第116話 具体的なことには触れない優しさとウザ皇女

 ルイードはギルドマスターの部屋にずかずかと入ると、「いつも倒される役目のテーブルと椅子」と同じ材質のこれまた豪華なデスクに腰掛ける。その材料が【世界樹】と呼ばれている伝説の巨木で、絶対に壊れないものだと知る者は少ない。


「ちょ、だめですって! そこ、ギルドマスターの席でしょ! あんまりむちゃすると冒険者資格剥奪されちゃいますよ!!」


 ルイードがをしているとしか思っていないシルビスが慌てて腕を引っ張ってどかせようとするが、いつものようにピクリともしない。


「あの大きな胸は腕でも挟めるのか……」


 レティーナは感心しているようだが、他の面々はそれどころではない。


「まさか」

「親分は」

「本当は」


 イケメン三人衆が顔面蒼白になって言葉を紡ぐと、そのシメとばかりにシーマが最後の一言をこぼした。


「ルイードは、ここのギルドマスターなのか」

「違います」


 マスタールームの隣からティーセットを持った美女が現れた。不在だと思っていたカーリーだ。


 ルイードとレティーナ以外の全員がビクッと背筋を伸ばす。ルイード一味にとって受付統括のカーリーは畏怖の対象なのだ。


「ルイード様はございません」

「で、ですよねー!」


 なぜかホッとしたようにシルビスが肩を下ろす。


「こんなおっさんがギルドマスターで他の冒険者にウザ絡みしてたとか、ないですよねー。あははは」


 シルビスが乾いた笑いを漏らすが、その笑い方からして自分で言っていても引っかかるものがあるのだろう。


 ギルドマスターの部屋だというのに宿の一室のようにベッドが置かれていて、そこにはルイードが愛用している刃をつぶした短剣が転がされていたり、いつもルイードが吸っているしおしおの葉巻が棚に積んであったり、獣のベストのスペアが何枚か干されていたりして、そこはかとなくルイードが生活している雰囲気があるのも気のせいだろう。


「ああ、わかった! ギルマス不在の間、カーリーさんがルイードさんにこの部屋を貸してたんですね! まったくもう、このおっさんったら自分の部屋みたいな雰囲気だしちゃうから~」


 シルビスは机の上に足を投げ出してふんぞり返っているルイードの肩をパンパンと叩いた。


 それを見たカーリーは茶葉をセッティングする手を止めたが、ルイードが無反応なのを見て唇を動かすのをやめた。


 彼女としては、ここに居並ぶ俗物どもに「控えよ。この御方をどなたと心得るか。この世界の全国家の冒険者ギルドマスターを束ねているのルイード様であり、すべてを捧げる予定の御方であるぞ」と姫様口調で言いたいところだが、ぐっと堪える。


 そもそもあれだけ他の冒険者にウザ絡みしていても問題にされないことや、勝手にギルド食堂をリニューアルしたこと、更には王妃と懇意にしていること、救国の勇者たちが「師匠」と呼ぶことなどの状況を鑑みれば、ルイードがただのチンピラ冒険者ではないということは明らかだ。


 しかしここにいる子分たちがルイードの立場を不思議に感じないのは、強力な認識阻害の魔法のおかげだ。


 本当は数秒間だけごく狭い範囲でしか展開できないそれを、王国の首都であるこの街全体に、しかも常時魔法をかけ続けているという常識外のことをしてのけているのはルイード本人である。


「それはそうとルイード様。レティーナ様のご案内、ありがとうございました」


 カーリーは話題を代えた。


「案内? どういうことだ」


 レティーナが顔をしかめる。


「まずは皆様、お座りください」


 促されて全員がソファに腰掛けると、タイミングよくカーリーから紅茶が差し出された。


 給仕を終えたカーリーは外していた手袋をつけ直し、立ったまま話を始めた。


「ルイード様にはギルドからレティーナ様保護の指名依頼を出しておりました。まさかウザ絡みするとは思っておりませんでしたが……。国家間戦争でも引き起こすおつもりですか」


