第130話 ウザっ子たちの相談

「何だったのよ、今の」


 はあはあと息を切らせてシルビスが尋ねると、アモス、レティーナ、チルベアの稀人三人は「どう説明したらいいものか」と口ごもった。彼らが元いた世界の「映画」の中に出てくる架空の未来兵器だと説明しても、この世界の人々に理解されないことはわかっているのだ。


「……さっきのターミネ……いえ、アレといい、このダンジョンの作りといい、なんかやばくないですか?」


 アモスは渾身の力で壁を蹴ってみせた。ルイードに鍛えられた常識外の蹴りを受けても壁はびくともしない。


「レティーナ様、帰りましょう」


 黒い豹人種レオニールのシンガルルは、豹そのもののような顔をしかめた。本物の豹よりは表情が作れるらしい。


「嫌だ。ここで武勲を上げて私は自立する」

「王朝を捨てるおつもりですか」

「私がいなくなれば代わりがいくらでもいるだろ。古い王朝に縛られるのは御免だ」

「とかなんとかおっしゃいますけど、あのバカ息子たちと結婚させられるのが嫌なんでしょう?」

「もちろんだ! なんで私があんな男たちと! それに女として生まれ変わってやっとわかったが、あの男たちの目付きのいやらしさは耐えられない。前の自分もあんな目付きで女を見ていたかと思うと嫌気が差すよ」

「残念ながらレティーナ様は今でも女性を見る時の目付きはいやらしいかと」

「えっ!?」

「女性の胸元や肌を凝視してニヤニヤされておられますよ?」

「し、シンガルルは男なんだからわかるだろ! 女性の美しさは見て愛でるものだ!」

「あのバカ子息たちも同じことを言いそうですが」

「ぐぬぬ……」


 レティーナとシンガルルのやり取りを見ていたイケメン三人衆は「体は女で心は生前の男のままというのは、随分と生きにくいらしい」と理解した。


「その点、アモス殿は元が女性だけにそんないやらしい視線を送ったりしない。実に紳士であられる」


 シンガルルが褒め称えると、アモスは「えへへ」と照れた。


「シンガルルさん。もしや私と娘の母娘おやこ丼でも狙っているのですか!?」


 チルベアが文句を言うが、今のアモスは男なのでその文句は見当違いだし、シンガルルはどちらも狙っていない。むしろチルベアから狙われている方だ。


「おふざけはそのへんにして、一旦ダンジョンから出たほうがいいと思うが」


 シーマが一番冷静に状況を見ているようだ。


 銀色のスケルトンと戦いもせず逃げたはいいが、マッピングせずに走ったせいで現在地がわからない。ここが第一階層だということしかわからない有様なのだ。


「一旦脱出してこのダンジョンの情報をもっと仕入れるべきだ。あんな特殊体が頻繁に現れるのなら、皇女様を守りながら冒険するのは無理ごとだぞ」

「俺もシーマの意見に賛成だぜ。まだ何も消費してない今のうちに戻れば赤字額は少ないからな」

「さすがガラバだ。わかってくれるか」

「君の言うことならなんでも理解するぜハニー♡」

「ダーリン……♡」


「いちいちイチャつかないと会話できないの!?」


 シルビスは呆れたように言うと、(勝手に)この一団を率いる者として、判断を下した。


「よし、進もう」


 全員が「はぁーー!?」と否定の声を上げる。


「あんな変なのはそうそういないって! イレギュラーとたまたま出くわしたからって、なんの成果も上げずに帰るの!? 赤字はイヤよ!」


 相変わらず金にがめついシルビスだが、その見方も正しい。冒険者は費用対効果と自分の命を天秤にかけて利益を考えなければ、すぐ金欠になり行き詰まる。


 ここまではなにも消費していないとは言え、ウザードリィ領まで来た馬車代、これから消費する宿代や食事代を考えると、少しでも稼ぎになるものを得てから戻るべきだという意見は、至極真っ当なのだ。


