第102話 ルイード先生のウザ教育 ~ウザラビット狩り編~
「可愛くないねぇ」
生前、散々言われてきたその言葉は、アモスの心の中に楔のように残っている。
幼い頃から見た目で「可愛らしくない」と言われたが、それに輪を掛けて性格も可愛げがないらしい。
自分としては「クールでかっこいい大人」を演じているつもりなのだろうが、周りから見ると「可愛げのない生意気なガキ」に見えることの方が多かったのだ。
だからこの世界に転生してきたアモスは、まず「誰からも愛されること」を意識し、可愛げのある表情や仕草をこれでもかというあざとさで演じてきた。おかげで誰からも愛されるかわいい男の子キャラになったはずだ。
「……なんでオメェ、そんなナヨナヨしてんだぁ?」
「えっ、ナヨナヨしてますか?」
「してるだろ……。誰がどう見ても」
早朝から呼び立てられたアモスは、すでに待ち構えていたルイードにソワソワしていたのを見抜かれてしまった。初めて冒険に出ることが嬉しくて昨夜はよく眠れなかったのだ。
「アモス様ぁ! お待ち下さい!!」
メイド服のチルベアが駆け込んできた。
「でたな子熊女。やっぱりいつも走ってるな」
そう言うルイードに対して「子熊じゃなくて
「私が伯爵様に頂いた品ですが、アモス様も私と背丈は変わらないので使えるかと思いまして、持ってきました!」
「おいおい、そんな重たい鎧着て行くつもりかよ」
ルイードが呆れている横で、チルベアはテキパキとアモスに全身鎧をつけていく。
「それと! 私も同行します! アモス様専属のメイドとして!」
「冒険にメイド連れて行くアホがどこにいるんだよ!」
ルイードはチルベアを睨みつけたが「ん?」と考え直した。
「……そいやぁ、このメイドも無等級の冒険者だったな。まぁいい、まとめて面倒見てやんよ」
「面倒? ふん! 昨夜アモス様から聞きましたが、あなたのようなチンピラに指導係が務まるのかどうか、私がチェックしますから!」
「は? 俺様をチェックだと?」
ルイードは堪えたようにブフフと笑った。
「チンピラ風情が……! 私を嘲笑するんですか!」
「おぉ? 怒った? 怒ってるのか? ヒャッハー! どうしたおら、かかってこいよ、ボッコボコにしてやんよ?(棒)」
ルイードがカクカクと不思議な踊りを見せてチルベアを小馬鹿にするが、さすがに訓練場の戦いを見て自分では勝てないことくらいはわかっているらしく、手を出してはこなかった。
「とにかく、アモス様が師事するなら私はそれに従うまでですが、それに値しないと判断したらその限りではありませんからね!」
「おうおう張り切ってんなぁ。どうやって判断するつもりか知らねぇが、好きにしやがれ」
「好きにしますよ! あ、はいアモス様、朝食でございます」
チルベアはアモスに木製のコップとパンを差し出した。
「ありがとうチルベア。って、これ何?」
「はい! 珈琲です」
「……なんか浮いてるけど」
「はい! 珈琲豆を買い受けましたので、それを握りつぶしてお湯を注いできました!」
「う、うん……何か珈琲の煎れ方、間違ってるね」
「間違ってねぇぞ」
ルイードが口を挟む。
「コーヒーフィルターなんて贅沢なものがあると思うか? 上手いこと上澄みだけを飲むんだよ」
「昨日から思ってましたけど、どうしてあなたはあちらの事をそんなに知ってるんですか!?」
「そりゃオメェ、俺が育てた連中には稀人もたくさんいてなぁ。そいつらから聞きかじったことだ。まぁ、こっちじゃテメェらの世界のことを誰よりも知ってるうちの一人だぜぇ?(ドヤァ)」
「はあ」
「だから安心して俺様の教えを請え。まずはコレだ」
ルイードは羊皮紙を差し出した。ギルドに貼ってある依頼書だ。
「ホーンラビットの捕獲?」
アモスは少し目を輝かせた。彼の中では「異世界モノと言えばまずは角の生えたウサギを狩ること」なのだ。
「ホーンラビットは魔物じゃねぇが、食材として買い手が多い。ただ、素人じゃ捕まえるのが大変だから、こうして冒険者に依頼が来るってわけだ」
