第128話 ダンジョンの周りに生まれたウザタウン

 戦争では実際に戦う兵士より、その補給や準備をする後方支援兵のほうが多いとされている。それは冒険者でも同じだ。


 特においそれと引き返せないダンジョンや、水や食料が確保できないダンジョンの攻略では、補給線が絶たれる事は死を意味する。だから補給のためにダンジョンのあちこちにベースキャンプが作られ、それがキャンプ村として機能することもある。


 ウザードリィ領に作られたアラハ・ウィのダンジョンは、噂によると「中は食えない魔物ばかりで現地調達は難しい」「それどころか湧き水一つ流れていない」「ヒカリゴケの類もないので松明必須」「そして致死率の高い罠ばかり」とされている。


 新造のダンジョンでそんな高難易度、しかも得られるお宝に関する情報が全く出てこないともなれば、冒険者が挑む理由は希薄だ。


 それがここ数日で見違えるようなが行われたという噂が流れ始めた。


 ダンジョンは低層から深層へと魔物の強さが上がっていくようになり、これによって低層でいきなり一等級討伐対象の魔物に蹂躙されるというアクシデントはなくなった。


 さらに魔物の住環境に合わせてダンジョン内部も作り変えられた。まるで地上にいるかのような不可思議なフロアも出来上がり、魔物が食する動植物も住み着くようになった。これによって魔物たちがダンジョン内でライフサイクルを回せるようになり、冒険者たちも食べ物を現地調達できるようになったらしい。


 他にもダンジョン自体に様々な変更が加えられたが、それよりもなによりも、ダンジョンを取り巻く環境が大きく変わった。


 今まではなにもなかったダンジョン入り口には、冒険者が物資を補給したり寝泊まりできる大きな商店街が出来た。


 大陸全土に支店を持つ「ブッホ商会」は商店街に支店を出し、そこで生活用品からダンジョン探索グッズ、武器防具、ポーション類まで幅広く品を揃えた。なぜか誰も攻略していないというのに「ダンジョンフロア見取り図」まで販売されている。深層になればなるほど高額で取引されているらしい。


 同じく大陸の殆どに信者を持つ「サマトリア教会」もウザードリィ支部を出し、バカ高い『お布施』さえ払えば毒や麻痺の治療を施す事ができるようになり、もっとバカ高いお布施を払って功徳を詰めば、部位欠損などの大怪我でも治癒魔法で回復してくれる。それほどの治癒魔法を使える僧侶をこんな辺境のダンジョン前に配置するなど、滅多に無いことだ。


 さらにダンジョン入り口の商店街には、遠方からやって来た冒険者達を休ませる宿が所狭しと並んでおり、駅馬車が止まれるように街道も整備された。無料で泊まれる馬小屋からロイヤルスイートルームまで、宿によって値段設定はバラバラだが、どこの宿にも回復効果のある持続魔法がかけられているので、冒険者は野宿せず宿に泊まるようになった。


「なんだこれ。娼婦宿もキャバクラもあるんだが。しかも超明朗会計!」

「おいおい、見ろよ。土産物も売ってるぞ。マジか!? ダンジョン内に出現する魔物のトレーディングカードってのがあるぞ!?」

「あれ見ろよ。鍛冶屋の看板。あれって……バルバッスタンの鍛冶屋じゃねぇか!? 武器の錬成強化が出来るっていう伝説の!」

「やばい。あっちでテイムモンスターガチャやってる。ダンジョンに入って出てくるまでの間、強い魔物が餌や世話の必要もなく、無条件であなたの下僕に……って、引くしかねぇだろ、あれ!」

「なにあの服屋さん! あれってクリスティンBとAブリリアントのデザインじゃない!? なんでこんなところに王都や帝都のスーパーデザイナー衣装が売ってるのよ!?」


 どこかのギルドに強く言われたのか、渋々やってくる冒険者たちは、生まれ変わったダンジョン周辺に唖然とするのが、ここ数日の恒例行事になっている。


「ちょっとまってくれ。三日前にこの辺りを通ったが、こんな商店街はなかったぞ……」


 冒険者の誰かがそうつぶやいたとしても、現実に存在しているので、誰も耳を貸さない。


「てかウザードリィ領って人が住んでたのか」


 ここは王国内で「領主不在の未開地」とされており、農耕に向かない荒野ばかりで真っ当な集落はないものとされてきた。だが、ダンジョン周辺は緑に覆われて楽園のように花が咲いているし、ダンジョン入り口に商店街があるということは、当然そこで働く者たちが住む場所もある。


