第92話 ウザ王女を見限った青年は両親に打ち明ける
パーティー会場を追い出されたアモスは、
その後ろから息を切らせてサンドーラ伯爵夫妻、つまりアモスの両親が追いかけてきた。
「アモス、これはどういうことだ!? あのムカつく男はどこのどいつだ!? エチル王女はあんな胡散臭い男にお股クパァしたのか!? お前という婚約者がありながら、あれは不義ではないのか!」
「ああなんてことでしょう! 一人息子のお前が廃嫡だなんて、家督を継ぐ者がいなくて領地没収になるんじゃないの!? こんな王家の横暴が許されるの!?」
精一杯きらびやかな衣装を身を包んだ自分の両親が、人目も憚らず声を荒げるのを見て、アモスは薄く微笑む。
「父さん母さん、落ち着いて。とりあえず馬車に乗りましょうよ」
馬車に乗せられたサンドーラ伯爵夫妻が息を整え「貴族らしからぬ焦り方をした」と詫びたところで、アモスは落ち着いた口調で会話を始めた。
「どうやら僕はあの男にハメられたようですね。やってもいない悪事をでっち上げてエチル王女に取り入ったんでしょう。まぁ、王女は隙がありまくりでしたからね」
───うっさいわね。あんた私のお目付け役なの!?
───勉強がなによ! わかんないものはわかんないんだし!
───体育? そんなの淑女や王族がする必要のないことよ
───私の交友関係に口出ししないでくれる?
───親の決めた婚約者だからって偉そうにしないでよ
───私の評判が悪い? あんたがどうにかしなさい!
───あんたみたいな童顔のちんちくりんよりイイ男たくさんいるのに、どうしてあんたが私の婚約者なのよ!
思い起こせば数限りない罵倒を浴びせられてきたものだと、アモスは苦笑する。
「アモス、どうして反論しなかったんだ!?」
「父さん、あちらはいくらでも証拠をでっち上げることができるけど、僕はやっていないことを証明するすべがないんです」
アモスは何でも卒なくこなし、それでいて目立たないように加減する。それはエチル王女を影から支える役目に徹していたからでもあるが、見た目の可愛らしさとは逆で決して感情的にならない冷静さを持ち、大人も煙に巻くような言動をする
そんなアモスはサンドーラ伯爵夫妻からすると頼もしい一人息子で立派な世継ぎだったが、エチル王女にとっては「私にふさわしい男ではない!」という評価だったのだろう。その結果が今日の一件だ。
「だ、だけどね、アモス……」
「母さん。僕たちサンドーラ家は王国から領地を与えられているけど、それをお与えくださったのはエチル王女ではなく王妃様です。第三継承権を持っているとは言え、成人して間もないエチル王女の戯言で廃嫡とか領地没収はありえませんよ。そもそも、あの王妃様がそんなことを許すはずがないですし」
アモスは制服の上着を脱ぐと馬車の中で「ンーっ!」と背伸びした。馬車の中はプライベート空間なので、窓を遮ってさえいれば貴族でも羽根を伸ばしてくつろげるのだ。
「とは言え、なんの権限もないバカ王女でも王族は王族ですから、彼女より身分の低い僕は言われた通り廃嫡指示を受け入れて家を出たということにしましょう」
「「えっ!?」」
両親は目を丸くした。「家を出る」という宣言より、品行方正を絵に書いたようなアモスが毒付いたので驚いたのだ。
「あぁ、ご心配なく。あのバカどもにしっぺ返しはさせてもらいますから。そのために僕は被害者でいなければなりません。ふふ、これからバカ王女とあの男がどれだけ落ちぶれていくのか、楽しみですね」
「落ちぶれる? なにか策があるのかいアモス」
「別に何も。ですが、僕がサポートしていない王女なんてただのバカ女です。勝手に自滅してくれますよ」
「うーむ、我が息子ながら不敬がすぎる……だが今はよしとしよう」
