第110話 センター街の悪夢は反省していたけどやっぱりウザい

「僕がサンドーラ伯爵の息子と知っての狼藉ですね? いくらあなたが稀人でも、許されない行いくらいはわかりますよね」


 使える家名はとことん使う。アモスは武力でも地位でも圧倒的優位に立ったまま、アイラたちを睥睨した。


「それと、後ろでアホ面してるみなさんも僕と───伯爵家と面倒事を起こす覚悟があるんですね?」


 アイラ武勇血盟の冒険者たちは伯爵の名前を出されたことで、完全にビビっていた。


 稀人のアイラと違って、幼少時からこの世界の階級制度カーストの中で生き、それが骨身に染みていることもあるが、さらに彼女たちはというカーストの坩堝みたいな狭い世界に身を置いているので必要以上に上下関係には敏感なのだ。


「いや、その……」

「あたいらはちょっと……」


 自分の手下とも言える血盟員たちの腰が引けたのを見て、アイラは目尻を釣り上げた。


「はぁー!? あんたがどこの何様だろうと関係ないね! を舐めんじゃないよ!」

「そうでしょうね」


 アモスは微笑んだ。目が笑っていない邪悪な笑みだ。


「あなたはそうやって誰にでも突っかかり、人一人線路に突き落として殺したんですからね」

「え……、なっ、なんであんたがそれを!?」

「僕がその落とされた女だからね」


 アイラの顔色が変わる。


「う、うそ。だってあんた、男……」

「僕はあなたと違ってこの世界に生まれ変わったんだ。それが男だったというだけのことだよ」

「マジで……」

「僕を突き落としたあなたの顔は絶対忘れない」




 ■■■■■




 あの時、何の考えもなしに「ただ自分の前にいて邪魔だったから」という理由だけで見ず知らずの女子高生を突き飛ばした。


 どういうわけか派手に蹌踉めいた女子高生は線路に落ち、そのまま電車に轢かれてしまった。


 その時のアイラはどうかしていた。


 目の前で起きたことが非現実のように思え、仲間と一緒に笑いながらスマホで録画した。同調圧力とでも言うのだろうか、そうしなければこのギャルたちと作った「上位カースト」の中にいられない気がしたのだ。


 だが、人一人殺しておいて笑いながら撮影しているアイラの姿は、鬼畜以外の何者でもない。その様子を他の客たちが撮影してSNSに上げたとしても不思議ではなかった。


「お前、なんてことをしたんだ!」

「はあ!? はちょっと押しただけで、勝手に落ちたのはあいつじゃん!」


 見ていた乗客たちから詰められたアイラが放ったその言葉も動画に収められ、これが引き金となり世界中に拡散されるほどに大炎上。青少年保護条例を無視し、画面加工なしでアイラの顔は連日ニュースで取り上げられた。


 結果、学校は退学させられ、友達は潮が引いていくように消えてしまった。学生でなくなればスクールカーストもなにもあったものではないとその時初めて気が付いた。


 もちろんそれだけでは終わらない。


 住所氏名はもちろん、通っている学校や今までの男経歴まであることないことネットに公開されて、現実でも誹謗中傷を受けた。親は会社を解雇され、母は満足に買い物もできなくなり、弟はいじめられた。


 それとは別に遺族と鉄道会社に多額の賠償金を払わされることになり、実家は売られて一家は離散。アイラはちょっと考えなしに人を押したせいで、自分や家族の人生を破壊してしまったのだ。


 それから数年───少年院から出所した時には、誰一人アイラを迎えに来なかったし、家族の居場所も連絡先もわからなくなっていた。


「あーしがバカだった……」


 斜に構えて「明日のことなんてどうでもいい」と信じ切っていた自分を殴りたい。


 だが、すべてを失ったアイラが今更反省したところで事態は変わらない。


 これからなにをするべきかもわからず、公園で呆然と座っていると老婆が横に腰掛けてきた。


「あ、ごめんねお婆ちゃん。あーし、すぐどくから」

「いいのよ。それよりあなた、困った顔をなさっているわね。どうしたのかしら」

「実は……」


 アイラはありのまま全てを老婆に告白した。


「ほんとにあーしがバカだったの。突き飛ばしたあの子に誤りたい……」


 すべてを聞き終えた老婆は、アイラの脇腹に包丁を突き刺した。


「え」

「娘の仇をやっと取れるわ。その反省は地獄でしなさい」


 老婆は引き抜いた包丁で自分の胸を刺し、アイラより先に動かなくなった。


 痛みと苦しみ、そして贖罪の涙をこぼしながら、アイラもこの世を去った。───だが、まさかその姿のまま異世界で目覚めることになろうとは。


 自分が何処にいるのかも分からずに狼狽えていたアイラは、偶然にも通りかかったキャリング公爵に拾われた。


 公爵家は【稀人】であるアイラによくしてくれたがこれは「良い人だから」ではない。稀人は国家発展の要であり、そうすることが王国貴族の義務なのだ。


 特に公爵家の一人娘エチルはアイラと親しくした。


「そのお化粧とても素敵ですわ。まるでマウンテンバブーンみたいに派手で」

「え、そんな絶滅危惧種のヤマンバみたいに言わないでよーwwww てか、あーしの化粧法、教えてあげるからやってみ!」

「い、いえ、あの、貴族言葉ってご存知かしら?」


「とても動きやすそうなお召し物ですこと。下着を見せるのが異世界の流行りなのかしら」

「これパンツじゃねーし。見せパン? 見られてもいいやつね!」

「ですが殿方からすればそれと下着の区別はつかないのでは?」

「いいのいいの。あーしがパンツ見れてないと思っとけば!」


「その砕けた言葉遣いはとてもかっこいいと思いますの。ですが淑女が使うにはとても……」

「あーしが超教育したげるから! そんなお嬢様学校の子みたいな喋り方、ほんと下がるからー」


 どういうわけか「この子は素質があるな」と思ったアイラは、良かれと思って深く考えずにエチルをギャル化することにした。案の定、エチルはすぐにギャルの沼に落ちてしまった。


 そうして異世界で面白おかしく過ごしている頃、ロウラという男が公爵家にやってきた。


「エチル王女にご挨拶を」とアポイントなしでやって来た男はグラ男爵の養子らしく、公爵家とは縁は皆無だ。


 自分を売り込みに来たとしたらそれは実に分不相応な来訪だが、爵位を持つ貴族の子を無碍に追い返すわけにも行かないので、エチル王女は挨拶だけすることになった。


「アイラ様もご同席くださらないかしら? 私、少し怖くて」

「いいよー、まかせてー。嫌な男だったらあーしがバチコーンするから!」


 こうして二人はキャリング公爵と共にロウラ・グラ男爵子息と会った。


 そして……なぜか彼のためになら死んでもいいと思えるほど心惹かれ、多数いる女の一人に収まった。


『どうしてこうなったんだろう』

『また、前みたいなことをしてる自分が恥ずかしすぎる』

『あーしはどうしてこんな男と……』


 たまにそんな思いが浮かぶが、ロウラが胸に下げているペンダントを見たらどうでもよくなってまた心酔する。


 だが、今、目の前にいる「自分が殺した子」に睨みつけられて、アイラはその呪縛から解き放たれようとしていた。

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