「進むにしても、せめて出入り口の場所を確認してからにしたい」


 シンガルルが言うと全員が納得した。


「ちょ、どうして私が言ったら文句いうのにシンガルルさんが言うと納得してんのよ!」

「日頃の行い?」


 軽口を叩いた元気なアルダムは、シルビスの頭から生えているツノで脇腹を刺された。




 □□□□□□




「皇女がダンジョンに!?」


 王朝の子息たちは、山脈を超えて小休止した所で王国に忍ばせていた密偵から情報を得た。


 皇女レティーナは王国の冒険者たちを引き連れて、ウザードリィ領に出来た新興のダンジョンを攻めているらしい。


「ちっ。早くレティーナを見つけないと、吊り橋効果でどこの馬の骨とも知らん男に惚れ込んだり、その冒険者どもに寝込みを襲われて犯されてしまうではないか。私は処女以外に興味ないぞ!」


 高飛車なリュウガ・エリューデン公爵子息が鼻息を荒くすると、傾奇者の格好をしたユーリアン・キトラ公爵子息が鼻で笑う。


「じゃあ国に帰れよリュウガ。俺はレティーナが処女だろうが淫売だろうが、皇王になれりゃそれでいいからなぁ」

「チッ。自分が選ばれるとでも思っているのか!」


 そこにセルジ・アラガメ公爵子息が会話に入り込む。


「そうそう、レティーナが他所の男を見初める前にどうにかしないとね。まぁ、僕としては他の男に目が行かないように皇女を監禁して、僕を次期皇王に任命したくなるまで嬲り続けるけど」

「兄様、口が過ぎます。皇女様にそんな事をしたらお家が取り潰されてしまいますよ」


 セルジの妹で陰陽師のミラ・アラガメ公爵令嬢が苦言を呈するが、セルジは糸のように細い目を少し開けただけで動じない。


「レティーナは性格は男みたいだが美しいし、いい体つきをしている。あれは嬲り甲斐があるだろう」


 リュウガ・エリューデンが舌舐めずりすると、その獰猛な野獣みたいな表情を見たユーリアン・キトラが「おー、やだやだ」と顔を振る。


「そうやって家で働いてる下女を何人も食い散らかして孕ませては捨ててるって聴いたぜ? リュウガは世継ぎを何人作るつもりだよw」

「私の世継ぎはまだ生まれていない。下賤の女が勝手に産んだものは私が認めた者ではないからな。まぁ私の高貴な血を身ごもれたのだから、あの者たちは幸せだろう」

「勝手なもんだぜ。なぁセルジ」

「僕は別にリュウガのやってることに反対も賛成もしませんよ」

「……お前はリュウガよりヒデェからな。領民の綺麗どころを拷問して愉しんでるそうじゃないか」

「処女の血を浴びると健康にいいんだ。彼女たちの叫び声は甘美な音楽だし、うめきのたうちまわる肢体はこの世で最も美しい芸術だと思ってるよ」

「殺人狂め。見た目はぶっとんでるけど、俺が一番まともじゃないか」

「そんなことより」


 セルジの妹ミラは「参謀」としての立ち位置通り、公爵子息たちに提案した。


「このまま御三方それぞれがレティーナ様にアプローチして足を引っ張り合うより、いっそのこと御三方の中で勝者を決めて、それ以外は今後一切皇王選に名乗り出ないというのはいかがでしょうか?」

「んー、どういう意味だい、ミラ」


 セルジは糸目を更に細めた。


「はい、兄様。レティーナ様からすると公爵家の御三方から迫られて誰にしようかと迷われるのではないかと。それならばいっそ、御三方の中でレティーナ様に迫れる者を一人に絞ってしまうのです。丁度いいことにレティーナ様が攻めているダンジョンの主は、王国から指名手配された魔法使いのようですし、それを倒した者が権利を得るというのはどうでしょう? レティーナ様からするとご自身が攻略しようとしているダンジョンを先んじてクリアした御仁に尊敬の念も出来ましょうし、王国との外交もやりやすくなるでしょう。もちろん敗者はレティーナ様に近づくことも懇意にすることも政治的な力を行使しないことも私の陰陽術に誓っていただきますが」


 御三方は「これで邪魔なライバルを蹴落とせる」と即同意した。

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