ルイードはそう言いながらアモスの手からコップを取り上げて上澄みを飲み始めた。
「ああ! 坊っちゃんの珈琲を!」
「本当なら依頼を受けたらまず調べろ。依頼の内容、正当性、報酬の妥当性、周辺環境、前準備に必要なもの、自分の達成確度……」
「坊っちゃんの珈琲! 私が丹精込めて握りつぶした珈琲豆をよくも!」
「まぁ今日は調べなくていい。俺が全部見せてやるからな」
「聞けー! 私の恨み言を聞けー!」
「ほれ、行くぞ」
相変わらず人の話をガン無視して自分のペースに巻き込んでいくルイードだったが、なぜかアモスは安心していた。この人に教えてもらえれば冒険者としてやっていける、と。
■■■■■
街を出てしばらく歩くと、ルイードは街道から外れて歩きにくい土と石の転がる平原に向かった。
それからさらに十分ばかり歩き、街から一番近い森に到着した頃にはアモスの息は上がっていた。
総重量五十キロ近い鎧を身に着けていれば一キロ歩くだけでも疲弊する。まったく鍛えていないアモスなら当然こうなるのだ。
「フルプレートメイルなんか着てるからだ」
「アモス様は伯爵子息ですよ! 自分の足で歩くなんてそんな」
「あーほーかー。冒険者がそんな貧弱でどうすんだ」
自分で鎧を着せておいて文句を言うチルベアに、ルイードは呆れたように言う。アモスは文句を言う気力もなく「ふー、ふー」と息を切らせている。
「ほれ、ここがホーンラビットの狩場だ」
ルイードは適当な切り株に腰を下ろした。
ここは街から一番近い伐採場で、大きな木がいくつも積まれている他は、まだ引き抜かれていない切り株がゴロゴロしている。
「こんな所にウサギがいるんですか」
息を整えながらアモスが問うと、ルイードはにんまりして口笛を吹き始めた。
チルベアはハッとする。
「まさかそれは獣寄せの……」
彼女の実家は猟で生計を立てており、父親が狩りの時に「おまじない」と言いながら「獣寄せの口笛」を吹いていたことを思い出した。
だが、父が吹いていたものがただの耳障りな音に思えるほど、ルイードの奏でる旋律は美しく、チルベアは元より息が上がっていたアモスですら、呆けたように聞き惚れてしまった。
するとどうだろうか。警戒心もなくひょこひょこと角の生えたウサギがやってくるではないか。
そのウサギたちの頭頂部には名が示す通り一本の角が生えている。それはウサギの全長にも匹敵する長さで、やたら鋭利に尖って硬質的な輝きを放っている。
「言っとくが、月に十人くらいはこいつらに突かれて大怪我してる。ま、気をつけて捕獲してこいや」
「捕獲!? 捕り方知りませんからできません! 角も怖いからやりたくないです! てか、今日は見せてくれるんでしょ!?」
アモスが「知りません」「できません」「やりたくないです」を言う度にルイードはイラァとした表情を浮かべたが、仕方なく手本を見せることにした。
「よく見てろよ。ホーンラビットの狩り方は、こうだ」
ルイードは切り株から「よいせ」と立ち上がり前髪をかきあげる。背になっているアモスとチルベアからルイードの顔は見えなかったが、珍しいことに意図的にホーンラビットに向けて素顔を晒したのだ。
するとホーンラビットたちはルイードの足元に転がって腹を見せ「もう好きにして」状態になった。
「よし」
ルイードは前髪を下ろすと、無抵抗で腹を見せているホーンラビットたちを生きたまま麻紐で縛り、二人の方を見て親指を立てた。
「こうやって捕る」
「「ちょっと待って?」」
二人の声が重なるのも当然で、なにがどうしてそうなったのか見当もつかなかった。
「じゃあホーンラビットの狩り方はわかったと思うから、次の依頼にいくとするか」
「「嘘でしょ」」
二人はホーンラビットの狩り方が何一つわからないままだが、ルイードは構わず次の依頼書を取り出した。
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