第126話 ウザいダンジョンマスターと御伽衆たち①

 危険なダンジョンに冒険者が命がけで挑むためには、条件が必要だ。


 一つはギルドや国から危険に見合った報酬が得られること。もう一つは命がけで挑んでも惜しくないほどのお宝が眠っている可能性が高いことだ。なにが得られるかもわからない未知のダンジョンに探究心だけで臨むバカはいないと断言する。


「このダンジョンには冒険者がダンジョンに来る【理由】が薄いと思いまして」


 ウザードリィ領に作られたダンジョンの最下層「ダンジョンマスタールーム(ボス部屋)」にて、御伽衆の面々はどこからともなく黒板を引っ張り出してきた。ここに稀人がいたら、まるで黒子のような格好をした御伽衆を見て「歌舞伎かよ」と突っ込んだことだろう。


 生徒のように黒板を眺める仮面の魔法使いアラハ・ウィは、興味深そうに「ほうほう」と頷いている。


「はい、御覧ください。こちらは王国から各地に出されたお触れですが、報酬については曖昧に書かれていますね」


 御伽衆の者たちが黒板に貼った羊皮紙を眺めるアラハ・ウィは「十分な褒美と爵位並びに領地を与える」という部分を読み上げた。


「言われてみれば、十分な報酬がなんなのか明記されていませんねぇ」

「そうなんですよダンジョンマスターさん。この表記だとお金なのか家なのか権利なのか、さっぱりわかりません。これは王国が後出しで報酬をコントロールできるということで、そんな見え透いた罠に引っかかる冒険者はいませんよ」

「なるほど。ケチで頭の固いクソ王妃の失策ですな」


 アラハ・ウィが王妃を卑下すると御伽衆の面々は大いに湧いた。


 彼らは常日頃から王妃の無茶振りを受けて西へ東へと翻弄され、かなりの不平不満が溜まっていたらしく、アラハ・ウィの「王妃に一泡吹かせてやりましょう」という誘い文句に乗っかって、さくっと主を鞍替えしたのだ。


「それだけじゃないんですよ。爵位だって明記されていないから、もしかすると一代限りの騎士爵かもしれませんし、名誉爵の准騎士爵かもしれません。国のために命をかけて安月給と言われている騎士になりたい冒険者なんていませんし、名誉で腹は膨れません! あと、領地! どこの領地か書いていません。なんの収入も見込めない辺境とか領民ゼロの山の中とかもらっても意味がないんですよね」

「ふむふむ。全部、後になって国が報酬の内容を変えられるということですな」

「そうなんです。ですからこのダンジョンに人を呼ぶのなら、国の報酬なんかおまけ程度に考えられるくらいにでっかい報酬がなんです」


 御伽衆は黒板にチョークで大きく「魔物」と書いた。書かなくても言えばわかるのだが、アラハ・ウィはあえて御伽衆の教鞭を受けることにしたようだ。


「まずは魔物! 倒してその部位を持ち帰れば一攫千金になるような魔物が必要です。ゴールデンゴーレムとかサファイアカーバンクルとか、滋養の高いノーム種の角とかポックル種の額の感情石もいいですね!」

「ふむふむ」

「次に宝物! 神器級ゴッズ伝説級レジェンド聖遺物級レリック世界遺産級ワールド、……なんてものは、という噂だけでも人が集まりますが、工芸品アーティファクト、最上級、上級クラスのアイテムがあればその噂の信憑性も高まります!」

「ふむふむ」

「それと、ゴミと思われるかもしれませんが、下級や中級のアイテムも大量に必要です。なんせ持ち帰れば換金できますし、ダンジョン内で武器を失ったときはそれらで命をつなげるという希望があります。それに冒険者たちが持ちきれなくなって一時帰還するきっかけになります。冒険者はダンジョン内に長居させず定期的に入れ代わり立ち代わり循環してくれる方がいいんです」

「それはまたどうして?」

「理由はいろいろありますが、一番はずっと居たらダンジョンの魔素にやられて魔物化しちゃいますから」

「あなた方は大丈夫なので?」

「我ら御伽衆は魔素を濾過する被り物を身に着けていますし、そもそもダンジョンマスターの許可を得てここにいるので魔素の影響を受けていないみたいですね」

「ふむふむ」

「それと大事なことですが遊びが必要です!」


 黒板に「遊!」とでかでかと書かれる。


「遊び?」

「はい!!!」


 御伽衆たちは身を乗り出した。


「例えばダンジョンの中を定期的に徘徊する全裸の美女(実はサキュバスで強い魔物を従えている)とか!」

「いやいやセクシーバニーガールがいる賭場(一定の金額を稼がないと進行に不可欠なキーアイテムがもらえないしアホほど強い衛兵がいる)を推すね! 網タイツは少し破れているくらいが嗜虐性を刺激されて良きです!!」

「ぷるんぷるんプール(装備をつけたまま潜ったら溺れ死ぬので軽装で行かざるをえない上に定常ダメージが有る)だろ!」

「女性冒険者じゃないと通れない近道とか。もちろん這いつくばって四つん這いじゃないと通れない感じの! たまに罠が作動して胴体がキュッてなって動けなくなったところを前から後ろから触手が這い寄る!」

「むしろ魔物を全部擬人化して美少女にすればどうだろうか」

「そういうの、全部既存のダンジョンにあるから差別化しないと!」


「……どこかのゲームプランナーみたいなことを言いますね……」


 アラハ・ウィもさすがに呆れてきたようだが、御伽衆の素案を元にこのダンジョンを面白可笑しくしようという気にはなったようだ。


「ダンジョンコアに私の魔力を注いで」

「注いで~♪」

「ダンジョンの魔素を集めて」

「集めて~♪」

「ダンジョン改築」

「改築~♪」


 悪い七人の小人みたいになっている御伽衆たちの合いの手を聞きながら、アラハ・ウィは空中に魔法陣を描いた。


「長い間地獄に近いところに居たおかげで、あちらに知り合いがたくさんいましてねぇ。悪魔に協力していただきましょう」

「悪魔~………えっ」


 御伽衆たちが動きを止めたその時、魔法陣の向こうが透明なガラスのように透けて見え、その中に「異形ではあるが絶世の全裸美女たち」と、それら美女たちを手や肩に載せた巨大な人の形が見えた。


「お久しぶりですねギガ◯ティックダークさん」

『アザゼル……我はそんな名前ではないんだが』

「なんでしたっけ」

『……我を呼び出しておいて名前を思い出せぬとは。我は見張りの天使たちエグレーゴロイとしての下でエデンを見守り、神に裏切られて地獄に落とされた【アルマロス】である!!』

「ああ、思い出しました。と言いますか被害者ヅラしてますけど、あなたもしっかり人間の女とエッチいことして禁忌を犯したから堕天したんですからね?」

『う、うむ……』

「うむ? かつての上役に対して随分と態度がでかいですね。地獄でどんな役職についているのか知りませんが、舐めた態度をとるのなら叩き潰しますよ?」

『す、すいません。てか、いつまで上司面するんですかアザゼル様』

「未来永劫に決まってますとも、えぇ」


 仮面の魔法使いが悪魔と話している会話の内容を察した御伽衆は「俺たち、もしかしてすごい人の部下になったかもしれない!」と恐れるどころか喜んでいる。


 魔法使いアラハ・ウィ。その正体は「始まりの堕天使アザゼル」にして、かつては「魔王」と呼ばれて原子分解された経歴もある男。


 その仮面の下にある顔は人以外の者たちのみぞ知る……。

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