第117話 男でも女でもウザいやつはウザいという真理
「それなんだがなー」
ルイードはまた端切れが悪くなった。
「オメェらも知っての通り、サンドーラ伯爵のとこの息子……アモスは転生稀人で、しかも元の性別が女だろ?」
「なんかそんなことを聞いたことがあるような」
どこかなよなよしている気はするが【アモスフィットネスジム】に通っているシルビスからすると、指導しているアモスの肉体は引き締まっていて性別と精神が逆転しているようには感じられなかった。
実のところ、アヤミという名前の女子高校生だったアモスは、その生前と同じくらいの年齢を男として過ごしてきたおかげか、男であることにも馴染んでいるのだ。
「レティーナもソレなんだ」
「?」
「性別は女だが、中身は男だ」
ルイードがため息混じりに紹介すると、王朝の皇女であるレティーナが「そうなんだ」と頷いた。
「だから私は女が好きだ。できれば巨乳でかわいいのがいい」
そう言ってシルビスに向けてウインクするあたりからして、生前は女たらしだったのだろう。
「だから触られると鳥肌が……」
シルビスは強く納得したようだ。
「というわけで私の事情がわかってもらえただろうか。私の心は男なのに、王位目当てに寄ってくるバカな男どもの中から選んで結婚しろと言われて辟易していた。同じ男だからわかるが、やつらは女の体と王位にしか興味がないクズばかりだ。だから、この国まで逃げてきた」
レティーナはそう言うと、ソファの上で胡座をかいた。
「ちなみにこの世界に転生してきて結構経つが、未だに男に抱かれるとか冗談ではないと思っているので私はどうて……いや、処女だ」
「うん、聞いてねぇから」
やはり歯切れが悪く、ルイードの方が辟易しているのは明らかだ。
「ルイード様にも苦手なタイプがいるんですね」
珍しくカーリーが口元を笑みの形に変えた。それを見たレティーナが「おお、美しい微笑だ。あの顔から何度でもいける……」とボソリと言った瞬間、カーリーの表情は元の鉄面皮に戻ってしまった。
「別にこいつが苦手なわけじゃねぇよ。王朝絡みってのが面倒くせぇんだ」
過去、レティーナのように複雑な性質の稀人は何人もいた。アモスもその一人だ。それはそれで扱い様があることをルイードはわかっている。それでもなにか嫌そうにしているのには別の理由があった。
「王朝かぁ、めんどくせぇなぁ」
ルイードはぽりぽりと頭をかく。
どんな面倒事にでも首を突っ込んでいたあのルイードがここまで面倒くさそうにしているのを見た面々は「王朝ってそんなにヤバいのか」と引き気味だ。
「王朝は王国を始めとする三大国家と国交が薄いのはもちろんのこと、独自の宗教観を持っていて、あのサマトリア教会ですら立ち入っていないのです。ルイード様が仰る面倒とは、王朝とは価値観が違いすぎて話が噛み合わないからです」
カーリーが説明する。
王国、帝国、連合国にはサマトリア教会という共通の宗派があり、国が違えど根っこは同じ宗教観と価値観で繋がっている。だが、王朝はその三大国家と山脈て隔たれているせいか、独自の宗教と価値観を持っているのだ。
「別の神とか面倒くせぇんだよなぁ」
ルイードのボヤキに誰もが「宗派が違うから」と勝手に納得したが、そうではない。
この世界には様々な神がいて決して神の存在は一つではないし、絶対神もいない。それだけに神様業界では「他の神の支配下は不可侵」という不文律がある。ルイードも元はウザエルと呼ばれた大天使であり、いかに堕天しているとは言えその業界の掟にはあまり触れたくないのだ。
『特に皇女とか面倒くせぇ。あっちの神の代理者みたいなもんじゃねぇか。ってか、
「忘れるところでしたが、ルイード様。王妃様から勅命を預かっております」
何かを察したのか、カーリーは上質な便箋を懐から取り出してルイードに差し出した。
嫌な予感しかしないルイードは、口をへの字に曲げながら乱雑に便箋を開けて中身を見る。
【王朝が稀人皇女の身の安全を確保するように要望を送ってきた。知っての通り私の立場ではあちらの神の使徒をあれこれできないので、貴様がいい感じにやれ】
いつもながら命令が雑である。
そしてこの王妃は、レティーナがやってきてこれから面倒なことが起きるとすでに予見していることもわかった。
「ちくしょうめ」
ルイードは悪態をつきながらもレティーナを見た。
「オメェ、ダンジョンで名声を掴んでそれからどーすんだって?」
「ん? 私はこの地で名声を掴み、平和に暮らそうと思っている。見回した限り美人が多いからな!」
「いやいや、稀人を国が簡単に手放すと思ってんのかよ。それでなくてもオメェは皇女だぞ」
「さっきも言ったが王朝とて愚かではない。すぐに私の代わりを仕立て上げるだろうし、私は皇女の身分をきれいさっぱり捨てたつもりだ。だからそのような態度も許している」
最高身分の皇女に対してルイードの態度は不敬罪に問われても仕方ない。だが、ここは王朝ではないので罪とはされないだろう。
「てぇか、今のままだとダンジョンに行っても死ぬだけだぜ。オメェの相方の
「シンガルルは王朝最強の戦士だぞ?」
「知らねぇよ! オメェが弱すぎるって話してんだ。シルビス、こいつとアームレスリングしてみ?」
シルビスは「えー」と嫌そうな顔をしたが「アモスのとこで鍛えた腕力を見せてやれ」と発破をかけられたら俄然やる気を出した。
「ふふ、こんなロリ巨乳と腕相撲などさせて。私はこれでも王朝では勝る者なしの女傑と言われていたんだぞ?」
そうドヤ顔したレティーナは、シルビスと手を組み合わせた瞬間、「え」と間抜けな顔をしてしまった。
柔らかそうでリーチが圧倒的に短いシルビスの腕は、いとも簡単にレティーナの筋肉が浮き出て引き締まった腕を倒したのだ。
「す、すまないシルビスちゃん。もう一度いいかな? ちょっと油断していたようだ」
「……せーの」
ペチッと抵抗も何もしていないようなスムーズさでレティーナの腕は倒される。
「ちょっと。力入れてるんですか!」
「イヤ……お、おかしいな……は、はは……」
自信が揺らいだレティーナは顔を引きつらせている。
ちなみにこの場では誰もやってみせなかったが、アモス式トレーニングを積んでいるシルビスに腕相撲で勝てるのはルイードだけである。三等級冒険者であるイケメン三人衆ですらシルビスのぷにょ腕には勝てないというのだから、【アモスフィットネスジム】が会員にどれほどの鍛錬を積ませているのか謎だ。
「というわけで、オメェは基礎体力づくりからしてもらおうか。シルビス、アモスの所に連れて行ってくれ」
「女性専用の本店? それともルイード街にある男女OKな二号店? 本店ならアモスさんの指導だし、二号店ならアイラの指導になるけど」
「女性専用がいい!」
負けて顔を引きつらせていたレティーナが興奮気味に言う。精神が男なだけに、欲に忠実なようだ。
「りょうかーい」
気軽に返事したシルビスの顔は非常に悪い表情になっている。
「くっくっくっ、あの地獄のトレーニングを受けたらきっと泣きながら国に帰るはず」
「そういうのは思ってても口に出すな」
ルイードは呆れたようにシルビスを注意したが、まさかこの先の展開であんなことになろうとは想像もしていなかった。
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