第119話 ルイード特区のウザ悪夢たち

「ちゅーわけで、こいつのことはオメェらに任せた」


 ルイードは無責任にもレティーナ皇女の護衛を部下に丸投げした。


「はぁ!? あんなにうーんうーん言いながら困ってて、ギルドマスターの部屋でこそこそ話するほどの相談事って、レティーナさんをあたしたちに押し付けること?」


 シルビスは文句を言っているが、そのとおりである。


 ギルド内で大っぴらに皇女だと言うのもはばかられるし、王妃からはどうにかいい感じにしろと雑な勅命を受けたが「別の神様関係に関わるのはめんどくせぇ」がルイードの本音で部下のシルビス、イケメン三人衆、シーマに押し付けることにしたのだ。


「ちょっと来いシルビス」

「なんすか」


 ふてぶてしいシルビスを引っ張ってギルドマスタールームの隅に行ったルイードは、誰にも聞こえないように耳元で低い声を発した。


「あの皇女、アモスのところに連れて行って筋トレでもさせて、死ぬほど疲れさせてから宿に押し込んどけ。それを数日な。どうせ近いうちに王朝から迎えが来るだろうからそれまでの間だ」

「えー、なんですかそれ……」

「いいか、間違ってもあんなヒョロいやつをダンジョンに連れて行くんじゃねぇぞ。(神様的な)国際問題になるからな。わかったな、絶対だからな(絶対だからな……絶対だからな……)」


 ルイードの錆びた渋声がシルビスの耳の中で勝手にこだまする。その重い音が耳朶を打つ度に下腹部の奥がトゥンクと鳴り出し、シルビスは顔を上気させていた。


 シルビスからすると、ルイードは自分の顔や声の良さを武器にしているのではないかと思えるが、本人にその自覚はなさそうだ。


「おい、聞いてるのかコラ」

「ふ、ふぁい」

「よろしく頼むぜ、一の子分」


 ルイードはシルビスの頭をぽんぽん叩くと、カーリーがなにか言い出す前に「じゃ!」と、ギルドマスタールームから飛び出していった。


「あら……ルイード様、逃げましたね?」


 カーリーは黒曜石のような鋭い瞳を細めた。


「まぁ、こういう面倒ごとからルイード様が逃げられるはずもないのですがね」




 □□□□□




 自分の名前を付けられた元スラム……「ルイード区」にまで逃げてきたルイードは、誰も追跡してこないことを確認して「ふう」と溜息をついた。


『いくら稀人でもアモスたちのトレーニングをやりゃ、疲れ果ててダンジョンに行こうなんて気力はなくなるだろう』


 しかしレティーナを疲れさせるということはイコール「鍛え上げる」ということでもある。もしもアモスたちがレティーナを鍛えすぎて「救国の勇者たち」のレベルにまでなったら、世界の均衡が崩れて大変なことになるだろう。


『ま、考えすぎか』


 確かにアモスとチルベアはルイードが鍛えたが、魔王を倒せるようなレベルにまで育成したわけではない。そんな二人に指導されてもたかが知れてるだろうとルイードは


 そもそも今のアモスは素手で空間を叩き割るレベルなので、常識の外にある。それでも問題ないだろうと考えるルイードは、人としての基準値が狂っているのだ。


 現状でも「多くの女性会員の身体能力がアホほど向上し、ナンパしてきた男の腕をねじりあげて肩の骨を外した」とか「超高速で家事する女性が増えた」といった話が増えているのだが、ルイードの耳には入っていないようだ。


「んあ?」


 ルイードはアモスフィットネスジム二号店からぞろぞろ出てくる女達を見つけて眉を動かした。


 紫色のやたら丈の長いジャケットに、ムササビのように広がったズボン。胸元から腹までは包帯のようなものを巻いている。もちろん王国で普通に目にする姿ではない。


 そんな奇妙な格好の女達の先頭にいるのは、二号店の店長でギャル稀人のアイラ。その後ろにはなぜか王家第三序列エチル・キャリング公爵令嬢も続いている。

 

「なにやってんだ、オメェら……」

「こんちっす!!」


 アイラが元気よく言うと、アイラ武勇血盟クランに所属していた元冒険者の女性陣も声を揃えて「「「しゃす!!」」」と言う。そこに公爵令嬢が混じっているのが違和感でしかない。


「あーしら、このルイードの衛兵みたいなこともしてるんで!」


 アイラは今までのギャルメイクではなく「お前を蝋人形にしてやろうか」と言い出しそうな濃いメイクを施している。元の顔がよくわからないけばけばしさに、ルイードは若干引き気味だ。


「てかなんでオメェらが衛兵を?」

「ここはなんで、衛兵マッポが見回りに来ないんスよ! マジむかつく」

「てかなんだよ、その特区ってのは」

「王妃サマが公示してましたよ。ここは王国の管轄内だけど特別区として自治が許された区画だー、みたいな?」

「……」


 つまり王妃は元スラム街の管理監督と維持までルイードに丸投げしたということだ。


「あんにゃろう……。で、オメェらが見回りを? 男たちはどうした」

「男なんて使えねーっす。それにここはルイードさんの縄張りシマなんであーしらが守らないと!」

「し、しま?」

「うす! あーしら、昭和の女暴走族レディースを参考に強くなったっす! もうギャルとか卒業っす!!」

「れでぃーす?」


 さすがのルイードでも稀人文化のすべてを知るわけではない。


 アイラが何処からそんないにしえの知識を得たのかは知らないが、絶滅危惧種になっている暴走不良少女たちのド派手な特攻服に身を包んでいるのだ。


「あーしら、『センター街の悪夢』改め『ルイード特区の悪夢』ってことで。よろしくっす!」

「「「しゃす!」」」

「なんだよオメェら。もうウ(↓)ケ(→)るー(↑)とか言わねぇのか?」

「そんなのもうダサいっすよルイードさん。そんなんだからおっさんって言われるんす!」

「お、おう……」

「けど、あーしら全員、そんなルイードさんにだったら、いつでも抱かれる覚悟っす!」

「「「しゃす!」」」


 ルイードは口元を引きつらせた。


「まて。どうして今の会話の流れからそうなった」

「だってルイードさんはアモス様とチルベア様の師匠ですから!」

「「「しゃす!」」」

「意味がわからん。てか、おい、そこの公爵令嬢。オメェまでなにやってんだよ」

「しゃすですわ。他国とのお見合いがあるまでこうやって世のため人のため、身を持って貢献することで罪滅ぼししているのですわ。しゃす」

「わざわざ語尾に変なのつけなくていい……」


 さすがのルイードも頭が痛くなってきたらしく「もう行け」と手を振った。丁度その時、アモス専属のメイド、熊人種ベアルドのチルベアが現れた。


「おかえりなさい!」


 アイラが頭を下げると、チルベアはにっこり微笑む。


「あらあらみなさん見回りですか。お気をつけて」


 まだ若いのに随分落ち着いたマダムの貫禄が出ているチルベア。


 彼女も転生してきた稀人で、生前はアモスの母親だったということから、その前世年齢分の落ち着きを持ってしまったからだ。


「みなさん、舐められたら倍返しですよ?」

「「「しゃす!」」」

「ってか、オメェかよ! こいつらに変な格好させたのは!」


 ルイードが呆れると、チルベアは口元を手で隠して「うふふ」と笑った。

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