 カーリーが鉄面皮で言うと、ルイードは「うーん」と頭をかいている。どうもさっきからルイードは本調子ではないようで、イマイチ態度がスッキリしていない。


「え、ちょ。この女の人、どこかの重要人物なんですか?」


 シルビスが身を乗り出すとたわわな胸元がぽよよんと揺れ、それを見たレティーナは満足そうに目を細めた。


「レティーナ様におかれましては【王朝】から直々に捜索願が出されております」


 カーリーが淡々というと、レティーナは顔を暗くした。


「もうこの国にまで手配が回っていたのか」

「当然かと。貴女様は王朝で唯一のですから」

「侯爵伯爵と来て、今度の稀人は他国の皇女!?」


 シルビスは腰を浮かせてしまった。


「王朝は男性社会なので、レティーナ様の配偶者が皇王になります。つまり、レティーナ様は王朝に住む何百万もの民を束ねる頂点となる男を決めることが出来るお立場なのです」


 カーリーが説明するとシルビスとイケメン三人衆+シーマは顔を引きつらせた。そんな大人物にかなり失礼を働いたという自覚があるのだ。


「今の私はただの四等級冒険者だ。そうかしこまらないで欲しい」


 レティーナは苦笑したが、そうは言っても立場が高すぎて全員ドン引きである。


「私は王朝から逃げてきたのだ」


 レティーナは王朝の頂点ではなく、その頂点を選ぶ立場にある。そしてその頂点は必ず自分の夫として迎えることになる。


「皇王になろうとする輩たちの猛烈なアプローチは想像できるだろう? 私はそれに疲れ、自由になるために逃げてきた。丁度王国では悪い魔法使いがダンジョンを作って引きこもっているという噂もあったのでな」

「え、ダンジョンにいくつもりですか!?」

「そうだよシルビス。私は自分の名声を高め、王朝のしがらみの外で生きたいと思っている。私がいなくなっても何とかでっち上げて皇王はどうにかするだろうしな」

「前代未聞ですが」


 カーリーが淡々と言うと、レティーナはそんなカーリーの髪から爪先までを眺め、唇を舐めた。


「エルフは我が王朝にも多いが、君は群を抜いて美しい。このような場所で給仕をしていてはもったいない。私と一緒に……」

「名乗り遅れましたが、私は当ギルドの受付統括を務めておりますカーリーと申します。この国で冒険者としてやっていきたいのであればお立場を深慮頂きたく」

「す、すまない、失言だったようだ。だがシルビスちゃん。君なら私の傍らにいてくれるな? 君のような愛おしい巨乳ロリがいてくれると色々捗るのだが」

「……いつの間に私の名前をちゃん呼びで! ってか巨乳ロリっていうなぶちころすぞこのアマ!!」

「「「やめて姉御」」」


 イケメン三人衆が青ざめながらシルビスの口や手足を抑える。


 牧歌的でのほほんとしていて心優しい種族と言われているノーム種だが、ルイードと関わってからというもの柄の悪さに拍車がかかっていく。


「オメェが何処の誰かなんて俺様の知ったこっちゃねぇが、そんなんでダンジョンに行けるつもりかぁ?」


 やっとルイードが本来の口調で語り始めた。


「四等級っつーても、どうせ豹人種のお仲間が頑張ってくれたおこぼれでなれたようなもんだろ。テメェ自身は大して鍛えられてもいねぇし、足の運びも素人同然だ。どこの冒険者がそんなに鞘をガチャガチャ鳴らしながら歩いてる? そんなんでダンジョンに入ったら魔物共が集まってきてすぐにコレだ」


 ルイードは首元に親指を突きつけて横に引いてみせた。


「さっき私にボコボコにされた分際でよく言う」

「ほんとはボコって鼻っ柱を折るつもりだったんだよ! ってか突然おっぱい見せるのは卑怯だろうが!」


、見せたんかい!」


 シルビスは悲鳴のような声を張り上げた。

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