第106話 殺し屋ニギヴはウザ舞い戻る
私の名はニギヴ。
自分で言うのもなんだが、【影踏みのニギヴ】という二つ名で呼ばれ、巷では「王国にこの人あり」と謳われていた伝説の殺し屋だった。
ああ、全部過去の栄光だ。
すべての歯車が狂ったのは、忘れもしない「スペイシー領の貴族暗殺依頼」だ。あの仕事を放棄した私の名声は地の底まで落ち、その後は仕事が回ってこなくなった。
王国内にいくつかある闇ギルドを転々としたが「殺す前に依頼放棄した殺し屋なんぞ雇えるか」と何処に行っても話にならない。ちなみに同じ依頼を受けていた殺し屋たちは業界から姿を消したらしい。
ああ。
すべては「ウザ絡みのルイード」と関わってしまったせいだ。
あの男は決して触れてはいけない存在だった。魔王配下の魔族でもアレほど不可解ではなかった。とにかく相対した時に私の本能が悟ったのは「次元が違う」ということだけだ。
だが、所詮彼は冒険者だ。
住む世界が違えば会うこともあるまいと思った私は、ルイードが絡んでこない貴族絡みの仕事を探した。
前回、彼が貴族の相続問題に絡んできたのは、ターゲットが冒険者になりそこないの荒くれ者にまで堕ちていたという「特殊事例」だったからだ。
普通の貴族が冒険者みたいな最底辺に関わることはまず「ない」と言っていいし、冒険者も有名血盟に所属している高い等級持ちでなければ、滅多なことでは受けられない。
だから私は成り上がりが多い下級貴族社会に絞って依頼主を探した。
なぜ下級貴族かと言うと、彼らは落ち着いている上級貴族たちとは違い、ライバルを蹴落とすための諜報活動や風説の流布が当たり前になっている。場合によっては邪魔者を人知れず始末することもある。そこに私の仕事があるのだ。
そして見つけたのが新興貴族のグラ男爵家だ。
この男爵家は成り立ちが最近だ。
周辺の小国が調子に乗って王国領土を侵犯してくるのを、小規模の部隊で防いだ功績を湛えられ、最近男爵を叙爵したばかりだと聞いている。こういう成り上がりの貴族は敵も多いので仕事はありそうだ。
グラ男爵家に行ってみると、実に変わり種だった。
他の貴族から「貴族は臣民に施しを与えるものである」と言われでもしたのだろうが、スラム街から養子を取っていた事に驚かされた。
貴族が慈善行為として孤児を養子に迎えることはよくあるが、それでも普通は「ある程度身元の確かな子ども」に限定して孤児院から引き取るものなのだが……。
それだけではない。
近年、実の息子たちが次々に不審死しているというのに、両親はケロっとしてして、養子に迎えたロウラを溺愛している。
これは傍から見ても異常ではないかと思ったが、メイドたちもケロっとしているという不可思議な感じだった。
この家は変わり種、いや、何処かおかしい。私の勘がそう囁いていた。
その不安は的中し、私が雇用されてからというもの、使途不明な金の使い込みが発覚したり、屋敷の老齢メイドたちが仕事もできない美女に入れ替えられたり、養子のロウラがそのメイドたちとイチャコラしていたりと、いくら新興貴族でもそれはないだろうといわんばかりの堕落っぷりだった。
私の勘が「この異常はロウラがやった」と囁いている。
おそらくこの家の家督を継ぐために、邪魔な実子たちを殺したのはロウラだろう。その殺害依頼で家の金を使い込んだと考えると辻褄が合うし、メイドを総入れ替えして自分好みの女達で揃えたのもロウラだ。
だが、そのわかりやすい所業を男爵夫妻や周りの大人たちが許容するだろうか? さすがにそれはありえない。ありえるとしたらロウラがなんらかの方法で大人たちを屈服させているとしか……。
その疑念はある日から確信に変わった。
スラム出身の教養もない青二才が、殆ど接触機会もなかったはずなのに、王位継承権を持つエチル王女に気に入られ、婚約者から寝取ったのだ。
公爵家の令嬢が、数回会っただけの男にそこまで傾倒するだろうか。これには不可思議な力が働いているとしか思えない。
そう私が不審がっていると、ロウラはそんな私にもなにかを仕掛けてきた。
彼が常に身につけているペンダント。それにぶら下げられている黒い立方体がなんらかの「魔道具」なのだろう。それを私に見せて「あなたは私を溺愛する。命を賭すほどに私を深く深く愛するのだ」と宣ったのだ。