サンドーラ伯爵は馬車の近くに誰かいないか気にしているようだが、御者兼メイドが見張っているだろうから問題はない。
「そもそも僕が王立トラントラン学院に通ったのも、王妃がバカすぎて学問についていけないのを、キャリング公爵家の頼みを受けて婚約者になった僕が、わざわざ陰ながらフォローするためでしたよね?」
「う、うむ……」
「ですから僕がいなくなったらさぞ困ると思いますよ。公爵家もメンツ丸つぶれですし。ま、僕の方は卒業までの単位は取り終わっているので通学しなくても卒業できますし、問題ありませんよ」
ニコニコとしているアモスをサンドーラ伯爵は少し不気味にも感じた。我が子は「はじめから王女を貶めるために計画していた」としか思えない言動をしているのだから、そう思っても仕方ない。
「僕の立場は【王女に理不尽な婚約破棄と廃嫡を命じられて学院から追い出され、家にも帰れず彷徨う可愛そうな子犬】です。世間からはそう見えるようにしておきましょう。同情を買えますから世論はサンドーラ家の味方です」
「ああ、そういうことか。わかったぞアモス! お前はしばらく隠遁生活するというのだね? いいともいいとも! たまには贅沢に羽を伸ばせばいい! どんな高級旅館でも私が支払うから安心するがいい!」
「いいえ、父さん」
アモスはにっこり笑った。
「せっかくですから僕は独り立ちしてみようと思います。うちの領地は収入が少ないので、いい機会ですから領民が食い扶持を稼ぐ方法を模索してみます」
「ん、商売を始めるのか?」
「それは先の話ですね。もちろん資金援助は結構です」
「なんと!?」
「親から援助を受け続けていれば、所詮は貴族の道楽と言われて庶民に受け入れてもらえません。それでは復讐に差し支えますから」
「復讐って……。そ、そうは言うがな、生きるためにはお金が必要なんだぞ? 元手くらいは私達から」
「いいえ、その元手を貯めるところから始めます」
「無一文でどうやって……まさかお前……」
サンドーラ伯爵が青ざめると、アモスは一呼吸置いて嬉しそうに応える。
「冒険者になってみようかと思います」
「は……はぁぁぁ!? お、お前、伯爵家の世継ぎが冒険者などという最底辺の仕事を!?」
「父さん、冒険者をそう馬鹿にしたものではないですよ。【青の一角獣】や【見えない爪】の血盟主は御存知の通り稀人勇者で国の宝。そして一等級の冒険者です」
「あんな化け物のような連中と肩を並べるつもりかい!?」
サンドーラ伯爵はその血盟主たちをよく知っている。
戦士のアヤカは剣閃だけで城壁を吹き飛ばし、義賊のユーカは空中徒歩もできる驚異の身体能力を持っている。あれは人知を超えた存在「稀人」であり、さらにその中でも特殊な能力を有している「勇者」なのだ。
「まさか。僕にそれほどの力はありませんよ。ですが幾ばくかのお金を集めるには冒険者が手っ取り早い。それを元手にして商売して家に貢献すると同時に、あのバカ王女と間男を地獄に叩き落としてご覧に入れますよ」
「しかし、一人でそんな……」
「一人でいいんですよ。
「む、むぅ。いない……いや、いるではないか!」
「え?」
サンドーラ伯爵が指差す。
親子の内緒話を聞かないうように、馬車から少し離れた所で待っている御者兼メイド───チルベアという少女だ。
「チルベアは成人して……たっけ? とにかく、まだ子どもですよ?」
「お前も成人したばかりで十分に子どもだよ。それにチルベアはああ見えて戦闘訓練も受けている。冒険者になっても役に立つはずだ」
「僕が十分に子ども、ですか。まぁ、そうですね。ふふふ」
アモスは何かを含んだように薄く笑った。
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