第95話 ウザ絡みのルイードは一人だけ!

「おじさんは喉が渇いてんだよなぁ。金持ってるなら同業者のよしみでエールのくらいおごってくれよ。おーんおーん?」


 チンピラに絡まれたアモスは笑みを噛み殺しながら立ち上がって会釈した。


「失礼ながら先輩。僕たちは今しがた冒険者になったばかりの無等級でして、お金を持っておりません」

「おーん? そのわりにゃこっちのお嬢ちゃんは上等な鎧着てるじゃねぇか。どこぞのお貴族様みたいだぜぇ? おーんおーん?」

「そうですね。僕はサンドーラ伯爵家から」


 アモスは不必要に家名を口にした。だがそれは計算ずくで「ここで家名を言っておけば廃嫡された令息が冒険者になったと噂が広まるだろう」と、わざと言ったのだ。


 まずは「非道にも婚約破棄されてあまつさえ廃嫡まで命じられた可愛そうなアモスが冒険者にまで落ちぶれて可愛そう」という噂が、いずれバカ王女の耳に届くことが復讐の第一段階なのだ。


 きっとエチル王女は間男のロウラ・グラ男爵子息と一緒になって笑うだろう。だが、一度は有頂天に登りつめたあとで叩き落とすほうが面白い。そのための布石だ。


? ははぁん、お前が噂になってる奴だな? おーんおーん」

「噂。どんな噂です?」

「うひひひ。第三王女の婚約者だったのに間男に寝取られて婚約破棄され、その挙げ句に廃嫡されちまったとかいうなっさけない伯爵の息子だろ」

「はい。まぁ、廃嫡されても家督を継げないというだけで、貴族の子である事実は変わらないんですけどね?」

「はン! 親子の縁も切られて伯爵家から追い出されたからこんなところで冒険者になったんだろ! おーんおーん?」

「ほー、それは随分と話に尾ひれ背びれがつきましたね」


 アモスは嬉しそうだ。自分が不幸になればなるほどバカ王女たちは喜ぶ。それがヌカ喜びだったわかる瞬間が一番スカッとするのが


「なんにしてもごめんなさい。あなたにお酒を差し上げる理由もないし、お金もないんです」

「じゃあこの女をもらおうか。鎧は売り飛ばして、こいつにゃ……ふん、まだガキだがとりあえず女の体は使えそうじゃねぇか。んー? おーんおーん?」

「おい、俺はそんなにおんおん言ってねぇぞ」


 低く錆びた声と共に振り返った粗暴なチンピラは、首を掴まれた。


 首を掴まれた方は「ひぐっ」と声を潰しながら持ち上げられ、ベシッと床に叩きつけられた。


「痛っ! て、てめぇ! なにしやがる!」

「なにもクソもねぇよ馬鹿野郎。なんで俺みてぇな格好して新人にウザ柄みしてんだよコラ」

「お、お前は【ウザ絡みのルイード】 け、今朝、食材調達に行ったんじゃねぇのかよ!?」

「ったく、あっちこっちで偽物が湧くったぁ、俺様も有名になっちまったもんだなコンニャロウ!」


 ルイードは偽ルイードを軽々持ち上げて肩に担いだ。


『こっちの男が……』


 アモスはジッとルイードを見た。


『なるほど、ただの定番チンピライベントじゃなかった。確かに冒険者ギルド内の食堂なのにルイードって名前が店名になっているくらいだしネームドキャラ……。今は悪役なのか味方なのか判断できないけど、ただのモブじゃないことは間違いないね』