だが、私には通じない。
どうして私が【影踏みのニギヴ】と呼ばれているのか。
実は私が普段表にさらしているのは実態ではなく幻像なので、いくらでも姿かたちを変えられる。そして、私と戦ったとしてもその攻撃は幻像にしか行かず、本体の私は全くダメージを与えられない。それは私の影を踏み続ける行為と同じなのだ。
私の幻像に術をかけて、すっかり自分の信奉者に変えたと思いこんでいるロウラには悪いが、私は何も変わっていない。が、術に掛かった振りはしている。この若造が何をしようと私の仕事とは無関係だからな。
───ある日、そんなロウラに呼ばれてテラスに行くと、仮面をかぶった魔法使いが口から血を吐いてテーブルに倒れていた。
「仕事をお願いしますよ、【影踏みのニギヴ】さん 」
暗示に掛かっている振りをしている私は、表に見えている幻像を微笑ませた。
「そちらのご遺体の処理でしょうか、ロウラ様」
「ええ、頼みます。屋敷の地下牢にでも入れといてください。後で庭に埋めましょう。それと仕事をもう一つ………。サンドーラ伯爵の一人息子、アモスを始末してきてください」
「かしこまりました」
「理由を聞かないんですね」
「ロウラ様のご命令に理由は必要ございません」
私の幻影がもっともらしいことを言うと、ロウラはゾクゾクしたように嬉しそうな顔をした。
可愛そうなことに、この青年は人を隷属させることの快感を覚えてしまったようだ。もう二度と真っ当な人生は歩めないだろう。
やっと殺しの仕事を得た。
だが、伯爵家を廃嫡になったと噂されるアモスを探すのには難儀した。アモスが職にあぶれて冒険者にでもなっていたら、またしてもルイードとの接点ができてしまうので、慎重に調べることにしたからだ。
ちなみに冒険者ギルドの所属メンバーを確認するすべはない。それができるのは受付嬢たちだけだ。だから比較的調べやすい「職業訓練校」を受けた記録を盗み見した結果───いない。つまりアモスは冒険者になっていない。この一件にルイードが関わってくることはない。よしよし、大丈夫だ。
■■■■■
全然大丈夫じゃなかった。
私はどうしてこうもルイードと関わりになってしまうのか!
アモスはどういうわけか冒険者になっていて、しかもあろうことかルイードに師事して修行している最中だった。
風下から絶対に気配を悟られない距離で、わざわざ望遠鏡まで使って観察していた私は、あっという間にルイードに捕獲されてしまい、アモスの前に引きずり出されてしまった。
ルイードには私の幻像とか全然関係ないらしく、あっさりと幻の姿はかき消されて本体の私が捕まった。この男の前では影踏みのニギヴだなんて名乗れたもんじゃない。
「オメェを監視してたが、こいつに見覚えは?」
「……ないですね」
ルイードはアモスの隣りにいるメイドに視線を振ったが彼女も知らないと答える。それはそうだ。私は本体を人前に晒したことはないのだから。
ある時は人の良い商人風の男。
ある時は恰幅のいい執事。
ある時は絶世の美男子。
私の作り出す幻像はどんな人物の姿にでも成れる。だが、本体の私はどこにでもいる平凡な中年男性だ。
「んー、俺にはどうにも見覚えがあるんだがなぁ」
私はスペイシー領に行きがてらの馬車の中でルイードと会っている。その時は商人風の男の幻像を見せていたが、まさかこの男はその時から本体を見抜いていたのか。
「あー。もしかしてランザを殺そうとしてた殺し屋か。名前は忘れたが」
バレた。もうだめだ。
「ニギヴです……」
「ほーん。で、こんな所まで来て、なにしてんだ」
「それは、その」
私の隣で小柄で丸顔童顔の青年が、微笑みながら拳大の岩を握りしめた。なにをどうしたらそうなるのかわからないが、彼の手の中で岩はさらさらと砂のようにこぼれ落ちて消えてしまった。
「よぅし。肉体を極限まで鍛えて原子を砕くっていう究極破壊の基礎はわかったな? じゃあ次は経絡秘孔を突く修行だ。いい
ルイードが悪魔のように笑い、その弟子であるアモスとメイドが無感情で「アハハハ」と笑う中、私はもう死ぬんだな、と覚悟を決めた。
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