第96話 アモスのウザ話①

 僕は日本生まれ日本育ちの高校生で、異世界モノが大好きだった。


 WEB小説、マンガ、アニメ……有名所から打ち切り作品まで、当時あったほとんどの作品を網羅していたと自負している。当時の僕はこれといって他に打ち込むこともなかったからね。


「あぁ、死んだら異世界に行って楽しく暮らせますように」


 それが僕の夢だった。


 僕のように平均値を下回るタイプの人間にとって、現実世界なんて面白くもなんともない。生きていることなんてただの苦行でしかない。


 家庭環境は下の下。両親の仲は悪く、それぞれが不倫していて家庭は崩壊寸前。毎日千円で昼ごはんと夕食を賄えと言われ、二人とも帰ってこない。月四万円の安アパートは住民の声が筒抜けだから、毎晩僕はヘッドフォンをして眠りにつく。


 そんな環境で育ってきたせいか、僕自身の身体能力や学力も下の下。そして容姿ですら下から数えたほうが早いと自分でもわかっている。


 そんな僕でも友達がいないわけじゃないけど、親友というわけでもない。誰からも相手されない底辺層の人間が集まって作られたコミュニティに僕もいると言うだけだ。


 陽キャたちが騒ぐ教室の片隅で、僕は白い監獄みたいな空間をぼんやり眺めながら「早く異世界に行きたい」と思い続けていた。涓滴岩を穿つって言葉があるけど、思い続けていれば死後に異世界に行けそうな気がしていたから。


 そして、夢が叶う瞬間は突然やってきた。


「あ?」


 電車のホームで立っていた僕にぶつかってきたギャル集団は、すごい顔で睨みつけてきた。


 そんなギャルたちに「あんたら完全によそ見しながらくっちゃべって歩いてたよね? ぶつかってごめんなさいくらい言えないの?」なんて言う勇気はなく、僕はうつむいた。


 こいつらは僕が通う学校とは違い、周辺でも悪い噂が絶えない底辺校のギャルたちだ。一昔前なら不良ヤンキーと言われていた部類の人種で、関わり合いたくない。


「なにこんなところに突っ立ってんの。邪魔なんですけどー」

「い、いや、だってここは電車のホームで、みんな電車を待ってるところだから……」

「は? なに? うちらが悪いっての? ブサイクは端に寄ってろよ!」


 顔のレベルは僕と大差なさそうなギャルメイクの女子高生は、僕をドンと押した。


「あ」


 その時の僕は運悪く重い荷物ラノベ30冊を持っていたせいで、必要以上に蹌踉めいて線路に落ちてしまった。自分の運動神経のなさが恨まれる。


「あ、やべwww」


 人を落としておいて、ホームの上から薄笑いを浮かべたギャルの顔は忘れもしない。そして警笛と共に突っ込んでくる電車の音も。




 ■■■■■




 ハッと気がついた時、僕は自分が生きていることにびっくりした。体を触ってもどこも怪我して……なんだこの体!?


 慌てて周りを見る。


 黒くて大きな球ガ○ツ的なものがあったらヤバいと思ったけど、そんなものはなかった。


 あるのは綺麗に整えられた英国式の庭園と、しゃきんと背筋を伸ばして立っている執事服とメイド服の外国人が数人。そして目の前には豪華なテーブルとティーセット……。


「え……。あれ……」

「どうなさいましたかアモス坊ちゃま」


 頭の上に子熊のような耳を生やしたメイド少女が心配そうに寄ってきた。


 ケモミミ? 本物? 坊ちゃま?


 僕はあのクソギャルのおかげで念願の異世界転生を果たした。


 うーん……。今でもたまに思うんだけど、こういう異世界モノでは転生する前に、美人で巨乳な女神様とか全能神みたいなおじいちゃんが現れて、転生する理由を教えてくれたり、チートなスキルを授与してくれたりとか、そういう「転生前のイベント」があるはずだ。


 しかし僕にはなかった。


 もしかしてこの転生は「何の能力もない日本人が現代知識だけで異世界を生きぬく」というサバイバル系異世界モノなのかもしれない。だとしたらヤバいと思った。だって僕はそんなサバイバル生活や知識が欠片もないのだから。


