第97話 アモスのウザ話②
会ったこともない公爵様の娘と婚約することになった僕は「公爵様は僕が特別だと気付いたんじゃ」と焦りまくった。
前々から「稀人は身体能力が高いので、その遺伝子を後の世に残すために種馬のように扱われる」という噂を聞いている。もしかすると男としては夢のようなハーレム生活なのかも知れないけど、それは絶対に嫌だった。
しかし公爵様曰く「言ってることの意味はわからんが、まだ若いのに王国のことを思う聡明さを垣間見たので、娘を預けるにふさわしい青年だと判断したんだよ」ということだったので、それが本当かどうかはさておいて一安心しておいた。
で、その公爵様の娘を、この僕が好きになれるだろうか。
「うちの娘は王家第三序列でね。名前はエチルという」
それって……王女じゃん!?
その子と結婚して、もしも序列第一第と二王位の継承者に不測の事態が起きた場合、婚約者が王妃となって僕は王配になるってことだ。
これはとんでもない逆玉の輿コースだけど、政治が絡んだあれやこれやで面倒くさそうだなくらいのことはわかる。
「てか、うちの娘ヤベェから。いまのうちにちゃんとした男とくっつけときたいんだよねー」
いちいち言い方がパリピみたいに軽い公爵様は、ここで娘を呼びつけた。
凄い女がきた。
金髪碧眼巨乳……だけどなんだそのギャルメイクは。
「というわけで、彼がお前の婚約者だから。あとよろ」
「はぁー? マジで言ってんの父上ぇ~」
「こらこら、ちゃんとご挨拶しなさいって」
「はぁ~い。(コホン)初めてお目にかかります。わたくしキャリング公爵家長女、王位第三位のエチルですわ」
直前の親子会話の軽さはどこへやら。しゃなりとスカートを広げて挨拶する姿は堂に入っていた。
しかしエチル王女の……そのギャルメイクはなんだ!? 僕を殺したあの女子高生たちを彷彿とさせるトラウマ級のクソ化粧だ。
「てか父上ぇ~、こんなチビとうちが婚約とかありえないんですけど!」
エチル王女はまた砕けた口調になると、僕を一瞥してプイっとどこかに行ってしまった。
うん、ファーストインプレッション最悪だ。
確かに僕は同年代からしても小柄で丸顔の童顔だが、決してブサメンではないはずだし、家柄もしっかりしている。それなのにこの見下す態度と初っ端からの口の聞き方。いくら身分が上でもちょっとドン引きですわよ公爵様!!
「公爵様、失礼ながら王女様のあの口調は一体」
「あー。うちの食客になってる稀人様から教えてもらったんだよ。なんでも元の世界では【センター街の悪夢】と呼ばれていた有名人だったとか」
「センター街」
それはもしや東京の渋谷にあるギャルのメッカ的なイメージのあそこかな。
「ジョシコウセイという
「女子高生」
嫌な予感しかしない稀人だ。絶対に会いたくない。
「大変失礼ながら王女様はその稀人の影響で貴族、いえ、王族らしからぬ……」
「そうそう。それでね? 貴殿には娘を少し矯正してもらいたいという意図もある。だからあとは頼んだよダーリン」
「ちょ」
これは最悪な案件だと僕の中のカラータイマーがピコンピコンとアラートを出している。王女ばかりか公爵様もその女子高生に毒されてるじゃないか。食客だかなんだか知らないけど、その稀人は即刻追い出すべきだと思う。
だけど公爵のご意向に逆らえるはずもなく、結局僕はクソギャル……いや、エチル王女の婚約者になった。
僕の異世界転生物語が最悪になったのはここからだ。
伯爵子息だから低俗な言葉は使いたくないけど、王女はバカだ。あえてもう一度言おう。王女は生粋のバカであると!
