第121話 転生したらJKと出会ったウザ作家
シンガルルが「アモスフィットネスジム二号店」で常識外れの鍛錬を見せつけられている頃、シルビスに案内されて「アモスフィットネスジム本店」に到着したレティーナの方は、声にならない歓声を上げていた。
「!!!」
レティーナはヨダレを垂らしそうなスケベ顔で「アモスフィットネスジム」の中を見回している。
ここは二号店と違い、女性会員限定の女の園。
会員はみんなレオタードを着ているのだが、これはアモスの発案ではなく「え、フィットネスと言ったらレオタードでフラッシュダンスでしょ?」というチルベアの
最初は恥ずかしがっていても、女性ばかりの室内でこの格好に慣れてしまうとなんということはないらしく、普段なら淑女として絶対にしないであろう開脚をしたり尻を突き出したりと、運動に勤しんでいる。
「天国だ」
なにか感動しているレティーナを見て、シルビスは「外見が美人だから許されてるけど、あんた変態一歩手前だよ!」と突っ込んでいる。
ちなみにイケメン三人衆は男子禁制の店内に入れないので、近くの酒場で時間つぶししてもらっている。女性であるシーマには着いてきて欲しかったが「私はガラバとひとときも離れない」「ハニー♡」「ダーリン♡」というやり取りが続いたので置いてきた。
「こんにちわ。そちらの方はシルビスさんのご紹介ですか?」
アモスがやってきてニッコリ微笑んだ。
かつての「異世界物語に憧れていた陰キャ女子高生」の面影はなく、伯爵子息として、そして店の経営者として意思の強い眼差しを結んでいる。それもこれもルイードに鍛えられたことで、多少のことでは動じない精神力を身につけたからだろう。
「はじめまして。僕はここのオーナー兼トレーナーのアモスです。よろしく」
レティーナはそれまで「ぐへへへ」とでも言い出しそうなほど緩んだ顔をしていたのに、アモスが現れた途端スッと元の顔に戻った。相手が童顔小柄でも男は嫌いなのだ。
「私はレティーナ。一介の冒険者だ。ここで鍛えたらダンジョンに挑んでいいと聞いている」
シルビスは「そんな話だったけ?」と首を傾げた。むしろ「なにがあってもダンジョンに行かせるな。疲れさせろ」という命令だった気がする。
「? ああ、ダンジョンに挑む体づくりですか。シルビスさんのお連れであれば、はい、よろこんで指導させていただきます」
アモスは握手するために手を差し出した。
本来はそれすら触るのも嫌だが、社交辞令でそれくらいのことはしなければならないとわかっているレティーナは、嫌々ながらも軽くアモスの手を握った。
「よろしく頼む。だが指導は女性にしていただこう。男に触れられるのは我慢……なら……ない?」
レティーナは不思議な感覚に目を細めた。
触れた相手が男であれば、例え赤子であろうとザワザワと産毛が逆立ち鳥肌が実りまくるのだが、なぜかアモスからその感覚がない。こんな事は初めてだ。
「触れるのも嫌な男の手なのに、なんともない!?」
「レティーナさんレティーナさん。実はアモスさんも転生してきた稀人なんです」
シルビスは訳知り顔でドヤった。彼女にとって人が知らないことを知っているのは気持ちがいいものなのだ。
「しかも! 元の世界では女の子だったのに、こっちで生まれたら男の子になってて、心と体が違うことに悩んでるっていう!」
シルビスにそう紹介されたアモスは、同郷の稀人とあまり接していないせいか、いつもの陰キャに立ち戻ったようにオドオドソワソワし始めた。
「ふたりともなんだか似てません? 似てますよね? 付き合っちゃえばいいのに!」
よくわからない理由で知り合い同士をカップリングしようとするウザい女子と化したシルビスは、悪そうな顔をした。
『ルイードさんに押し付けられた皇女様をさらにアモスくんに押し付けちゃえば、私の任務完了じゃない? 頭良いわぁ、私! ルイードさんになにおごってもらおっかな~』
捕らぬ狸の皮算用でニマニマするシルビスだが、アモスとレティーナはお互いに嫌そうな顔をしている。
「僕、元が女なんで、女性とはちょっと……」
「そうだとも。なんで私が男と! ……って、元が女だから違和感がないのか?」
「あ、はい。僕は元々女子高生で───」
「JK!」
食い気味にレティーナは叫び、その瞳に輝きが戻った。
「女性の長い一生の中でたった三年間だけ名乗ることが出来る、最も輝き、最も瑞々しい、禁断の青い果実の称号、それはJK!!」
「……シルビスさん、なんですかこの人。怖いんですけど」
アモスがそう言うのも当然だろう。JKがなんなのかわかっていないシルビスですら、レティーナの気持ち悪さにドン引きしている。
「そうかそうか。女子高生が男に生まれ変わったのか」
「そういうあなたも?」
「私は元が男で生まれ変わったら女だったパターンだ。これでも元は『異世界モノと言えば私』ってくらいには名が売れていたと自負する作家だったんだが、その実績が全部なくなってしまったことはとても悲しかったよ。私の死因は、本当になにもしないで作者に宣伝までさせる担当編集者のせいに違いない」
「え、作家さんだったんですか!?」
異世界モノの物語に造詣が深いアモスの瞳が輝く。
「ああ。私のペンネームは御隠語ボインゴと……」
「ボインゴ先生!! 嘘でしょ! キャー! 僕ファンです! 先生の『高天原オティンティン館』とか大好きです!」
「……よりによって一番マニアックでアダルトなエロ小説を」
「ほ、他にも持ってました! 例えば『To:転生したら盾の勇者がのんびりスライム飯に祝福を!オンライン』とか!」
「ありがとう。私の読者は中年男性ばかりでJKなんているわけないと思っていたが、いたんだなぁ。あぁ、死ぬ前に知っておけば……」
どうやらばっちり気が合ったようである。ただ、お互いにぴったり平行線で進むような合致で、絶対に交わらないようにも見える。
「アモスさん、前世の話も良いんですが、レティーナさんをジムに案内してもらえます? そして死ぬほどトレーニングしてヘトヘトにしてください」
「え、ええ……そんなに急いでダンジョンに行きたいんですか?」
アモスのもっともな疑問に対して、シルビスとレティーナはそれぞれ違うことを言った。
「疲れ果ててダンジョンに行きたいなんて言わせないためです」
「ダンジョンで通用するように鍛えるためだ」
言い終わって、レティーナとシルビスは顔を見合わせた。
「レティーナさん。ここはただのジムじゃないですからね。泣く子も黙ってスクワットを始めるアモスフィットネスジムですよ。ちゃんと寝る場所は確保しといてあげますから、存分に疲れ果ててバタンキューしてくださいね。それとアモスさん、この人は死ぬ手前くらいまで鍛え上げていいですからね!」
「やれやれ、何を言っているのかね、ロリ巨乳のシルビスちゃん。私が疲れ果てる? 三日三晩徹夜で手書き原稿をカキカキして肩も腰もバキバキになって頭痛で目が霞んでも執筆を続けていたこの私にとって、フィットネスジムなどなんてことはない。きっとダンジョンに行けるだけの成長をしてみせよう!」
アモスからするとよくわからない何かが始まろうとしていた。
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