第118話 護衛の豹人種はウザくない

 私の名はシンガルル。


 この一命を持ってして皇女様をお守りするべく、逃亡劇に付き従い、遠い他国にまでやって来た。


 大陸の東方にそびえる巨大な山脈のせいで国交は少ないが、この「王国」とは疎遠ではない。海運での商取引もあるし私のような豹人種レオニールが歩いていても石を投げられることもない。


 王朝はヒュム種至上主義なので私のような別種族はすべて「亜人」という別称で括られているが、王国ではそういった差別はない。


 だが区別はある。ヒュム種と鬼人種では体格が違うのでちゃんと座れる席に案内されるとか、そういうものだ。


「ぬるくしといたよ」


 食後の茶を持ってきた食事処の女将さんは「猫舌っていうくらいだから熱いのはだめなんだろ?」とにこやかだったので、私は曖昧に頷いておいた。私は猫ではなく豹人種であり、熱かろうと冷たかろうとヒュム種と変わらず飲めるんだがな。


 さて。私は決してのんびりと食事を楽しんでいるわけではない。実はこの街に来る前にはぐれてしまったレティーナ皇女を探している。


 私がちょっと私が手洗いしている隙に、皇女レティーナ様は街道を通りかかった商家の馬車に乗り込んで、自分だけ先に進んでしまったのだ。唯一の旅の仲間である私を置いていくとはどういうつもりだろうか、あの皇女様は。


「女将、ちょっと尋ねたいことがあるのだが」


 私は王朝の金貨をテーブルに置いてみせた。王国とは金の比重が違うので、王朝金貨は価値があるはずだ。


「お。なんだいなんだい? なんでも聞いとくれ」


 どこの国でも民は金に弱いものだ。


「私と同じような格好をした女性を知らないかな。今朝方この街に着いているはずなのだが」

「ふーむ。あんた、王朝の人だね? そうさねぇ。街の大門に一番近いのはうちの店だから誰か立ち寄ったら覚えて……あっ! もしかしてあのかい!?」

「おっぱ───え、なんですと?」


 思わず聞き返してしまった。


「いやね、面白かったんだよ。そこの入り口であんたみたいな異国の格好をした美人さんがチンピラに絡まれててさぁ。どうするのかと見ていたらバアッ!って胸を出して。それでチンピラの方が『ちょ、おま! しまえバカ!』って焦ってて、もう面白いのなんの」


 それ、うちの皇女だ。


 あの御方は自分が女人であることを自覚していないらしく、旅中でもよく乳房を露出させて「乳の下に汗が」と言いながら手ぬぐいで拭っていた。


 私は豹人種なのでヒュム種の美的感覚はわからないので興奮するものではなかったが、うちの種族の「女を捨てた武闘派の女性」であってもそんなことはしない。


「あ、そのチンピラは焦ってる間に美人さんに殴り飛ばされてたよ。きっとあれは冒険者ギルドに案内させたと思うけどね」


 確かに皇女は「街に着いたらまず冒険者ギルドに行って仕事見つけないとな!」と言っていたが、この街には四つも冒険者ギルドがある。探すのは大変だ。


 だが、目的地はわかったので後は足で探す他ない。


「それにしてもここの料理は美味いな女将」

「そうだろぉ? うちの肉料理は王国一さね!」


 そう言いながら、女将はすいっとテーブルの上においた王朝金貨を取っていく。


「なんならもう一皿出すよ? こいつじゃもらいすぎだからね」


 王朝の料理は草と菌類、そして魚と鳥が中心で肉は食べない。特に四足の動物を食べることは禁忌とされているのだが、その風習は外国では意味をなさないし、美味いものが食べたい。


「いただこう」


 私は実のところ、あまり皇女様の心配をしていない。


 これが王朝内なら護衛していない私は切腹モノだが、ここは外国だから問題視されることはないし、この国は治安がとても良い。それにあの皇女様がチンピラ程度にどうこうされるわけもないだろう。


 なんせ王朝では珍しい【稀人】だからな。


 私とて皇女様と剣を交えたら勝てるとは思えない。あの馬鹿力、速さ、洞察力……。すべてが常軌を逸している上に、皇女様は誰から習ったわけでもないのに一撃離脱型の変わった剣術を用い、これまた皇女様が考案した湾曲した剣「カタナ」による鋭い剣閃は薄い鉄鎧であれば紙切れのように斬ってしまう。


