第111話 裁判はウザ王妃の独壇場
「あーしは一体……」
頭の中から霧が晴れたような気分になったアイラは、目の前で怒りに満ちた顔をしているアモスに「はっ!?」となり、その場で土下座を始めた。
「ほんとに悪かったと思ってます。まさか死ぬなんて……」
「この期に及んで言い訳しちゃうんですか」
「い、いえ、ほんとにすいません……」
「僕が死んでからのこと、聞かせてもらっていいですか」
「……はい」
アイラはありのまますべてを話した。
すべてを聴いたアモスは「お母さん……」と涙をこぼした。
「あんたのせいで、僕のお母さんまで!! どうしてくれるんだよ!!」
「はい……」
「───死ね……、死んで詫びろよクソビッチ!!」
怒りのまま怒鳴り散らすアモスに、アイラとその手下たちは黙って俯くしかない。
「この子も一度死んでいるのだから、もういいじゃない」
屋内探索から戻ってきたチルベアが優しい声を掛ける。
「チルベア!? なにを知ったようなことを───」
「知ってるから言ってるのよ、アヤミ」
「えっ」
この世界に来て誰にも話したことがない自分本来の名前を、どうしてメイドのチルベアが知っているのか。
「神様の悪戯かしらね。私まで転生するなんて。それもアヤミと同じ年頃の女の子に」
「……お母さん? うそ、チルベアがお母さん!?」
「なぜだか今思い出したのよ。私が私だってことを」
チルベアはアモス微笑むと、アイラにも微笑みかけた。
「ごめんなさいね。あなたを殺したのは私よ」
「あ、ああ……あああ」
「せっかくこうして生きているのだから、前世のことは水に流しましょうよ。ね?」
号泣して抱き合う親子と、罪を許され泣きじゃくるギャル。その人間たちの姿を冒険者ギルドの屋根の上から眺めていたルイードは、葉巻を燻らせながら大きな青空を見上げた。
「いつもながらめんどくせぇことしてやがるぜ、まったく」
毒づきながら、唇は薄笑みを浮かべている。
「さて。同僚の後始末をしなきゃなぁ」
コキコキと首の骨を鳴らしたルイードは、ふぅと紫煙を吐きながらギルドの屋根を蹴って飛翔した。
■■■■■
王国の司法判断を行う元老院会議。
その被告人席に座るキャリング公爵とエチル王女は、周りを国の重鎮に固められているというのに、ずっとヘラヘラしていた。
アイラはアモスから放たれる人智を超えた殺気を浴びて我に返ったが、この二人は未だ「魅了の函」に毒されているままなのだ。
「では、アモス・サンドーラ伯爵令息に廃嫡を命じたという話は事実であると認めるのか」
「はいはい、そうでーす」
エチルは巻きに巻いた金髪の先端をいじりながら気のない返事をする。
「それをキャリング公爵は容認したのか」
「だってさーエチルっちがそうしたいって言うしー。パパ的には娘の幸せ的なものを考えるわけじゃん?」
あまりにも不敬な言動に元老院の重鎮たちは困惑している。この場に呼び出されただけでも貴族として非常に危うい状態だと言うのに、この親子は全く意に介していないのだ。
「なるほど」
議長席に座る王妃は眉を寄せた。
「元老院の皆の者。妾はこのうつけ者どもに
元老院の裁判においてもヘラヘラしていたキャリング公爵とエチル王女は、突然王妃の手の中から生まれた「光」を浴びせられた。
王妃はこの王国始まって以来、
光が薄れた時、二人は愕然としていた。
「わ、私は一体……あ、ああ……なんてことだ!」
キャリング公爵は元の自分を取り戻してその場に崩れ落ちた。一瞬前にエチルっちなどと口走っていた男とは思えない悶絶ぶりである。
「あ、ああ……私、私は……私は!」
更にダメージが大きかったのがエチル王女だ。
バカではあったが公爵令嬢として身を立てていたはずなのに、アバズレのように様々な男に足を広げ、学内では弱き者を挫き嘲笑った。そして今も娼婦よりも恥ずかしい服を着て人前にいる。その事実は、舌を噛み切って死にたいほどの辱めだった。
「元老院の皆もわかったであろうが、どうやら妾の臣下を怪しげな力で洗脳した輩がいるようだ。この者たちに大きな罪はない」
元老院のざわめきが止まらない中、顔面蒼白のキャリング公爵が震える唇で言葉を紡ぐ。
「王妃様、恥の上塗りではございますが申し上げます! 我がキャリング公爵家は、仰られた通り操られていたのです! 荒唐無稽なことで信じてはいただけないと思いますが、事実でございます!」
「まったく、王家筋がなんと脇の甘いことか。だが、貴公らを責めるつもりはない。罰せられるのは貴公らを洗脳した者だけである」
王妃が優しく語りかけると、それだけでキャリング公爵は安堵し、涙がこぼれた。
『この絶対的な安心感はなんだろうか。王妃陛下の元にいれば私は救われる。そんな気になる……』
「では下手人の名を言えるか、キャリング公爵」
「はっ。それはグラ男爵の息子、ロウラで間違いございません」
「ではロウラを重要参考人として引っ立てよ。それとエチル王女」
「……はい」
「貴女は王位継承の序列から外す。貴女がやったように廃嫡までは命じぬから安心するが良い」
「……は、はい」
「言うておくが、序列から外す理由は今回の不祥事にあるのではない。貴女は元々が甘やかされ、愚か過ぎる。サンドーラ伯爵のご令息がフォローしていなければ身支度一つ出来ぬであろう? そんな貴女がもし王位につけば、この王国が滅びかねん。第一序列や第二序列の王女たちは、寝る間も惜しんで政治経済の勉学に勤しんでいるというのに、貴女はなにもしておらんではないか」
「は、はい。その通りでございます……」
王妃が有象無象いる王侯貴族をここまで調べ上げていることに、キャリング公爵とエチル王女はもとより、元老院の貴族たちまでが平伏した。
「それともうひとつ。エチル、貴女は退学だ」
王妃は紙の束をめくりながら言うと、王妃の近くに座っていた校長が深く頷いた。
「王妃様! そ、それは洗脳されて操られただけの私めにあんまりな……」
「洗脳されていたとは言え、貴女が行ってきたことは実に酷いものだ。学校内の理不尽なイジメ、街中での窃盗、数限りない男たちとの淫行……。家紋を後ろ盾に好き放題やっていたのは覚えておろう? そんなことをしていた貴女が学校に戻ったらどうなるのか、想像できるか?」
「そ、それは……」
いくら洗脳されていたからとは言え、クソビッチ化して酷い行いをしてきたエチルが学校に戻ったら、周りからどんな扱いを受けるのかくらいは、いくらバカでも容易に想像ができた。
「わかるであろう? 貴女は退学して家でおとなしくしておれ。王国内にいれば一生笑いものにされるであろうから、いずれ他所の国の身分ある者との縁談をよこしてやる。よいなキャリング公爵」
「温情賜り感謝しかございません」
父親が頭を下げたのでエチルも頭を下げざるを得なかった。
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