第122話 王朝のウザ子息たち

 王朝。


 それは大陸東に位置する大国で、「北の帝国」「南の王国」「西の連合国」などのように、何度も国が興たり滅んだりして国主や国の形が変わっている国々とは違い、何千年と大陸の東を支配し続けている。


 そんな王朝は「皇王」と呼ばれる男性を頂点とした支配体制が確立されており、平民からすると皇族は現人神あらひとがみに等しい存在でもある。


 だが長い歴史の中で、その皇王が流行病で床に伏すという出来事も珍しいことではない。その場合は皇子が次代の皇王となる習わしだが、今代の皇王には一人娘───レティーナしかいなかった。


 王朝は男子のみが皇王になる決まり事があるため、レティーナは自分の夫となりこの王朝の皇王を選ぶという大役が任された。


「レティーナ・オートリー皇女が他国に!?」


 その皇女様が秘密裏に王朝から脱出し、冒険者として他国に渡っていたと報告する宰相は顔面蒼白だった。


「なぜ今の今まで報告がなかったのか!」


 憤っているのは次代の皇王候補となっている「四大公爵家」の一人、リュウガ・エリューデン公爵子息だ。


 王朝の国家予算の何倍もの収益を上げているエリューデン公爵家は、オートリー皇家に等しい蓄えがある金持ちであり、多少のことは金で解決し、それで解決できないことは金で雇った者たちの力で解決する武闘派公爵家だ。


 そんな家で育ってきたリュウガは、自信に満ち溢れた濃い顔と選民思想の強い瞳をしており、への字に曲がった唇は普段からあれこれと口うるさいことを如実に表していた。


「答えろ宰相!」


 年功序列を重んじる王朝において、自分の倍近く年上の宰相に向かってもこの口調だ。


「は、はい。皇女様が本当に行方不明になったかどうかを役人たちが調査し、それを証言する者とその証言者の言質を保証する者を確保し、本件の警備体制の不備を問う責任者を確定させた後、各組織の上役に伝言が始まり、外院、下院、中の宮、上院を経過させ、オートリー皇家の許しを得て、ようやくと公爵家の皆様のお耳に入れるのが王朝の仕来りでございますれば……」

「貴様、国の一大事にそんなことを───」

「うっせぇなぁ。公爵家子息が大声出してんじゃねぇよ。みっともねぇなぁ」


 一人激高するリュウガに割って入ったのは、ユーリアン・キトラ公爵子息。四代公爵家の跡取りの中では一番軽い性格をしており、歴史と伝統を重んじる王朝の中においては「異端児」だ。


 何が異端かと言われれば誰もがその容姿を言うだろう。


 男なのに花魁より派手な化粧を施し、着物をはだけさせた肌には色鮮やかな入れ墨が入り、髪の毛は染色して逆立てているという傾奇者なのだ。


「で、宰相サン。皇女が行方知れずになってなのか言うてみ?」

「はっ、おそらくほどかと……」

「ほぼ半年じゃねぇか! てめぇら無能かよ!」


 行方知れずになって数日かと思っていたユーリアンは、呆れて声を荒げてしまった。


「まぁまぁ、エリューデンとキトラの若君。こうなってしまったことは仕方ないよ」


 そう言ったのはセルジ・アラガメ公爵子息。


 おかっぱ頭で糸のような細い目付きをした若者で、王朝四大公爵家の皇王候補者の中では一番冷静で、そして腹黒いと言われている。王朝の軍事面を掌握しているという噂もあり、朝乱が起きるとすればそれはセルジの仕業に違いないと口さがなく言われているほどの男だ。


「皆様方、ご安心を。私の陰陽術によって、皇女様の行き先は南の王国だと判明しております」


 セルジの妹、ミラ・アラガメ公爵令嬢が低頭しながら進言する。彼女はこの国に古くから伝わる「陰陽道」に通じている魔法使いで、皇女の行く先を占術で調べる事にも協力しているのだ。


