第103話 ルイード先生のウザ教育 ~マタンゴとゴケミドロ採取編~
「というわけでやって来ましたミドロ沼」
二人がルイードに連れられてきたのは、伐採場から少し森の中に入ったところにある鬱蒼とした沼だ。
森に入ったばかりの所にあるというのに、なにやら不穏な瘴気が漂い、沼の水面では気泡がボコッボコッと音を立てて生まれては消えていく。
「あー。たまにギララっていう魔物が寄ってくるから警戒を怠るなよ」
「あの、ルイードさん。僕たち次の依頼書は見てないんですけど」
「見た所でなにも変わりゃしねぇ。オメェらにやらせると日が暮れちまうから、最初だけは俺がやってみせる。見て覚えろっつってんだろうが」
「いやそんな無茶苦茶な」
反抗してもルイードは無視して沼の周りを探索する。
「ルイードさん、どうみてもヤバい色の霧吐いてるキノコがいるんですけど!」
「はいそれ採取対象のマタンゴ。よしよしアモス、上から傘の部分を抑えて地面の土ごとえぐり取れ」
「……は、はい。うわ、ネチョネチョする……うわ……なんかやだ……いやあぁぁぁ……」
「息を止めろ。少しでも吸ったらお前がマタンゴになるぜ」
「!!」
息を止めて土に指先を入れるが、いまいち掘り返せない。
「そんなに非力なステータスじゃねぇだろ。ほれ、気合い入れろ。気合いだ気合い、気合いだー(棒)」
「うるさっ……あ、吸っちゃった」
勢いでマタンゴは掘り起こせたが、胞子だと思われるヤバい色の霧が鼻腔を抜けて体内に入っていくのを感じた。
「ふぇっふぇっふぇっ。何事も経験って言うだろうが」
わざと吸い込ませるように仕向けたルイードは、心配そうにしているチルベアの熊耳を引っ張った。
「ひぎゃ!」
ぶちっと数本の耳毛を抜かれたチルベアが悶絶する中、ルイードはその毛を束ねてこよりにした。
「本当は自分でできるようになれよ。ほれ、こっちに鼻の穴向けろ」
「そ、そんな、恥ずかしい(照)」
「何言ってんだアホンダラ。胞子が体内で癒着する前に出すんだ。上を向け!」
強引にアモスの顔を引き寄せて上向かせたルイードは、その鼻の中にチルベアの耳毛で作ったこよりを突っ込んだ。
「へぶっ!」
くしゃみと共に胞子が抜けていくのはアモス自身が体感できた。
「マタンゴの胞子を吸ったらクシャミ一発。よく覚えとけ」
ニヤニヤしながらこよりを耳に戻そうとするルイードに、さすがのチルベアも「それはイヤです!」と、主人の鼻に突っ込まれた耳毛の束を叩き落とした。
「さてマタンゴは採れた。次の採取対象はゴケミドロってやつだが……、ほれ、嬢ちゃんの肩についてるアメーバみたいなやつ。それだ」
「!?」
「あー、そいつは穴から体の中に入ってくるから気をつけろよ。侵入経路は耳だろ~、鼻だろ~、口だろ~、(ピー)、(ピー)、(ピー!!)、ってなんで森の中に禁句の魔法がかけられてんだよ」
ルイードが憮然として天を睨みつける中、チルベアは肩でうごめいている水銀状の生物を、なんとか触れずに払おうと躍起になっている。
「ちなみに体に入られた人間は操られてゴケミドロ繁殖器にされちまう。そして体内で増えすぎたゴケミドロを別の繁殖器に移すために……他人に襲いかかって噛みつく。昔、それである村が壊滅した」
「冷静に説明してないで、これどうにかしてよ!!」
チルベアが泣きそうな顔で訴えてくるが、ルイードはニヤけたままだ。
「そういえば、オメェ。クソ偉そうに俺様を判断するとかなんとか言ってたよな? お眼鏡には掛かったのかい? んー?」
「そんなこと今はどうだって───」
「ちーなーみーにー、体に入り込まれたとしても治療の仕方はある。熱湯を耳とか口とか、体中の穴という穴から流し込んで消毒して、そのあとから治癒魔法で火傷を治すっていう……」
