数多くの冒険者たちから「マーフィー」と愛称をつけられたゾンビで、なぜか攻撃力が弱く噛み付いたり引っ掻いたりしてこない。ただと平手打ちしてくるだけだ。


それでいて不死者なのでなかなか死なないので、初心者はこの「マーフィー」を相手に、魔物との戦いで一番の障害になる「恐怖」を克服し、戦いのイロハを身につける。それでこの場所についたのが「マーフィー先生の訓練場」という知る人ぞ知る通り名なのだ。


 トライセラに指示された初心者たちが謎の祭壇を調べていると、どこからともなく機械音が聞こえてきた。


「なんだ今の音は」


 何度もここでマーフィーを狩っているトライセラは眉を寄せた。今までこんな音が聞こえたことはない。


 残念なことにトライセラは近日行われたダンジョンの仕様変更リニューアルによって「マーフィー先生の訓練場」も大幅に仕様変更されていることを知らなかった。


 祭壇がガシンガシンと音を立てて形を変え、その中から棺のようなものが現れる。


「なっ」

「きゃっ! なに!?」

「み、みんな逃げろ!」


 初心者たちが大慌てする中、棺の中から銀色の鎧をまとった男が出てきた。


 まるでからくり人形のような奇妙な動きをしているが、ちゃんと自分の意志で動いているらしい。


「な、なんだ、お前は」


 トライセラはロングソードを抜いた。通路が広いこのダンジョンなら、長くて使いにくくても一撃が重いロングソードが活用できるのだ。


「私はマーフィー。侵入罪でお前たちを逮捕する」


 全身の殆どを銀色の鎧で包まれていながら、口元だけは生身をむき出しにしているマーフィーと名乗る男は、太ももの装甲を開けて奇妙な形の棒を取り出した。


 トライセラは驚いた。それは稀人たちが異世界から持ち込んだ「銃」とかいう武器だ。あまりにも高度な製造技術が必要で、一部の稀人しか製造できないとされているそれは、大した訓練をしなくても高い殺傷力を発揮できる。かなりの距離から敵を即死せしめるその破壊力は恐怖でしかない。


「ち、ちょっとまってくれ。ここにいたゾンビのマーフィーはどうした」

「私がアップデートされたマーフィーだ。キミタチには黙秘権がある。なお、供述は法廷でキミタチに不利な証拠として用いられる事が……」


 ロボ◯ップ化したマーフィーがミランダ警告を読み上げている間に、初心者たちはトライセラの後ろに下がる。


「トライセラさん、おねがいします!」

「あんなの私達じゃ無理よ!」

「かっこいいとこ、みせてください!」


「お、おうふ……」


 トライセラは汗だくになってルイードの方を見た。声には出していないが目線で「助けて」と言っているのだが、ルイードはニヤニヤしながら別の話を始めた。


「そいつは元々は王国の衛兵で、第一次調査隊とかなんとかでこのダンジョンに入って殉死した男だぜぇ。その死体をゴーレムと合体させて番兵に仕上げたのは、このダンジョンの主、仮面の魔法使いアラハ・ウィってやつだ。ほんと血も涙も情もない最低なやつだぜ」


 しおしおの葉巻をくわえたルイードは、指先を弾いて葉巻に火を灯し、紫煙を吐き出しながら言葉を続ける。


「仕様変更されたせいで、素人みてぇな一定レベル以下じゃないと出現しなくなったし、しかもそのレベル相手にこいつはあまりにも強すぎる。こういうのを仕様の改悪っていうんだよ、あんにゃろうめ」


 ルイードはポリポリと髪を掻く。


「ち、ちょっとあんた、あれを倒すの手伝ってくれ!」


 目線で訴えても埒が明かないとわかったトライセラが声をかけると、ルイードは待ってましたと言わんばかりにウザ絡みを開始した。


「はぁー? さっきお前は俺様になんつったぁ? ここにいる化け物は初心者相手には丁度いい訓練相手っつってたよなぁ? 初心者相手に偉そうにする冒険者なんてろくなやつがいないとも言ったよなぁ? 俺様の親切な忠告を無視してかっこつけやがってよぉ」

「こんなやつが出てくるとか知らなかったんだ!」

「無償で人助けしろってかぁ? 俺様はそんな甘ちゃんじゃねぇんだが」

「金なら払う!」


 そうこうしているうちにマーフィーがギコンギコンギーギーピッピッと様々な機械音を立てて近寄ってくる。


「ったく面倒くせぇな。仕方ねぇから見てろ。こいつは見た目は強そうだがベースがゾンビだから色々と……」


 首の骨をコキコキ慣らしながら前に進み出たルイードの横を旋風のように何かが駆け抜けた。


「チェストいっぱぁぁぁぁぁぁつ!!」

「え」


 思わず素の声が出たルイードが目の当たりにしたのは、マーフィーの頭を「荒ぶる鷹のポーズ」で蹴り飛ばして、一撃死を見舞うレティーナの姿だった。


 振り返るとシルビスといつもの仲間たち、アモス、チルベア、シンガルルという大人数が丁度やってくるところだった。


「蹴り一発で……」


 トライセラは驚いて目を丸くしている。どうみても華奢な……美しい四肢の……巨乳の……細い腰の……大きな尻の……異国のとんでもない美女が、とんでもない速さで飛び蹴りをかましてマーフィーを倒したのだ。


「うつくしい」


 思わず声に出たが、男嫌いのレティーナはトライセラをゴミでも見るかのように一瞥しただけだった。


「おいおい、これはどういうこった。俺はこいつをダンジョンに行かせるなって言ったよな?」


 ルイードがシルビスを睨みつけたが「ふすーふすー」と吹けない口笛を吹きながらそっぽ向く。


「こんにゃろう、父親を無視する反抗期の娘かよ」

「むす!? ちょっと! 私を娘扱い!? そうじゃないでしょ! ちゃんと女として扱うべきだと思いまーす!」

「なんの話してやがるんだオメェは……」

「まぁまぁ師匠。僕が説明しますから」


 アモスが弁解した。


「レティーナさんたちは僕のジムで鍛え上げたのでこのダンジョンでも大丈夫です」

「……そうかぁ?」

「はい。と言うかですね、いくら無理させても克服してくるサ◯ヤ人みたいな人たちだから、疲れさせて諦めさせようとか無理でした」

「そんでオメェもついてきたのか」

「僕とチルベアにも責任がありますから」

「……ったく」


 ルイードは髪をポリポリ掻きながら、自動的に祭壇に回収されていくマーフィーの亡骸を見送った。


「あれは修理されて数分後にまた出現する。今のやり方が良いとは言えねぇが、あんたが一緒なら勝てない相手じゃねぇだろ。まぁ、あの銃も見かけ倒しで弾は入ってねぇしな」


 ルイードはトライセラの肩をポンと叩いた。


「それと忠告だ。ここのダンジョンマスターは性格がねじれ曲がってやがるから、たまに祭壇から出てくるやつがマーフィーじゃない場合がある。銀色のスケルトンみたいなやつだ。そんときは逃げろ。どんだけ逃げてもダンジョンの中にいる限り追いかけてくるから、ダンジョンから出るんだぞ」

「あ、ああ、わかった」

「そしてオメェらは俺と一緒に行くぞこんちくしょうめ」


 ルイードが言うとシルビスは嬉しそうに「はーい!」と手を上げた。

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