第125話 ウザいフィットネス、つまりラウザップ
「……レティーナさん。生前は異世界モノを書いていたあの御隠語ボインゴ先生だったんですよね?」
アモスがジト目で見てくる。
「大体どの小説でも転生者は友情と努力とチートで鍛え上げられて、俺ツエー!するのがいつものパターンでしたよね? それなのにどうしてそれができないんですか? これまで鍛えてこなかったんですか?」
「で、でき……出来るわけが……ない! だろう! が!!」
「先生の作品だと主人公は最初はしょぼいけど、ちょっと鍛えたら強くなってたじゃないですか。それを実践しようとしなかったんですか?」
「した! してる! したけど! これは! ない!!」
レティーナはアモスが生み出した強い重力で押し潰されそうになっている。それでも潰れていないのはレティーナがある程度は鍛え上げてきたからだ。
ここはアモスフィットネスジムの地下に作られた特別室……通称「拷問部屋」だ。
この部屋の中はアモスが生み出した「亜空間」なので、時間の経過が部屋の外と異なる。ここで何年過ごしても部屋の外では数分しか過ぎていない特殊な空間だ。
ここに来たのはレティーナが「早くダンジョンに行きたいから、すぐさまガッツリ強くなるように鍛えて欲しい」という無茶を言ってしまったからだ。
「てか、どうやって、亜空間、なんてものを、作ってるんだ!?」
高重力に押し潰されてしゃべるのも精一杯なレティーナは、潰されたカエルのように地面にくっついしている。
「これは師匠から教わりました」
アモスは小柄童顔だけに許される破壊力の高い「ニッコリ」を浮かべた。
「こ、この! ドSショタがぁぁぁ!!」
「さあレティーナさん。立ってください。スタンドアップ!」
「君、は、おか、しい!! ウザいとまで感じるよ!」
「ウザいのは師匠譲りですね。けど、うーん。おかしいなぁ。師匠から教わった時は、最初はコレやって基礎体力を付けていたけどなぁ」
アモスがこの関門をクリアできたのは、単純にルイードの教え方のおかげである。
ルイードは徐々に亜空間全体にかかる重力を上げていき体を慣れさせてくれたのに、アモスは一気に重力の三倍くらいの圧からスタートさせた。
重力の三倍といっても生易しいものではない。それは一秒間に十五メートル近く吹っ飛ばされるくらいの加速度を全身に浴び続けていることになるのだ。
「強い重力の中で運動すると鍛えられますよ?
「ストップ! バカを言うな! あれはマンガだ! こんなことをしていたらダンジョンに行く前に死んでしまう!」
レティーナが金切り声を上げるので、アモスは仕方なく重力波を解除した。
「ひどい! 最近のJKはやることがえげつない!」
「いやだなぁ。もう僕はJKじゃないですよー。先生だってもう先生じゃないんですから、お互いにこの世界に馴染んでいきましょうよ。てか僕よりいい大人だったんですよね? しかも異世界モノの作家先生なのに、いつまで元の世界の常識に囚われてるんですか~」
「ド正論でぶん殴りに来るタイプの僕っ娘か……」
重力から開放されたレティーナは、やっと呼吸ができるようになり、ヒーハーヒーハーと全身で息をしている。
「どうしよう。師匠に任せられたからには、せめてお母さ……チルベアくらいの強さにはなってもらわないとなぁ」
アモスは「うーん」と頭を悩ました結果、基礎能力を上げることは置いといて、とりあえず組み手で実践的に鍛えるという方向性になった。
「それならば私にも分がある。ほらこのカタナ、どうだね」
レティーナは日本刀に似た形状の剣を抜いてみせた。
「困ったことに王朝にも刀鍛冶はいなくてね。この世界に来た稀人たちは日本刀を作ろうとしなかったようなのだよ。だからこの一振りを作るのに苦労させられた」
「レティーナさん、違います。日本刀はかっこいいけど、実際は扱いきれなくて廃れたんです」
「……どういうことだ」
「だって僕も含めて稀人の殆どが真剣なんて触ったことがないんですよ? 日本刀で斬るのって刃先がちゃんと立っていないと難しいじゃないですか? だったら打ち付けて剣の重みで骨ごと粉砕するような西洋風のほうが楽だったんですよ」
「日本男児がなんと情けない」
レティーナはカタナを構えてみせた。
「こう見えて、私の実家は剣術家でね。小さな頃から真剣を扱ってきたのだよ」
「あー、だからどの小説も日本刀の描写だけやたらリアルだったんですね。日本刀の説明に何ページも使って、途中で刀が乱舞するゲームの攻略サイトでも見てる気分でした」
「ちょいちょいディスって来るのだな、君は!」
そんな感じでレティーナとアモスの「性別逆転稀人コンビ」が体を鍛えている頃、アモスフィットネスジム二号店ではチルベアがシンガルルを鍛えていた。
「これは、こうですか?」
「そうです。もっと体を寄せて、こう」
「こうですか」
「もっと足の間に、そう。それと敬語はいらないですよシンガルルさん」
二号店は男女が通える施設だけに、異性のトレーナーがここまで密着して指導することはない。それなのにチルベアはあの手この手でシンガルルのたくましい黒豹のように引き締まった体に自身を擦りつけていく。
周りで軽く体を慣らしていた会員の男たちは、その様子を羨ましそうに見ている。
「あれ、マーキングしてんじゃね? 自分の所有物だっていう……」
「
「見ていてこんなにウザい指導があっただろうか。羨ましい」
「フィットネスじゃねぇな。ウザィットネスだ」
「今なんつった? どうやって発音した!? なんでもウザって付ければいいと思ってる!?」
「そんなことよりあの新人さんすげぇな。ここに来てすぐ超高速バーピーやってたぞ」
バーピーとは「しゃがんで地面に両手をつく」「足を後ろに伸ばして腕立て伏せのような格好になる」「素早く立ち上がってジャンプ」を延々と繰り返して膝の軟骨をすり減らす過酷な全身運動だ。常人なら十回を数セットやればヘトヘトになるところをシンガルルは「こうか?」と言いながら、軽く、しかもとんでもない速さでやってのけてもケロっとしていたのだ。
「シンガルルさんはご長男ですか?」
チルベアはシンガルルに超重量のバーベルを持たせて動けないようにしながら「体の姿勢を正す」という名目で体を擦り付けてマーキングしまくっている。
「いえ三男です。家督は長男が継いでいまして」
「ほらまた敬語に。もっと砕けてください。筋肉も砕けたほうが育ちますよ」
「わかり……わかった」
「はい、それでは御年収をお聞かせください?」
「一般的な近衛兵の……千人隊長クラスだと思って欲しい。王国と王朝では物価も違うだろうが」
「なるほどなるほど。求める女性の理想像は?」
「自律できる女性だな」
「自立ですね。ふむふむ」
似て非なる言葉のニュアンスの違いはあるが、二人は打ち解けあっているようにも見える。しかし「あれ、なんの審査なんだ」と男たちは首を傾げている。
「欲をかかず、感情で動かず、冷静に物事を見極め、目的のために行動する女性は美しいと思う」
「そうですか。ちなみに稀人とかどうです?」
「王朝には稀人が少ないので、もし稀人を妻に迎えることが出来たら報奨モノだな」
「ほうほう……ほうほう!」
チルベアは照れたように頭の上の熊耳をピコピコと動かしたが、シンガルルはその仕草に気が付かないまま、重たいバーベルを上げ下げし続けた。
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