第105話 シルビス、センター街の悪夢にウザ絡みされる
───というルイードの状況を千里眼のような力で見守っていた王妃は、薄笑みを浮かべていた。
場所は王城の執務室で、今は王妃一人しかいない。
「ふふふ。すべての天使に愛された美しく聡明なお前が人間と交わり堕天するとも思わなかったが……。このように右往左往することも想像できないことだった。見ていて実に面白いぞ、ルイード」
王妃はいつまでもルイードを監視していたい気分だったが、そうもしていられない。
執務机の上には山のように書類が乗せられており、目下最速で片付けなければならない問題が手前に置いてある。
「エチル・キャリング公爵令嬢。問題はこの娘ではなくこっちか」
王妃が書類を手前に持ってきたのは、ロウラ・グラ男爵子息の調査報告書だ。
「スラム街出身の男がグラ男爵家に召し抱えられて養子に。次期当主となる息子たちは事故や事件で命を落として、今はその男が家督継承者か……出来すぎであろう」
加えてスラム時代の仲間と縁が切れていないことや、エチル王女との関係も詳細まで書き記してある。
「どうしてスラム出身の教養がない小僧が男爵家に召し抱えられて養子になれた? エチル王女をどのようにして口説き落とした? 敵対者が次々に消えているのは偶然か? ───裏で糸を引いている者がいるな。この私の千里眼でも見通せない者が」
王妃は薄っすらと十二枚の輝ける翼を広げた。
「おのれアザゼルめ。私の臣下や臣民を惑わすか」
■■■■■
そんな感じで周辺が悪役令息絡みであれこれしている頃、シルビスとゆかいな仲間たちは、冒険者ギルドの「いつも倒される役目のテーブルと椅子」席で駄弁っていた。
「やっぱり私としてはルイードさんに
小さな体を乗り出して、テーブルに大きな胸を載せながら熱弁を振るうシルビスは、「ふーん」とやる気なく聞いているゆかいな仲間たちを睨みつけた。
「あんたたち、聞いてる? 聞いてないよね?」
ノーム種の特徴でもある頭の角で熱血のガラバを突くが「はいはい」と払いのけられて、ガラバは横にいるシーマの手を握る。
「そんなことより今日も綺麗だよハニー」
「恥ずかしいじゃないかダーリン」
「んだこらてめぇらぶっころすよ!!」
ルイードに感化されているせいで随分口調が似てきたシルビスを、クールなビランと元気なアルダムが「まあまあ」と宥める。
「付き合いたての恋人なんてこんなもんだよ姉御」
「そうそう!」
憮然としながら椅子に深く腰掛け直したシルビスは、コホンと咳払いした。
「で、どう思う?」
「どうもこうも……」
料理長のジョナサンは、燻銀の声を困らせた。
シルビスたちが座っている席は冒険者ギルド食堂……通称「ルイードの酒場」の近くにあるせいで、なぜかそこで働く者たちもこの会議に参加させられているのだ。
ジョナサンの他にもドワーフ種のシーラナ、エルフ種のトッド、三つ子の三人娘も集められている。
「あたしらは食堂の従業員だから、あんたらが
シーラナが至極当然なことを言うと、トッドと三人娘がうんうんと頷く。
「だから意見よ、意見。あんたたちもルイードさんとは無関係じゃないんでしょ? 血盟を作るって話を持ちかけるのはどうなのかって意見を出してよ」
その問いかけに対する「ルーイドの酒場」の総意は一言「好きにすればいい」だった。
「ちょっと! やる気なし!? てか、この三人娘の名前、知らないんだけど?」
東の冒険者ギルドの七不思議に数えられているのが、全く同じ顔、声、仕草で行動している三人娘の名前だ。
彼女たちの事を知る者がいるなら、その名前も漏れ伝わってくるだろうが、あいにくと彼女たちのことを知る者の殆どは彼女たちの手で殺されているので不明なままだ。
もしも生き残って知っていたとしても、彼女たちの情報など「魔族と人間の間に生まれた
「ま、名前なんかどうでもいいから! 血盟!」
「姉御、どうしてそんなに血盟にこだわってるんだ?」