「なにをジロジロ見てんだよ」


 自分より大きな偽ルイードをアルゼンチンバックブリーカーで苦しめているルイードは、ギルド中の誰もがその残酷な仕打ちを見ているというのに、アモスに文句を言った。


「い、いえ。あの、助けていただいてありがとうございました」

「おう、助けた礼にキンキン冷えたエールをおごれや」

「さっきのほうがマシだった!?」

「この食堂の売上の二十パーセントは食材費として俺に入ることになってんだ。ガンガン飲んで売上に貢献してくれや」

「ぼ、僕はまだ成人したばかりでして」

「そうか? なんでかテメェからはそこそこ大人みてぇな視線を感じるんだがな。ほんとは三十代じゃねぇのか?」


 アモスは顔を引きつらせた。


 誰がどう見ても丸顔で小柄、そして童顔なので成人しているのかどうかも怪しく見えるほど、アモスは若い。それを三十代みたいだと言うルイードは「目が悪いのか」と言われかねないだろう。


 だが、そう言われた当人は不自然なほど汗をダラダラと流している。


「それ以上アモス様にウザ絡みすると殺すわよ」


 白い全身鎧を着込んだ少女チルベアが唸る。


「あぁん? 殺すとは穏やかじゃねぇな」


 カナディアンバックブリーカーに移行したルイードは、偽ルイードが「ひぎぃぃぃ」と鳴いても無視している。


「相手を殺す宣言するときは、自分が殺されていい覚悟があるときだけだぜ」

「はぁ? なに言ってんのよ?」

「相手は殺すけど自分は殺すなって道理はねぇ。殺すときは殺される覚悟が必要だって話だメスガキ」

「メス!? 熊人種ベアルドを侮辱したわね!」


 チルベアが吠えると、ルイードは苦笑しながらボー・アンド・アロー・バックブリーカーで偽ルイードの口から泡を吹かせて床に叩き落とした。気絶した相手を頭から落とすところが容赦ない。


「さぁてお坊ちゃん、お嬢ちゃん。新米冒険者風情がこの熟練冒険者のルイード様に殺すなんて言ったからには、当然覚悟できてんだろうなぁ?」

「チルベア、下がって。ここは僕がやるよ」

「そんな! アモス様!」

「いいんだ。女の子を先に出したら僕は笑いものにされる」


 アモスは掌より短いナイフを鞘ごと手にした。抜刀するのはまだ早いと思ったのだろう。


「僕としてはあまり揉め事を起こしたくないんですが……」


 ちらっと冒険者ギルドの受付を見るが、受付嬢たちは意図的に無視している。


「冒険者ギルドは冒険者同士のいざこざには関与しねぇんだよ。さっさとかかってこいや」


 だが、アモスはナイフを鞘から抜く前に考えた。


『このチンピラは僕から先に手を出すようにしかけている? 正当防衛を主張するつもりだろうか』

「んなこたぁねぇよ。先に抜いてやったぞ、ほれ、ほれ」

『なんだあの短刀。素人の僕が見ても刃先が潰してあるってわかるじゃないか』

「おう、当たるといてぇぞ?」

『実戦は初めてだけど……僕のどうしよう』

「殺しちまうと殺人罪になるから、本気でやり合いてぇのなら決闘の方がいいぞ」

「そうか決闘か……って、僕の考えを読んでる!?」


 ルイードはニタァと笑った。




 ■■■■■




 数刻前。


 ギルド食堂……通称「ルイードの酒場」で提供する高級食材を確保するため、遠い東の国に旅立とうとしていたルイードは、街を出る門で王妃の使いの待ち伏せに出くわした。


 無言で便箋を渡されたルイードは致し方なくそれを開く。


 内容は

『アモス・サンドーラ伯爵令息が廃嫡になったと冒険者になる。王家も絡んだ案件なので令息が息災であるように努めよ』

 というものだった。


「また貴族絡みかよ、めんどくせぇなぁ」


 ボリボリと頭を掻くルイードだったが、便箋の続きを見て「んー」と唸った。


『なお、アモス・サンドーラ伯爵令息は転生稀人である可能性が非常に高い。貴様以外には預けられぬ故、いい感じにどうにかするように』


 命令が雑である。


 だが、そう書いたのなら、こちらの人間として生まれてきた稀人であることは間違いないだろう。


「ったく、この前のやつといい今回といい、貴族に転生するのは稀なんじゃねぇのかよ」


 ルイードは便箋を懐に突っ込んで街に戻った。

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