第132話 ウザハラ会議

「……そもそも、なんだよこの脳筋パーティは」


 ルイードは一同を見回して溜息を漏らした。


 シルビス 義賊

 イケメン三人衆 熱血のガラバ 戦士

 イケメン三人衆 クールなビラン 戦士

 イケメン三人衆 元気なアルダム 戦士

 間者スパイのシーマ 暗殺者

 レティーナ皇女 稀人・戦士

 黒い豹頭人身シンガルル 戦士

 アモス 稀人・店長

 チルベア 稀人・メイド


 人数も多いが、構成が悪すぎる。


 まず治癒担当がいないというだけでもアウトだし、荷物持ちポーターもいない。魔法を使える後方支援もいなければ探索に特化した宝探し屋トレジャーハンターもいない。魔物使役士テイマー召喚士サモナーもいない。


「……無茶苦茶だなオメェら。ダンジョン潜った事ないだろ」


 全員が首肯する。この中では熟練者であるイケメン三人衆ですら「ダンジョンとか危険だし」と避けてきたのだ。


「まず戦士が多すぎる。そして人数も多すぎる。パーティを分けるぞ」


 ルイードが言うとシルビスが「えー」と異を唱える。


「多いほうが楽じゃないですかー」

「通路は広いからそれでもいいが、人数が多けりゃその分だけ足が遅くなるし、戦闘中の意思疎通も大変だ。もちろん食料も多く必要だし、狭い玄室に十人も入ったら戦えねぇ。そもそも分け前も減る」

「むぐぅ」


 銭ゲバのシルビスとしては分け前が減るという言葉は、その大きな胸に突き刺さったようだ。


「というわけで、シルビスはいつもの連中と一緒にいけ。気心が知れてるほうがいいだろう。アモスとレティーナ、チルベア、シンガルルは俺と来い。俺様が一緒なら死ぬことはねぇだろう」


「ふん、大した自信だなこのチンピラは」


 ルイードの実力がわかっていないレティーナは憮然としている。いくらアモスが「師匠」と呼んでいても、まったく強そうに見えないし、街の入口ではボコボコにしたし、なによりルイードは「男」というだけで十分にレティーナの嫌悪対象なのだ。


 そんなレティーナをひと睨みして、ルイードは口元に笑みを浮かべた。


「そういやぁ、オメェの婚約者候補たちが大軍率いて国境越えて来たって王国が大騒ぎしてたぜぇ。王朝が侵攻してきたってな」

「あのバカども……」

「王国としてはオメェにさっさと王朝に帰って欲しいみたいだぜぇ?」

「私はここで武勲を得て自立するまで帰るつもりはない。むしろあんな男どもと結婚させられるなんて舌を噛み切ったほうがマシだ。冒険者として身を立てられないのなら教会に出家して女の園で一生を終えたいくらいだ。むしろそれがいいな、フヒヒヒ」

「……中身が男だから、まぁ、わからんでもない」


 意外とルイードはレティーナに同意を示した。


「だがよぉ、いつかオメェは誰かを選ばなきゃならねぇ。それがこちらに女として転生してきたオメェの役割だ」


 ルイードはチラッとアモスとレティーナを見比べた。




 □□□□□




 鎖に繋がれた堕天使【アルマロス】が炎を吹き出すリュートを掻き鳴らすと、上も下も横もはっきりわからないのような空間に彼は立っていた。


「なんだここは」


 彼……ゴブリンは頭をフル回転させたが、その思考を邪魔するように火を吹くリュートがディストーションを効かせた雑音を響かせ続けている。


 第一階層で仲間のゴブリンたちと哀れな孕み袋女冒険者相手に腰を振っていたはずなのに、気がつくと見知らぬ玄室にいた。


 しかも自分だけではなく、ダンジョンの第一階層に配備されていた者たちが集められているようだ。


 ゴブリン、オーク、コボルト、スケルトン、ゾンビ。


 どれも第一階層でそれぞれの種族を率いている長だとわかる。


「なんでこいつらが……」


 ギュイィィンというリュートではありえない音と共に、五名の長たちの前に何者かが現れた───いや、ちがう。風景が変わった。つまり五名はその何者かの前にのだ。


 ここは濃い魔素が重くのしかかってくる。行ったこともない場所だが「ダンジョン最下層」に違いないと誰もが理解した。


 豪華な玉座に座っている男は、仮面を外して布でフキフキしていた。まるでメガネでも拭いているかのような手付きで目をしかめている。


『……なんだ、この男はイモー◯ン・ジョー……じゃないし、なんだあれ───綺麗過ぎるだろ』


 ゴブリンは思い出そうとして考え込んだが、その男の顔に目と心を奪われてうまく考えることができなくなっていた。


 美しいという言葉が陳腐に思えるほどの美貌。それは宝石などという現実の存在を比較に出しても到底かなわない「この世の生き物が見たことのない天上の美しさ」だった。


「さてと。声に出して言いたいセリフ───こうべれてつくばえ」


 玉座の男が言うと、長たちはお互いに顔を見合わせながら「え、やるの?」「やっとかないといけない気がする」と小声で言い合いながら土下座した。


 ゴブリンも土下座しながら心臓の鼓動が早くなっていくのを感じている。それは、玉座の男の美貌に魂を鷲掴みにされたからではなく、どこかで見たようなこのシチュエーションに「え、これ、大丈夫なの?」とドキドキしているのだ。