 ………だけど、僕のそんな不安は杞憂に終わった。


 なんとこの世界では上級国民に数えられる「伯爵家」の一人息子という、生活の不自由がない実に恵まれた転生を果たしていたのだ。


 名前はアモス。


 サンドーラ伯爵の一人息子として溺愛されている。


 家族だけのときは父さんと呼ぶけど……伯爵は優しく、家族だけのときは母さんと呼ぶけど……母君はめっぽう美人。そんな二人の間から生まれてきた僕も顔貌が整っている。子どもでも西洋系の顔だから、元の日本人底辺層の顔からすると雲泥の差だった。


 見栄えの良さと実家の資金力、そして生前の記憶。これだけでも異世界無双チャンスが広がっていると思ったけど、実際はそうでもなかった。


 この世界では僕のような異世界人は【稀人】と呼ばれて重宝されている───つまり、僕みたいな存在がたくさんいたのだ。


 そりゃあ稀人と言っても大なり小なりいるだろうけど、僕は所詮高校生程度の知識しかないので、大人と張り合った所で勝ち目はない。現代知識で産業革命的な無双が出来るわけがないのだ。


 それだけじゃない。


 子熊のようなメイド少女に聞いた話によると「稀人は私達とは比較にならないくらい身体能力が高いんですって!」ということだったが、僕の拳で大地を割ったり岩を握りつぶしたりは出来なかったし、かなり難解な魔法術式や位階を覚えたりする頭の良さもなかった。


 つまり僕はちょっと丈夫な程度で、現地の人達と大差ないただの人なんだとわかった。てっきり僕が主役の英雄譚が始まると思っていたけれど、そうではなく「現実的な異世界」に来ただけらしい。


 と、なると………自分が稀人と名乗り出ても「稀人カースト」の最下位は確定しているだろうし、稀人というだけで国家や組織から目をつけられそうだし、僕自身にメリットがない。


 だから稀人であることを隠して生きることにした。


 結果的にそれは正しかった。


 今の稀人には魔王討伐という使命もなく、とにかくお国の役に立つために知識から子種まで搾り取るだけ搾り取られているが、自分から稀人だと言わなきゃばれない。


 名乗らなければ稀人として期待されることもないし、高校生までの経験と知識だけどこちらでは十分に役に立つ下地を持っている。そして僕はよくある「異世界モノ」で見てきたパターンで予測もできたので、上手く立ち回ることもできた。


 そんな僕はすくすく成長し、この世界にも随分馴染んだ。


 そして自分がただの稀人なんかじゃなく「特別な存在ヴェル○ースオリジナル」だということもわかったけど、これは誰にも内緒だ。


 こうして生前と変わらない年齢になった頃、僕は両親と共にキャリング公爵家の晩餐会に参席することになった。それは貴族社会の成人した者たちが必ず通る儀式なのだそうだ。


 公爵家と言えば王族。現在の王妃が退位したら公爵家の誰かがこの国を引き継ぐので、貴族社会の頂点みたいな家柄だ。


 最初は緊張していた僕だったけど、もう成人(十五歳)を迎えていたこともあって酒を飲んで緊張をほぐそうとした。


 うん。生前の僕がどうだったのか覚えていないけど、今の僕は酒が好きみたいで結構飲んだ。そしてちょっとだけ酔っ払って気が大きくなっていた。


「王国には発電所が必要ですね。電化製品があれば国民の暮らしはすごく楽になりますよ!」

「なんだい、その電化製品というのは?」

「電気の力で動く道具ですよ。今は魔石の力で動かしてる魔道具を電気の力で動かすんです。どうやって電気を作るのかはわかりませんけど、稀人の誰かが知ってるんじゃないですか?」

「魔石で十分なんじゃないかい?」

「いやいや。魔石は魔物から採取するんですよね? 魔物を計画的に育成して採取する牧場とかあるんですか? ないですよね? 魔物は飼い馴らせませんから無理ですもんね? そんな不安定な供給だから魔石の値段が無茶苦茶で、民の生活に直撃するんです。だったら電気を安定供給したほうが……」


 僕は酔った勢いで調子に乗り、現代知識の一端を口走っていた。しかも「ふむふむ」と聴き込んでいる相手はキャリング公爵ご本人だった。


 一気に酔いが冷めて青ざめた僕だったが、キャリング公爵は僕の肩に手を置いてこう言った。


「なぁ、アモス君。うちの娘をもらってやってくんない?」


 この軽すぎる公爵様の言葉からして、娘がどんなタイプなのか予見できたかもしれないのに……その時の僕は引きつった顔でコクリと頷いていた。

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