第115話 ウザい外国人と謎のギルドマスター

「それ誰ですか! どこで拾ってきたんですか! てぇか、またおっぱいですか! ここにもおっぱいあるのにどうしてそんなにおっぱい拾ってくるんですか!」

「俺様をおっぱい収集家みたいに言うな、こら」


 シルビスは見知らぬ美女に警戒心を強めるが、ルイードは面倒くさそうに髪を掻くだけだ。


「ほう。これは元気な少女だ」


 美女は美麗に微笑む。


「私は東の国から来たレティーナという者。これでも四等級の冒険者だ。よろしく頼むぞ巻き角の少女」


 美女はキリッとした顔でシルビスの大きな胸元に視線を落としている。その視線になぜかシルビスは全身の産毛が逆立つのを感じた。


「とりあえず聞いときますけど、ルイードさんとどういうご関係で?」

「うむ、街の入口でこの男にウザ絡みされたで、ギルドまで案内してもらったのだよ」


 少しドヤ顔した美女に対してこの場にいる全員が「ふーん」と白けたような顔をする。きっとルイードが勝つか負けるか、この美女を導いたのだろう。


「それはそうと諸君に尋ねたいことがあるのだが、黒い豹人種レオニールを見かけなかっただろうか。私と同じ東の国の風体をしているはずだ」

「豹人種?」


 シルビスたちは首を傾げた。


 王国で豹人種は珍しい人種である。


 主に東の王朝辺りに多い人種なのだが、王朝と王国の間には「白髪の山」と呼ばれる高山を含めた巨大山脈が横たわっているので交流が少ない。だから豹人種を見ることは稀なのだ。


「困ったな。私と共に旅をしている仲間なのだが、途中ではぐれてな。この街を目指していたのでもしや先に来ているのではないかと思っていたが……」


 全員が首を横に振って知らない事を伝えると、レティーナは少し困った顔をした。


「ふむ。シンガルルめ。私より遅れての到着か? あやつに金と荷物を預けているので今夜の宿にも困るのだが……(チラッ)。しかも私は空腹ときている(チラッ)。これはとても困ったことになったな(チラッ)。うーむ、やつに限って危険はないと思うが私が無一文ではなぁ(チラッ)」


 レティーナは一言毎に目線をシルビスに送る。「金を貸せ」とでも言っているのだろうか。その態度にシルビスがピキピキと血管を浮かべても仕方ないだろう。


「えーと、レティーナさんでしたっけ。この街は一応王国の『首都』だし、街の周りに野盗は多くないですよ。ちょっと離れたらいるかもですけど。だからお仲間さんもすぐに着くと思いますから安心してそのあたりに座って待ってればいいんじゃないですかね!」


 息継ぎもしないような勢いで言うシルビスは、賭博に金を注ぐことには躊躇しないが、金を貸し借りすることは大嫌いなのだ。


「それと! 他国の冒険者は等級証明書をするとこの国の証明書を貰えるらしいですし、困った時には給付金とかの貸付もあるそうですよ! 後はどうぞギルドの受付嬢にでも聞いてください!」


 シルビスは遠回しで「さっさと失せろ」と言っているのだが、レティーナは右手でシルビスの手首を取ると自分の左手を手の甲にかぶせた。


「たくさんのことを教えてくれて、君は実に優しい冒険者だ。ぜひ私の配下として共に冒険の旅に行こうではないか」


 レティーナはシルビスの手の甲に指を這わせた。まるで愛撫するかのようなフェザータッチに、シルビスはますます逆毛立ってその手を振り払った。


「何が配下ですか! どこから目線で言ってやがるんですか? もしかして東の王族とか貴族なんですか!? まさかそんな貴い人が冒険者になって他国まで来るなんて、追い出されたとか悪さして逃げてきたとかですか!?」

「いいね、そのマシンガントーク」

「ましんがん?」


 シルビスはその単語の意味がわからなかった。


「あー。こいつ、稀人なんだわ」


 ルイードは髪を掻きながらどこか遠くを見るように顔を背けながら言う。


「王国以外に稀人!?」


 全員が驚く。稀人は王国中心に顕現するので、他国は稀人との血縁を求めて王国と友好関係を築いている部分もあるのだ。


「あくまでも王国中心に現れるってだけで、他の国に稀人が来るのもゼロじゃねぇからな」

「その通り。私は稀人だが、生まれも育ちもこの世界だし、こちらの世界にいる時間のほうが長い。差別せずに接してくれると嬉しい」

「ちょっとルイードさん。また侯爵とか伯爵とかの家に転生して生まれてきた稀人じゃないでしょうね!」


 シルビスはレティーナと距離を取るためにルイードの背中に隠れながら聞いた。


 人口比率で圧倒的少数である王侯貴族の家に稀人が転生してくる確率は相当低い。スペイシー領のランザや先日の婚約破棄されたアモスは「稀有な例」なのだ。だが、ルイードが関わっているだけで「稀有な例」が頻発することも考えられるとシルビスは学習していた。


「あー、うん。それでなぁ。ちょっとオメェらに相談なんだが」


 ルイードは何処かバツが悪そうだ。


「ちょっとここでは話せねぇ。ギルドマスターの部屋で話そうや」

「ギルドマスター!?」


 全員の声が揃う。そこにはレティーナの声も含まれていた。


「そ、そういえば東の冒険者ギルドって、ギルドマスター誰なの?」


 シルビスが疑問を口にするが誰も答えられない。街に四つある冒険者ギルドで、ギルドマスターの所在が全くわかっていないのはここ、東の冒険者ギルドだけだ。


「誰も見たことないから七不思議に数えられてるらしいぜ」


 ガラバは続けて「ルイードの酒場にいる三人娘の名前がわからないのも七不思議の一つなんだが、そんなことよりギルドマスターが誰なのかわからないって方がインパクトでかいよな」と言う。


「俺、カーリーさんかと思ってた」

「彼女は受付の統括っしょ」


 ビランとアルダムはエルフ種の鉄面皮女カーリーを探したが、今はギルド内にいないようだ。


間者スパイの間でも謎とされている」


 シーマはルイードの酒場で働いている殺し屋たちとも懇意にしているので、社会の裏の奥底の情報まで得ているのだが、それでもこのギルドのマスターについては謎のままだ。


「どうしてギルドマスターの部屋にこんなチンピラがいけるんだ? というか皆の話からするとここのギルドマスターは姿を見せたことがないのか? 名前も知らんのか? 王国ではそんなことが許されるのか」


 レティーナの疑問は当然だが、カーリーがこのギルドを仕切っているように見えていたので誰も不可思議に感じていなかった───ということ自体が疑問だった。どうして「謎のギルドマスター」という怪しげな状況に疑問を抱かなかったのか、と。


 まさか超強烈な認識阻害の魔法が常時発動していて、誰もギルドマスターの存在を強く意識できないようになっているとは、長いことギルドでたむろしているシルビスたちも知らないことだ。


「ほれ、行くぞ」


 ルイードに促され、いつものメンバーとレティーナはギルドの受付嬢たちが見守る中、階段を上がって二階のテラス階を抜け、誰も見たことがない三階に上がった。


 階段の先には豪華な扉が一つ。


 扉の表面には「王宮かよ!」とシルビスが突っ込まざるを得ない金銀細工のレリーフが施されており、冒険者ギルドのマスタールームとしては豪華過ぎると言わざるを得ない。


 頭かきかきしながらルイードは勝手知ったる様に扉を開け、謎多きギルドマスターとの対面に、全員がごくりと喉を鳴らした。

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