「……あれ、村……いや、町だよな」


 ダンジョン近辺で働く者たちが住む場所は、少し離れた丘の上にあった。


 下手な村や町よりちゃんとしたそこは、鉄壁に守られているし、見張り塔も立派だ。


 丘の上にあるので壁の中までは見通せないが、立ち寄った冒険者の噂によると「町の中には貴族の館みたいな綺麗な二階建てや三階建ての建物が並び、金持ちの象徴である噴水が設置されて上下水道の完備をアピールしているうえに、公園や住居などの生活区画と、畑や家畜小屋などの農耕区画が綺麗に分けられ、住んでいる人々の顔も綺麗で明るい」ということだ。


「俺もあんなところに腰を据えて暮らしたい」


 冒険者たちからため息が出ると、何処からともなくやってくるのが町の勧誘員だ。


「このダンジョンに挑み続けるとか、そこで手に入るものをこのあたりで売買するとか、冒険者相手の商売をするというのなら、あの町に住む権利が与えられますよ」


 勧誘員はニコニコしながら話しかけてくる。


「マジで!?」

「もちろん悪さをする人は追放されますけど、あなたが善良な町民であり続けるのなら歓迎されます。しかも今は第一期ですから、一番の古株になれるチャンスですよ?」

「ふ、古くからのしがらみもないキレイな町……。近くのダンジョン攻略で得られるものの売買、いや、そこに来る冒険者相手に商売するのならマッサージ屋でもなんでもいいわけだ? 新興の町に住めるなんて、こんな上手い話はないな!」


 勧誘員の所に集まってきた冒険者たちは頷き合う。だが、一人だけそれに異論を挟む冒険者がいた。


「上手すぎじゃないか? あの町やこの商店街はどこの貴族が作った? 働いたらどれだけの所得税を取られる? 物を買ったら消費税がどれだけ含まれてる? 家でも買おうものならとんでもない固定資産税を取られるんじゃないか? 買わなくても住むだけで住民税は取られるだろうし、酒税や薪税、入浴税、企業税、相続税、贈与税……」

税金一切ないですよ?」

「そんなわけあるか! 領主不在とはいえ腐っても王国内だぞ!」

「それがあるんですって。向こう三年は町と商店街の税金は免除。もちろん王妃様のお墨付きです」

「……マジかよ」

「はい。私達は町の維持修理費も出していませんし、衛兵にもお金を払っていません。税収を掠め取ろうっていう領主も貴族もいません。この商店街と町の設立者が私財を投じてくれているのです」

「聖人君子すぎないか」

「私達もびっくりしているというのが本音です」

「……その聖人君子様は何者なんだ?」

「それが、全国各地の有名所に支店を作らせる人脈を持っていたり、トンデモ魔法で町を作って土地改良までやってのけたり、王妃様とも懇意にされていて───あ。あちらにいらっしゃるあの方です」


 全員の視線が注目する先にいたのはボサボサ髪の大男で「へっへっへっ、姉ちゃんいいケツしてるじゃねぇか」と女冒険者の尻を触るをしているおっさんだった。


「なんすか触るふりだけって! どうせなら触って来てくださいよ! ズボンの中に手を突っ込んで来るのがマナーじゃないですか!? てか触る度胸がないのか私のお尻に興味がないのか、どっちなんですか!!」

「バカタレ! そういうキレ方じゃないだろ! 俺がスケベ顔で触ってきたとこをオメェが反撃して叩きのめすんだよ! そうすりゃこの辺りで同じようなことをすると叩きのめされるって示しがつくだろうが! はい、もっかいやり直し!」

「そう言われても無理ですよ師匠~。私そういう演技向いてませんからぁ。だからほんとに触ってくれないとちゃんと反応できませんってぇ」

「いや……触るのはちょっと」

「そういうところで引かないでくれませんかね!!」


 その女冒険者が、救国の勇者の一人にして【青の一角獣】の血盟主である「戦士のアヤカ」であると知る者は多い。だが、その女に絡んでいるのが「ウザ絡みのルイード」だと言うことは案外知られていないようだ。


「なるほど、あの人か」


 遠目で確認した冒険者たちは頷いた。、と。


 なんせ彼ら救国の勇者は異世界からやって来た【稀人】であり、こちらの醜く腹黒い人々よりは遥かに純な心を持っている。税金をせしめて稼ごうという気もないのだろう……と。


 だからその聖人君子とやらが、若い女の尻に触る練習をさせられているウザ絡みのルイードの方だとは、誰一人として思わなかった。

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