「宰相、当然追跡を出しているのだろうな!」


 リュウガがフンとふんぞり返りながら、今回の調査結果を報告している宰相に食って掛かる。


「それは各公爵家の皆様のご判断でございまして。オートリー皇家はレティーナ様を切り捨てるおつもりなのか、次の皇女候補を選別する動きに入っております」

「ちょ、まっ。レティーナ皇女の次と言ったら……遠縁のあの醜女しこめだけじゃねぇか!?」


 ユーリアンは心底嫌そうな顔をしてみせたが、それは他の三人の男たちも同意のようだ。


「私が皇王になるのだから、当然后は美人のほうが良いに決まっている。レティーナは美人だからな」

「リュウガが皇王になるとは決まってねぇけどな!」

「さっそく家の者に追わせよう」


 リュウガ、ユーリアン、セルジがうんうんと頷いている中、唯一の女性であるミラは溜息を吐いた。


「どうしたんだい、ミラ」

「兄様。もしや家の者を使いに出して皇女様を連れ戻そうとなさるおつもりですか?」

「そのつもりだけど」

「私が皇女様のお立場なら、自ら危険を顧みず助けに来てくださるような殿方を夫にして皇王を任せると思いますが」

「そんな無駄な苦労を僕たちにしろと?」

「無駄? 皇女様を娶ろうというのに、自分自身では何の労力も使わず他人任せですか?」


 ミラに睨まれたセルジは糸のような目を更に細くして俯いた。昔から妹には勝てない気質の兄なのだ。


「この際なのではっきり申し上げますが、兄様、リュウガ様、ユーリアン様。皆様は公爵家子息という立場にあぐらをかいていてレティーナ様になんらアプローチしていませんよね? どうせこの三人の誰かを娶って皇王にするだろうと思ってますか?」


 三人はミラの勢いに押されて顔を引きつらせながら頷いた。


「あのですね、過去にも公爵家以外の者が皇王になったことが何度もありますよね? 歴史のお勉強してますか?」


 三人の公爵子息たちは遠い目をした。おそらく王朝の長過ぎる歴史の勉強などしていないのだ。


「八百年前は貴族どころか平民が皇王になったこともありますよ? まぁ、それが今のオートリー皇家ですけど。それなのに自分が選ばれるだろうなんて根拠のない自信を持っているのは、実に閉口です。皆様のような全然危機感のないバカが皇王になったら、王朝潰れちゃうんじゃないですかね?」

「ミ、ミラちゃーん。ちょっち辛辣すぎるぜ」

「ユーリアン様。皇女様は皇王を選ぶことが出来ますが、それは公爵家の誰かでなければならないとは決まっていません。もしかすると冒険者になってなんらかの危機に陥った皇女様を助けてくれる紳士的でイケメンなシブオジとか現れて、皇女様はその大人の魅力に陥落して純血を差し出したりするかもしれませんよ」

「ミラ、ちょっと口が過ぎるよ?」

「兄様、過去の例からして平民が選ばれることだってありえるのです。それこそ追跡に出した兵と恋に落ちたりもしますよね? ですが、それならまだマシです。違うの国の人を皇王にされたらどうするつもりですか?」

「おいおい、バカなことを言うものではないぞミラ」


 リュウガは顔を引きつらせながらセルジの妹を抑えようとした。


「皇女様も自分のお立場をよく理解されているだろうから、平民や私たち公爵家の者たち以外はありえないだろう。な?」

「自分の立場を理解している皇女様が国を抜け出して冒険者になどなるのですかね」


 ミラに軽く反論されてリュウガは黙った。


 彼女はただ「陰陽師」とか「公爵子息の妹」という立場でこの場に呼ばれているのではない。この三人の男たちより頭が回る「参謀役」として認められているから呼ばれているのだ。


「それと皇女様の普段の言動からして、兄様たちはすべからく嫌われているかと思いますが」


 三人の男たちは一気に黙った。


 確かにレティーナ皇女は普段から「あー、うざい。いちいち近寄って来るな。距離感を持て!」とこの男たちの接近を許さないばかりか、あの手この手で二人きりになろうとしても絶対に引っかかってくれないので、強くアプローチ出来ていないのだ。


「なぜか皇女様は私にはエロオヤジみたいな目線で近寄ってくるので、こいつキメェと思っていましたけど」

「ミラ、言い方、言い方!」

「失礼しました兄様。とにかく、皇女様を誰が迎えに行ってそのハートを射止めるのか。それによってこの国の将来を左右するのでさっさと行ってください。オートリー皇家がレティーナ様を亡き者と考えて次の皇女を仕立て上げる前にですよ!」

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