 あのお方は王朝の古い言葉で言うのなら「規格外」というやつだ。きっとあの乳からメガスマッシャーとか出るぞ。


「ほい、おまっとさん」


 すぐに肉料理が出てきたが……。


「女将、これはなんという料理かね」

「そいつは青椒肉絲チンジャオロースーって言ってね。稀人が持ち込んだレシピで作ったもんさね。あたしらでも手に入りやすい食材で作れるから、この街では一般的なのさ」

「ふむ」


 この細切れの肉はなんの肉だろうか。四足動物のものであれば嬉しい。


 使い慣れないフォークで何個かの肉を刺して口元に運ぶ。


 美味い。


 きっと酒に漬け込んで臭みを取っているのだろうが肉が実に柔らかくなって、思う存分吸い込んだ肉汁が口の中に広がってくる。


 次はピーマンと一緒に口に入れると、ピーマンの苦味が上手い具合にオイスターソースと絡まって、実に米を食べたくなる。


 うむ、これは逸品だ。しかし食いにくい。


 豹人種の顔の作りは野生動物の豹に限りなく近い。細かい刻まれた肉や野菜を食べるのには適していないのだ。


「食べにくそうですね」


 隣のテーブルに座っていたご婦人が私の所作を見て微笑んでいる。


 頭頂部にある退化した昔名残の耳の形からして、このご婦人は王朝では珍しい熊人種ベアルドではなかろうか。


 あまり華美ではない服を着ているが、みすぼらしいわけではない。おそらくは家令であろう。


「皿を持って口の中に流し込んだほうが早いですよ」

「それは……王国では無作法なのでは?」

「美味しいものを食べるのに作法なんて無粋ですよ」


 若く見えるが実に落ち着いた熊人種ベアルドのご婦人だ。なんだこの溢れんばかりの母性は。


「では失礼して」


 私は皿を持ち上げて口の中に青椒肉絲を流し込んだが、できればじっくり味わって食べたかった。


「美味しそうに食べるのですね」

「私の表情がわかるので?」


 豹人種は表情筋が少ない。頭の上に「使わない耳」がある以外はほとんどヒュム種と変わらない熊人種ベアルドにはわからないだろうが、私が喜怒哀楽を表情で訴えてもほとんど伝わらないものなのだ。


「ええ。私も娘……いえ、息子……い、いえ、あるじも猫が好きですから」

「ふむ」


 私は猫ではないんだが納得しておこう。しかし自分の主を娘や息子と間違えるなど家令としてはいかがなものか。


「馳走になった」

「あ、お待ちを」


 熊人種のご婦人は私に紙を渡した。


 ほう、この国ではこれほど上質な紙を庶民が気軽に使っているのか。王朝ではありえない話だ。


「私や主が務めておりますフィットネスジムでございます。このチラシをご持参いただければ初回会員料がお安く出来ますので」

「ふぃっとねすじむ?」

「はい、体を鍛える鍛錬所だと思っていただければ。お望みのまま理想の体型になれるマンツーマン指導です。見た所、冒険者だと思いますが、実に立派な体つきですし、それを更に昇華していきませんか?」


 熊人種のご婦人は遠慮がちに腕まくりしてみせた。


 おお、なんと毛深い。ヒュム種の「毛の抜けたネズミ」みたいな肌には一切興味がわかないが、彼女の腕毛は思わず毛づくろいして差し上げたくなる艶があった。


「私も受付の傍ら鍛えていたらご覧の通り」


 おお……。


 私が見惚れるほど素晴らしい筋肉だ。


 ご婦人がフンスッ!とポージングする度に、筋肉から溢れ出す覇気かなにかで、ちょっと空間が歪んでいるような気がするが気のせいだろう。


「いかがでしょう。見学だけでも」

「しかしそれでは貴方様のお時間を奪うことに」

「構いません。昼食の休憩時間もそろそろ終わるので店に戻るところですから」

「ですが私には探し人が……」


 ふと、道中にレティーナ皇女から受けた仕打ちを思い出す。


 ───ちょっとシンガルル。猫毛が私の服についてるんだが! どうして私の服を寝所にするんだよ、お前は!


 ───お前はまだいいとしても、私は男は嫌いだ。あんな下心マシマシの目で女をかと思うとゾッとする。


 ───せいや! 一刀入魂! あ、シンガルル。試し切りにちょっと君の持ち歩いている盾を斬らせてもらった。


 ───旅費が尽きた。後は頼むぞシンガルル。


 ───王朝から私の婚約者候補たちが追ってくるかも知れないが、全員斬り殺して野盗のせいにしてしまおう。


 ───どこかにいい女が転がっていないだろうか。王朝では出来なかった倒錯的行為がしたい!


 うん……レティーナ皇女はしばらくほっといて、ちょっと筋肉を見に行くとするか。

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