第127話 そろそろウザダンジョンに行く準備をする
どこぞのダンジョンで仮面の魔法使いが
アモスフィットネスジム本店で「人外のでたらめな方法で」鍛え上げられるレティーナの姿を確認したシルビスは、嫌な予感がして二号店の様子も見に行く。すると、二号店ではレティーナの連れと思われる黒い豹頭人身の男がチルベアに言い寄られながらも同じ様に鍛えられていた。
「さあレティーナさん! まずは超重力下の水に沈んで二時間呼吸を止めましょう! 水から出てきたら僕がお仕置きしますからね! ラミレスラミレスルルルルルー!」
「ちょっと待ちたまえ元JK! それ、なんか違う気がするぞ! 野球監督に変化しそうな呪文になってる!」
「僕呪文そんなに得意じゃないんで。えへへ」
「チルベア殿。そんなにくっつく必要があるのか?」
「ありますよシンガルルさん。もっと私にくっついてくれないとこの呪文は覚えられませんよ」
「う、うむ」
「では……四宮の天と四方の地、深き法と信と善を以ってあなたは健やかなるときも、病めるときも、喜びのときも、悲しみのときも、富めるときも、貧しいときも、私を愛し、敬い、慰め、助け、その命ある限り真心を尽くすことを誓いますか?」
「!? 途中から呪文が違うものになっていないだろうか?」
そんな本店と二号店の様子を見たシルビスは「うん」と納得したように頷き、近くの酒場で待機していた仲間たちの元に戻った。
「ダンジョンに行く準備しとこっか」
シルビスは諦めたような笑顔をしている。
「え、シルビスの姉御。そりゃルイードさんからの命令と違いやしませんか」
熱血のガラバが太い眉を奇妙に動かす。ルイードから命じられたのは「レティーナをダンジョンに行かせるな」であり、そのためにジムに連れて行ってヘトヘトになるまで頑張らせてしまおうという作戦だった。
しかしレティーナが意外な根性を発揮してアモスのトレーニングに耐えた結果、めきめきと人外の存在になりかけていることをシルビスは見抜いた。このままいけば近日中にダンジョンに行くと言い出すだろうし、ルイードがトンズラした今、そこまで育った化け物を力づくで引き止める手段はないのだ。
「なるほどそういうことなら……。しかし姉御にしては諦めが早い。実は自分がダンジョンに行きたいのでは?」
クールなビランが前髪をかきあげながら核心を突くと、シルビスは自前の角を指先で触りながら「なんのことかなー(棒)」と白を切る。
「えっ、姉御もしかして国から出る報酬目当てですか!? やめましょうよ、あんな具体性のないお触れに引っかかるなんてアホですよアホ! 全部終わった後に褒美は金貨一枚な、とか言われても詐欺じゃないっていう書き方ですからね、あれは!」
元気なアルダムが元気いっぱいにアホだアホだと連呼するが、シルビスは動じないばかりか「これは決定事項! ほら、みんな準備準備!」と急かし始めた。
「どうやら目当ては違うようだ。姉御の目的は王国から出る報酬ではないらしい」
「ごまかすの下手か。て、ことはもしかしてギルドの報酬のアレかよ」
「うむ。アレだろうな」
「えー、アレのためにぃ?」
「うむ。きっとそうだろう。姉御の狙いはアレだ」
シルビス以外の四人の意見がまとまった。
実はあまりにも魔法使い討伐の受領者が少ないため、冒険者ギルドは独自の報酬を用意した。
「
「さらに設立と同時に二等級血盟に就任!」
「さらにさらに三年間、ギルドへの徴収なし!」
「悪い魔法使いを討伐すれば、普通の冒険者では成し得ない血盟設立の大チャンス!」
シルビスの頭の中を巡る「血盟設立の大チャンス!!」という声は、勝手にルイードのイケオジボイスに変換されている。
「い、いいじゃないの! 血盟作るって凄いことなんだから! 根無し草の冒険者が民草より偉くなれるチャンスなのよ!」
シルビスが言うのも理解できる。冒険者が立身出世するためには「一等級冒険者になること」か「
