第104話 ルイード先生のウザ教育 ~火熾し編~

「ふーん? ほんとに今までに指導してきた稀人たちから聞いた知識だけですかぁ?」


 アモスは疑ったように見てくる。


 ルイードは「繰り返して俺は稀人じゃねぇよ」と否定する。まさか自分が元々大天使で様々な世界を見てきたなんて、気狂いと思われるだろうから口が裂けても言わないのだ。


「そんなことより、摂り過ぎちまったホーンラビットで朝飯といこうじゃねぇか」


 ルイードは話題を反らすためにウサギたちを伐採場まで駆け足気味で戻ると、木の棒に括り付けられたままで悶絶しているウサギを二匹下ろした。


「オメェらは火を熾せ。俺様はこいつらを……」


 ルイードは解放されても尚アハンウフンと体をくねらせているウサギの角を持って、スポンと引き抜いた。


「え、そんなに簡単に抜けるんですか!?」

「おう。こいつらの角はすぐに生え変わるからな」


 ルイードは角を失ったウサギたちを野に返しながら言った。依頼の定数を超えて捕獲して持ち帰っても買い叩かれるだけだから自然に戻したのだ。


「そしてこの角を炙って食うのが美味いんだ」

「硬そうですけど……」

「だから炙るんだよ。炙ると表面パリパリ中トロトロのマシュマロみてぇな食感が楽しめるぜぇ」


 こっちの世界にマシュマロはあっただろうかと頭を傾けるアモスだったが、とにかく火を熾さなければならない。


「おい、なにやってんだ。火を熾せって」

「あの、ライターとか……ないですよね。すいません」


 アモスは言葉を止めてうつむいた。文明の利器がなければ火も生み出せない自分の無力さに打ちのめされたのだ。


 そんなアモスの横で、黙々とチルベアが薪を拾ってくる。


「ふむ」


 ルイードが薪を一本手を取って折ると、パキッと小気味いい音がした。ちゃんと乾燥している薪だ。


 しかも燃えやすい針葉樹の細かい枝と、火がつきにくい代わりに着火したら長持ちする広葉樹を少々。これは「わかっている者」の集め方だ。


 チルベアは薪を細い順から格子状に組み上げ、燃えやすい針葉樹の枯れ葉に向けて火打ち石をカチカチと鳴らしてあっという間に火種を作った。


 その小さな火種にほぐした麻紐を加えて徐々に大きくしたら組み上げた薪の下に置く。そして軽く何度か息を吹きかけると焚き火は完成した。


「すごいねチルベア!」

「実家が猟師なので、野営は慣れているんです」

「むしろアモスはなんにも出来ねぇなぁ。なんか一つくらい取り柄はねぇのか?」


 ルイードにどやされて、アモスはうーんと考え込んだ。


「取り柄と言えば何でも眠らせることが……」

「テメェの異能の話はしてねぇ。もっと普通のことで得意なことでねぇのかって話だ!」

「だって大したことない稀人の僕から特殊能力の眠眼スリーピングアイまで取ったら、何も残らないじゃないですか」

「ウゼェガキだなこんちくしょう。絵が得意とか歌が得意とか、なんか人並なことで得意だってことは他にねぇのかよ!

「やはりアモス様は稀人なのですね」


 チルベアの一言にアモスとルイードは「あ」と一言漏らして硬直した。一緒に行動していたのですっかり忘れていたが、チルベアはアモスが稀人だとは知らないのだ。


「あ、あのねチルベア。違うんだよ。あの、そのね? ほら、そういう感じだからさ」

「アモス様が特別だということは常々わかっていました。どう考えてもアモス様の年齢では……と言いますか、私達では知り得ない高い知識をお持ちですし。ただ……」

「ただ?」

「あまりにも身体能力が普通なので、本当に稀人なのかどうか測りかねていました。ですが確信しました。そうなんですね?」


 アモスは観念した。


 そして自分が稀人であり、その中でも特殊能力を秘めた「勇者」と呼ばれる部類であること、実は前世と今の年齢を足すと三十代になること、そして


「僕、前世は女だったんだ」


 という衝撃の事実を打ち明けた。


 今まで告白できていなかったが、転生して男になったとは言え、なのだ。


「だから男なのにそんなナヨナヨしてたのか」


 ルイードは唸った。前世の情報はアモスのステータスには書かれていなかったのだろう。


「てか、オメェ回想シーン詐欺じゃね? もしかして前世からってやつだったのか?」

「なんの話かわかりませんけど、僕は前世でもずっと僕って言ってました」

「あー、うん、あるよ。たまにあるよこういうの。男が女になったり女が男になったりする転生パターン。あるよー……。ああ、くそっ! センシティブな問題過ぎて俺様ついていけないやつだ。どうしようかなコンチキショウ……」


 ルイードはウサギの角を炙りながら溜息をこぼしたが、考えるのをやめて開き直るまでは早かった。


「で、そんなアモスはこれからどうすんだ? 冒険者を続けるつもりか?」

「……日の出前から頑張って、二つの依頼の稼ぎは大銀貨1000ジア九枚でしたよね? たった九千円を三人で分けたら宿も取れない……」

「この国の通貨単位はジアだボケェ! てかよぉ、そもそもオメェの目的は冒険者になることじゃねぇだろ。自分を振った婚約者を見返すために商売したくてその元手を稼ぐ手段が冒険者ってだけだろ?」

「その話、ルイードさんにしましたっけ」

「……されたような気がする。と、とにかくだ。冒険者じゃなくても稼ぐ方法はあると思うぞ!」

「例えばどんな?」

「例えば男娼」


 言った瞬間、ルイードの横っ面にチルベアのベアーナックルが炸裂した。


「アモス様に何を吹き込んでるんですか!!」


 苦笑するアモスの足元に倒れていたルイードは、無傷でムクリと起き上がる。


「まぁ聞け。オメェは童顔だし生前は女だったからしなを作るなんて朝飯前だろ? それに『元貴族の子息降臨!』みたいな触れ込みキャッチコピーなら希少価値もアピールできるし、他の男娼より高値がつく。いくつか場数を踏んで高級男娼になりゃあ、一晩で白金貨100万ジアが飛び交う稼ぎになるぜぇ?」

「イヤですよ」

「貴人にモテモテなのは保証するぜぇ?」

「貴人!? いやですよ! 体を売ることから離れてください! てか僕は元が女なんだから女を抱くとか想像したくないんですけど!」

「だったら男に抱かれるのはいいのか?」


 言った瞬間、ルイードの横っ面に再びチルベアのベアーナックルが炸裂した。


「言うに事欠いて伯爵子息に男色を勧めるなんて!!」

「なんだよワガママ言うな」

「どうしてアモス様に勧める仕事が売春なんですか! アモス様は貴族ですよ! サンドーラ伯爵家に泥を塗り込めるような真似はこのチルベアがさせません!!」


 ふーむとルイードは黙り込んだ。


「やっぱしにしたように鍛えるしかねぇかぁ」

「なんです?」

「いやぁ、あんまりやるとアレ王妃が煩いから、真っ当に冒険者として鍛えようと思ってたんだが、めんどくせぇからもうやっちまおうかな、と」

「え?」

「だから、知識がなかろうが適正がなかろうが、そんなもん関係ねぇくらいとんでもなく無茶苦茶に強くなりゃいいってこった」

「そんなこと、できるんですか?」

「ああ、できるぜぇ」


 ルイードはサディスティックな笑みを浮かべた。

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