僕とエチル王女は王侯貴族だけが通う全寮制の王立トラントラン学院に入学したが、王女はいとも簡単にチャラい男の誘いに乗ろうとするし、「今が良ければいいじゃん」と後先考えない。
勉強もしない。勉強が嫌いで勘が悪いというのならまだしも、学習意欲がないし、知識欲もない。そしてエチル王女に感化された取り巻きの令嬢たちと一緒に授業をサボる。
それだけならまだいい。困るのは本人だけで大人になってから黒歴史化するだけだから僕も含めた他人に害はない。
だけど、そうじゃなかった。
伯爵子息だから下品な言葉は使いたくないけど、王女の性格はクソだ。あえてもう一度言おう。王女の性格はクソであると!
「甘やかされて育った人は他人を許せる許容量が大きい」というネット記事を生前に見たことがあるが、砂糖たっぷりのはちみつに漬けこまれて育ったようなエチル王女は、泣けるほど性格も悪かった。
自分が話題の中心にいなければ気が済まないし、自分より可愛い女や人気のある女に嫉妬していちいち対抗しようとする。常に誰かにマウンティングして自分が一番じゃないとアイデンティティを保てないらしくて、平気でわかりやすい嘘もつく。
まぁ、そんなやつは前世でもたくさんいたので気にならないが、僕がどうしても許容できなかったのは「自分は優良種で他は劣等種だ」という謎の選民意識だ。
「国民なんて売るほどいるしぃ、うちの土地に勝手に住み着いている邪魔者なわけじゃんよ。だから少しくらい殺して減らせばいいと思わない?」
「エチル王女、また口調が悪くなっていますよ。それに僕たち貴族は民草を外敵から守るから貴族なのです。そもそも民草からの税収がなければ国は保てませんから減らすというのはちょっと。そしてこの王国はあなたの土地ではないので、他所でそんな事を軽々しく言わないほうが……」
「うるさいわね。と言うかあなたがうちに逆らうなし。てか、いつかうちが王妃になるんだから、この国はうちのものでしょ!」
公爵家が食客にしている女子高生稀人のギャル口調が、中途半端にエチル王女に感染していて、これはなかなか矯正できない。
「エチル王女は第三候補なので、先のお二人に何かが起きない限りは……」
「はぁ? だったらあなたが何か起こしてきなさいよ。うちの婚約者でしょ!」
「……はぁ?」
「第一候補と第二候補を殺して来いっつーの。今の王妃がいつ死ぬかわかんない上に二人も前に詰まってたら、うちが王妃になる順番が回ってこないでしょ!?」
僕は青ざめて周りを見渡した。言った本人はケロっとしていたので冗談半分なんだろうけど、どう考えても他人に聞かれたらヤバい話だったからね。
今の話を誰かに聞かれて「第三王女に叛乱の意図あり」と広まったら、すぐさま断頭台に座らされることも考えられるし、当然婚約者の僕にも被害が及ぶ。
「何慌ててんの、うけるー」
うん。このクソバカ女、どうにかしてやりたい。
こんな女と婚約したなんて、実はこの世界の別名は「地獄」なんじゃないだろうか。
そんなこんなで憂鬱になっている頃、キャリング公爵が僕のもとにやってきた。
「上手くやってるようでよかった。とにかく娘はバカだから、学院を無事に卒業できるように色々取り計らってくれたまえよ。おなしゃすー」
ギャルに感化された言い方はどうあれ、伯爵より上の階級である公爵様に請われたら、僕の立場で断れるはずもない。
僕にはバカ王女をどうにかする義務が課せられた。だから必死にやってきた。
悪い虫や悪友が付かないようにさりげなく交友関係を洗ってガードしたり、なんとか及第点だけでも取れるように嫌がる勉強を叩き込んだり、彼女が他人に横暴を働けばその影でフォローに回って事なきを得たり、普段の王族らしからぬギャルみたいな言動を諌めたり、ド派手な下着が見えるような大股開きの格好でくつろがないように淑女教育したり……。
僕の楽しいはずの学生生活は、ほとんどエチル王女のサポート業務で潰れたと言っても過言ではない。
しかしその結果が一方的な婚約破棄だ。
誰だよロウラ・グラ男爵子息って。僕の要注意人物リストに入ってないんですけど!
だが……これはいい機会だとも思える。
こんな目にあったんだから復讐したってバチは当たらないだろうし!
よぉし、今までに読破してきた異世界復讐譚をなぞって、王女と間男をボッコボコにしてやんよ!!
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