第120話 ウザいというかありえないフィットネス
「実はアヤミが生まれるより随分前なのですが、私、ちょっとしたレディースの
「サイタマの族を潰したり、チバを統一したり。あの頃が懐かしいです」
「お、おう……」
「で、私が昔気質のそれを彼女たちに少し教えたんです。そうしたら、うふふ、若い子は吸収が早いからあんなことになりまして」
「特区とやらにあんな奇抜な連中が徘徊してるって、まあまあ怖いんじゃねぇか?」
「師匠、ああ見えてあの子たちは、街の人たちからは慕われているのですよ?」
「マジか」
「今ではこの街全体で誰よりも有名なグループですから。冒険者じゃなくても名声は得られるんですねぇ」
「………って、オメェの後ろにいるのは?」
ルイードはチルベアの後ろに立つ黒い豹頭人身をやっと視界に入れた。
「ああ! ご紹介が遅れました。こちらは王朝の方でシンガルルさんです。ジムに興味がありそうだったのでお連れしました」
ルイードは黒い豹人種の顔をじーっと見る。
「オメェ、もしかしなくてもレティーナの付添いか」
「確かにレティーナ皇……レティーナの連れです」
「あいつならこのジムの本店? 一号店? そっちに行ってるぜ。それとオメェらの素性はもうバレてる」
「こうも早く……」
シンガルルは目を伏せて肩を落とした。レティーナがばらしたんだろうと想像できたのだ。
「どうかご内密に」
「わかってる。ちなみに本店は男性立入禁止らしいから……」
「私が後でシンガルルさんをお連れします。師匠のお手は煩わせません!」
「おう」
「私、猫好きなんです!」
「おう?」
「それと、せっかく転生したのだから私も人並みの幸せを掴みたいと思っています!」
「おぅ」
「狙った獲物は確実に仕留めるのがモットーです!」
「ぉぅ……」
「アヤミ、いえ、アモス様を見守れる立場のままではいたいと思いますが、私も現世の伴侶を探すべきだと思うのです! つまり、シンガルルさんを何としてでも落としますので、邪魔だけはなさらないでくださいね、師匠!」
「OH……」
チルベアがグイグイ出てくるのでルイードは引き気味だ。
「では参りましょうかシンガルルさん」
「なにやら不穏な会話が聞こえたような気がしますが、見学させていただきたく」
ジムの中に消えていく二人の背中を見送りながら、ルイードはぽりぽりと頭を掻き「ったく、めんどくせぇことになりそうな気しかしねぇぜ」とこぼした。
□□□□□
チルベアの案内で「アモスフィットネスジム」に入ったシンガルルは「おお!」と短い歓声を上げた。
「国の鍛錬場を思い出しますな」
誰もが懸命に体を作っている様は、戦士系のシンガルルにとっては心地よい空間なのだろう。
女性トレーナーが老若男女問わず様々な人種に対して指導している。
「よし、いいよいいよ。次は四トンのプレートでやってみよっか♡」
今にも折れそうな枯れた細い腕の御老体に無茶な要求をする女トレーナーを見て、シンガルルは「聞き間違えたかな」と首を傾げた。
『キロ、だよな? トンと聞こえたが……』
稀人が異世界から持ち込んだ様々な「単位」は、この世界でも一般化して久しい。
千キログラムが一トンに換算できるので四トンは四千キログラム……三十キロの荷物を持ち上げるだけでも人は苦労するというのに、そんなものを持ち上げられるはずがない。むしろ四トンなど、この建物の床が抜けないことが不思議な重さだ。
「ふんす!」
「いいよいいよ! さすがジョセフおじいちゃん! それ十回一セットで三回ね!」
『老人に対してもそれほどの鍛錬を積ませるとは』
シンガルルは王国の鍛錬方式に唖然となりながらも、他に視線を飛ばした。
「フロントスクワットとバックスクワット、交互に! どんな男も絞め殺せる美しい大腿四頭筋を作ろう!」
女性たちが物騒なことを言いながら特訓しているかと思えば、その手前でボウガンを持つたトレーナーが男たちに矢を放っている。
「ほら、ちゃんと空気の動きを感じて! そんだけ若いんならまだまだ動体視力は鍛えられる! 眼球動かせ! そこ、矢を避けるな! 矢を指で止めて打ち返すんだよ!」
何人か矢が刺さって倒れているが、治療師らしきスタッフが治癒魔法で回復している。
『なんという過酷な……武に優れている王朝でもここまでのことはしないぞ? しかも彼らは兵士ではなく民草だろうに』
「違う違う。体内のアレを高めて、一気に……こう!」
反対側では鉄の
「ちがうちがう。割るんじゃなくて原子を破壊するの!」
トレーナーが見本を見せるとインゴッドは砂のように崩れ煙のように消えてしまった。
『あれは……魔法じゃないのか?』
まさか肉体一つでできる芸当だとは思えない。シンガルルは自分の常識が揺らぎそうになるのを頭を振ってこらえた。
『ここは戦士の養成所か? いや、もしかすると刑場なのでは』
確かに「拷問部屋」と思われても仕方ない風景だ。
『……あれは鍛錬ではないだろうに』
シンガルルの目線の先には、正座させられてその足の上に石を積まれている男がいる。
「もっと耐えられる。いける、いけるよ!」とトレーナーに言われて「うへへへへ」と笑っているが、これは誰がどう見ても石抱という拷問だ。
「うふふ。ああやって体を鍛えているのです」
チルベアに言われても「そうですか」とは納得できないシンガルルは豹の瞳を細めた。どうやら拷問を受けている方は、女トレーナーの胸元が近くにあるので嬉しさから笑っているようだが、痛さは感じていないのだろうか。
「シンガルルさんも体験されますか?」
「あれはいやです」
「ですよね」
それから、チルベアに案内されてトレーニングウェアを貸し出してもらったシンガルルは、ちゃんと尻尾が出せるようになっているジャージに感動した。
「様々な人種に応じた衣装が用意されているとは」
ヒュム種至上主義の王朝において、シンガルルのような異種族は「亜人」であり、店の入り口からして分けられている差別を受けているが、この国にはそれがない。あたりまえのように多種族に合わせた服が置かれているのに、シンガルルは感動を覚えた。
「王国は多種族国家ですからね」
そう言うチルベアもトレーニングウェアに着替えて現れたが、水着のように露出が多い。「女の肌は隠すもの」という伝統がある王朝ではありえない露出度だ。
「じゃあ最初は準備運動から」
「ま、待たれよ。ご婦人がその、そのような薄着でなされるのか」
「あら。動きやすいんですよ、このレオタード」
チルベアは動きやすさを見せるために、五メートルはある天井近くまで軽く跳躍してみせた。
「……今、膝も曲げずに跳んだように見えましたが」
「いえ、少しだけ曲げましたよ?」
「見てわからないレベルの反動でそこまで跳べるわけが……。魔法ですかな?」
「いえいえ、ほら」
直立不動の体制のままでピョンと数メートル跳ぶチルベアを見て「王国の鍛錬、侮りがたし」と凛々しい豹顔を引き締めた。
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