「私はダンジョンマスターのアラハ・ウィである。って、オークの長よ。なにをキョドっているのですかね?」

「も、申し訳ないブヒ。貴方様の素顔を見たことがなかったブヒで……」


 オークの長が言うと、仮面をかぶり直したアラハ・ウィは手元に置いていた本を開いて口の中でセリフを何度か繰り返し、こほんと咳払いした。


「誰が喋って良いと言った? 貴様のくだらぬ意志で物を言うな」

「えー、そっちが先に質問してきたブヒよ」


 そう言った瞬間、オークの長は血袋が弾けたようにパンと破裂し、他のフロアマスターたちを肉片まみれの血まみれに変えた。


「誰に向かって口を利いている。わきまえろ」

「ダンジョンマスター、これ以上はいろんな意味でいけないワン」


 そう言ったコボルトの長もパンと弾けて散った。


『な、なにが起きている!? ダンジョンマスター自ら我々を粛清しているだと!?』


 ゴブリンの長はこのふざけた会合で「死」というものを実感した。


「貴様たちは私に聞かれた事にのみ答えろ。私が問いたいのは一つのみ。何故に第一階層の魔物はそれほどまでに弱いのか」

『そんなことを言われても、我々をここに召喚して配置したのはあんただろ』

「そんなことを言われても、なんだ? 言ってみろ」

『心を読めるのか!? まずい……』

「なにがまずい? アレクサ言ってみろ」

『私はアレクサじゃない……偉大なゴブリンの長だ』

「貴様の名など、どうでもいい」


 ゴブリンは触れられてもいないのに五体バラバラに吹き飛んだ。


「……私より冒険者たちのほうが怖いか?」


 そう問われたゾンビロードは背中をビクッと震わせ、腐りかけた声帯を必死に震わせた。


「そ、そんなことはありません! 私はダンジョンマスターのために命をかけて戦っています! ゾンビだから死んでますけど!」

「お前は私の言うことを否定するのか?」


 ゾンビも弾け散った。


「!」


 銀色の機械で作られたスケルトンは、頭を下げて石畳にその頭蓋骨を擦りつけた。


「私はまだお役に立てます。予算とお時間をいただければバージョンアップして必ずや」


 そのセリフを聞いたアラハ・ウィはまた本を開いてセリフを確認したが、覚えるのが面倒になったのか適当に言葉を紡ぎ始めた。


「具体的にどんな仕様でどんなバージョンアップをするつもりだ。それに必要な期間、かかる工数と人件費は? 良いものを作れば売れるとでも? プロモーション戦略はどうするつもりだ。結果はどれくらい確定させられるのか。賭けでは困るのだよ、賭けでは」

「何の話かわかりませんが、期間と予算をいただければ、バージョンアップし……」

「それはもう聞いたし、なぜ私が平社員である貴様の指図でこれ以上の予算を与えねばならんのだ。甚だ図々しい。身の程を弁えろ。稟議を出せ、話はそれからだ」

「違います。私は───」

「黙れ、何も違わない。経営者は何も間違わない。すべての決定権は私にあり私の言うことは絶対である。有象無象の平社員に拒否する権利はない。私が正しいと言ったことが正しいのだ。しかしお前は経営陣でもないくせに私に指図した。万死に値する」


 パァンと骨が割れる音がしてスケルトンは砕け散った。


「さて」


 アラハ・ウィは一通りのごっこ遊びに満足したのか、自らぶっ殺した雑魚モンスターたちを一瞬で蘇生させた。


 キョトンとしている五名のモンスターたちを前にして、アラハ・ウィは首を傾げた。


「これからどうしましょうかねぇ、どう思いますかアルマロスさん」


 そう問いかけた先にいたのは、火を吹くリュートを掻き鳴らす役目を仰せつかっていた嘗ての部下、堕天使【アルマロス】だ。


『とりあえず冒険者の誘致には成功していますし、第一階層があまり強すぎるのはよろしくないでしょう。しかしたまには強いのがいないと面白くないので『強いから出会いたくないけど、出会って倒すと褒美が多い』という緊張感の有るモンスターに作り変えてはいかがでしょうか。例の御伽衆とかいう人間たちもそういう企画を提示してきました』

「ほうほう、具体的には?」

『ゴブリンにはもっと知恵を。オークにはもっと力を。コボルトにはもっと集団連携を。ゾンビには強い武装を。スケルトンには液体金属をまとわせましょう』

「……過剰じゃないですかねぇ。まぁ、いい暇つぶしになるのであればいいのですけどね」


 アラハ・ウィは唇の端を吊り上げて笑った。

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