「姉御だったらそこらへんの貴族の前で胸揺らしながら歩いてりゃ、ワンチャン愛人とかになって偉くなれ───ぶぼっ」
熱血のガラバが何の悪気も悪意もない余計な一言を口にするや否や、シーマがその口の中に鶏もも肉を突っ込んだ。
「女に女を売れと言うのか。それを私にも言うのか」
「ふがふがふがが(そんなこと言うわけないじゃないかハニー)!」
「だったら姉御にもそんな事を言うべきではないぞダーリン」
「ふがが(ハニー♡)」
シルビスはバカップルを無視して他の二人を睨みつけた。そしてなにか言い出す前にクールなビランが楔を打つ。
「姉御。よく考えてみてくれ。ルイードさんを血盟主にするつもりなのだろうが、あの人がそれに乗る気がないのは知ってるだろう?」
そもそも「実は冒険者ギルドマスターなんじゃないか疑惑」があるルイードだ。もしもそれが真実だとしたらルイードは血盟を作ることが出来ない。冒険者ギルドは冒険者や血盟に対して「中立」であることを求められる。自分たちで血盟を作ったら、それは中立の立場とは言えなくなるのだ。
「はぁ? 私が血盟主になるに決まってるでしょ」
そのシルビスの「はぁ?」に対して、全員が「はぁ!?」と返した。
「シルビスの姉御が血盟主? ルイードさんじゃなくて?」
「あんなすっとこどっこいのめんどくさがりのチンピラのおっさんが血盟主なんて出来る柄じゃないでしょ! どうせあと数十年でおじいちゃんなるんだから、そのときに介護するのは私! だったら私が最初から血盟主になってた方がいいでしょ!」
「数十年って幅広いな。そしてルイードさんを介護? あの人は年取りそうな感じがしない───ぶぼっ」
クールなビランはシルビスからロースカツを口に突っ込まれて沈黙した。
「ねぇねぇ、なんで姉御がルイードさんの介護をするんです? 引退冒険者向けの養老施設とかもあるのに。あぁ! もしかしてルイードさんのおむつを交換するときのルイードさんのルイードを見───ぶぼっ」
シモネタに走った元気なアルダムは、エールが並々に注がれた木のコップを口に突っ込まれて白目を剥いた。前歯が何本か折れていてもおかしくない勢いだ。
「ノームの女は嫁に欲しがられるって知ってた? それはこの胸のせいじゃなくて、献身的に夫を見捨てずに最後まで面倒を見るからよ!」
「「「「夫」」」」
全員の声が揃った。
どうやらシルビスはルイードを夫にするばかりか、老人介護するところまで妄想が広がっていたらしい。
「そのためには私にも不労収入があったほうがいいに決まってるじゃない。下々の血盟員たちに働いてもらって血盟にお金を吸い上げて、それで生活するんだもん!」
「もん! じゃないよ姉御。そんな血盟に誰が入るってんだよ」
呆れ顔のガラバだったが、冒険者が血盟に参加するには「血盟員を守ってくれる強さがある」「有名所でいい仕事が集まる」などの明確な理由があるのだ。
「俺たちが血盟を作っても、知らない連中からすると『新人にウザ絡みするチンピラ厄介者血盟』と思われるだけだぞ、姉御」
「ビラン君は大局的見地からモノを見給え! いいかね! 私達が悪役血盟を作り、本物の悪い冒険者達を排除してこの街を仕切ればどうなると思う! そう、感謝されるのだ! 我々は必要悪! 偽悪者! ダークヒーローなのだよ!」
「それは誰の真似ですか姉御……。まぁ、姉御が一貫してダークヒーローを目指していることはわかってますが」
ルイードたちは知ってる者たちからは頼りにされ、知らない者たちからはチンピラとして蛇蝎のごとく嫌われる。しかしシルビスは「自分の正義を振りかざすより、悪者のフリして人を助ける方が何倍もかっこいい」と常々言っている。
「とにかく! ダンジョンに行く準備!」
シルビスは強引に押し切った。
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