「わかりました! 認めますから!」
ルイードはニヤニヤしながらチルベアの肩にいたゴケミドロをつまみ上げ、試験管の中に入れた。
「体内に入られたらヤバいだけで、別に触ったところでなんてこたぁねぇ」
「それ先に教えてよ!!」
そんな感じで無事に依頼の品を採取したアモスとチルベアは、精神的にも神経的にも体力的にも疲れ果てた。
「おう、やっと日の出だぜ」
遠くの地平から太陽の光が差し込んでくると、泥の沼は幻だったかのように消えてしまい、そこには大きな窪地だけが残った。
「ミドロ沼は暗い間じゃないと姿を見せねぇ。そんでもってマタンゴの毒霧の効果が薄く、ゴケミドロの元気がないのは夜明け前だけだ。覚えとけよ? 余裕ぶっこいて夜に来たらオメェらはすぐ死ぬぜ」
「「……はい」」
これが冒険者の知識かとアモスはうなだれた。自分の無知を悟ったのだ。
「さて。ここまで見て、テメェらは自分だけで冒険者としてやっていける自信があるか?」
「「ないです……」」
「そうだな。誰かに教えてもらわねぇと無理だ。職業訓練の必要性がわかったか?」
「「はい……」」
特にアモスの落胆は大きい。
『冒険者に向いてないだなんて、そんな異世界モノ、ある? 父さん母さんにも元手はいらないって啖呵切ったし……これからどうしていけばいいのさ』
アモスは計画通りにいかない自分の物語にブツブツと文句を言っている。
「声をかけてもらうの待ちでチラチラ見るのやめろ。ったく、オメェはどんな商売をすれば婚約者を見返せると思ってんだ」
「決めてません。決めてませんが、僕の知識でなにかできると思ってます。例えば服屋さんとか」
「うん。なんか小っせぇ。そんなので何年かけて見返そうとしてんだ? 男なら一瞬でどうにか見返してみろってんだ」
精神論のウザいマウンティングを取られ、アモスはムッとした。
「そんな事ができるんだったらどうするのか言ってみてくださいよ! できもしないのにそんなこと! ねぇチルベア」
しかしチルベアもどこかでルイードと同じ感覚を持っていたのか、アモスに同調することはなかった。
「俺にはできるが、そんな態度のやつに教えてやる義理はねぇ。それによぉ……。オメェみたいな貴族から成り下がったぽっと出のガキが、もし他の商人たちより良い稼ぎを産んだとしたら、そんな商売仇は殺し屋送り込んででもブッ殺すって輩もいるんだぜ?」
「え。そんな簡単に人を殺すとかありえない……」
「はぁ。よく聞け」
ルイードはアモスの両肩を掴んでじっとその童顔を見つめた。
「ここはそんな安全な世界じゃねぇって自覚しろ。エデンで裸の男と女が何も疑わずアハハウフフとリンゴ食ってイチャコラしていた時代とは違うんだ」
「……は、はい」
「ここは人は簡単に人を傷つけ、それがバレなきゃいいって世界だ。指紋を取ったりDNA検査したり街角の録画映像でアリバイ確認したりするような世界じゃねぇし、捕まったとしてもテレビやネットで騒がれるようなこともねぇから犯罪者は顔バレしねぇんだ」
いくら稀人を教えてきたからと言って、テレビやネットやDNAの概念をこちらの人間がわかるだろうか。実物も見ないでそれを理解できるとしたら、それは───
「あなたは……ルイードさん、あなたって人は……もしかして!」
ルイードが久しぶりに一生懸命脅したというのに、アモスは目をキラキラさせている。
「あなた、僕と同じ転生者なんですね!」
「え」
話が明後日の方向に流れてしまったので、ルイードは思わず素になっていた。
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