シーマの手を握りながら、デレデレのガラバが尋ねる。
「この前、くっそむかついたの!」
「?」
「ギルドの依頼で街の西に届け物しに行ったの。そしたら───」
西の冒険者ギルド宛の配達仕事を終えたシルビスは、そのギルド内で稀人の女に絡まれた。
「ツノ生えてるうける~」
貴族でもしないようなけばけばしい化粧をしたその女が稀人なのはすぐに分かった。
ちょっと動けばパンツが見えそうな短いスカートを履いて、ブラウスの胸元は黒いブラジャーを丸出しにするほど開けている。腕輪はジャラジャラついているし、耳飾りもシャラシャラと音を立てるほどぶら下がっていて、ツメはディモールドバジリスクみたいな極彩色に彩られている。こんな格好をする文化はこの国には、いや、この世界にはないのだ。
「うはwwww 超見て! この子、すげぇおっぱいwww」
「なにこいつー。このギルドで見ない顔だけどー」
「他所のギルド所属の冒険者じゃん?」
「え、何等級? わ、すご、四等級じゃん」
「ギルドマスターにおっぱい触らせて等級上げてもらったのーん?www」
稀人の女は、似たような化粧をした女達と一緒になってシルビスを指差して笑った。
多勢に無勢だし他所のギルドだからということもあり、シルビスは耐えに耐え、早足で建物を後にした。
「はぁ? なにあいつ! あーしらのこと無視しちゃったよ? 【センター街の悪夢】と呼ばれたこの私を無視とかありえないからね!」
後ろからなにか投げつけられたが、ちょうどギルドの入り口扉を締めたところだったので、シルビスには何も当たらなかった。だが、扉の向こうから容赦なく投げつけられる罵倒はシルビスを深く傷つけた。
「自分の能力のなさを馬鹿にされるのは仕方ないけど、見た目を! ノームという種族を馬鹿にしたようなあの発言は許せない! ……と、思って西のギルドの受付統括に文句の手紙を出した結果がこちら!」
「手紙とかマメなことしてるなぁ、姉御は……」
呆れながらもガラバは手紙を受け取って読み上げる。
「拝啓シルビス様。当ギルドへのご意見確かに頂戴いたしました。今後のギルド運営の参考にさせていただきたいと思います。宜しくお願いいたします……って、これだけ?」
「裏だよダーリン」
今度はシーマがガラバから手紙を取り、裏返してステンドガラスに透かせてみせた。
「
「さすがハニー。ええと……ご指摘の女は当ギルドに所属している三等級冒険者の【アイラ】で【センター街の悪夢】という二つ名を持つ【稀人】でございます? 姉御、稀人だってよ!」
「知ってるわよ。私もそれを読んだから持ってきたの!」
「こんな姉御ですら隠し文字に気付けただと……」
「あ? どういう意味?」
「い、いや……続きを読むぜ? アイラは【アイラ武勇】という血盟の
血盟は複数の冒険者が徒党を組んだ大きなチームであり、冒険者ギルドが認めなければ血盟を名乗ることも出来ない。さらに血盟を維持するためにはギルドに毎月献金が必要だし、依頼も一定数消化する義務が生じる。
それでも冒険者が「血盟」という組織を組みたがるのは、当然それなりのメリットがあるからだが、一番の理由は「後ろ盾ができる」ということだ。
基本的に関与してこない冒険者ギルドと違って、血盟は血盟員を守るし、富を分け与える。強い血盟に所属していればそれだけでも十二分なステータスになって依頼も取りやすいのだ。
「あんな化粧してる女に馬鹿にされたことも許せないけど、あんなのが血盟を持ってることがさらにムカつく!! 羨ましい!」
「嫉妬かよ。はい、解散」
ガラバが手を叩くと全員散っていった。
「えー! おかしくない!? 私が喧嘩売られて一方的にバカにされたんだよ! 仲間ならどうにかしようとか思わないの!? ……いいもん! 私一人でもあの女泣かすために頑張るもん!!」
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