第七章:不運と踊っちまった貴族令息の物語
第91話 それってよくあるウザ物語?
貴族の令息令嬢が通う「王立トラントラン学院」は、冬至の日に講堂でパーティーを執り行う。なんのためのパーティーなのかは不明だが、とにかく銀のスプーンをくわえて生まれてきた学生たちの親……つまり王侯貴族もやってくるという、年に一度の豪華絢爛な催しだ。
普段の講堂は全校集会と雨天時の体育授業以外に使われることはないが、今は「ここが講堂か?」と生徒たちが驚くほどに装飾されている。
王家御用達の料理人たちは、庶民が口にしたこともない料理を創作し、夜伽もできる美男美女の給仕係がそれらを運ぶ。一般流通していない上等な酒が所狭しとテーブルに並び、意味もなくシャンパンタワーがキラキラと注がれて歓声が上がる。(王国は十五歳で成人と見做されるので学生でも一五歳以上は飲酒可)
生徒は全員制服なのに招待された親たちの派手なこと。派手さが派手さを包み込んでどれが一番派手なのかわからない。逆に地味な制服を着ている生徒たちのほうが目立ってしまうくらいだ。
実質このパーティーは令息令嬢たちを主役に見せかけて、その親である王侯貴族が酒と食事と社交辞令を楽しみながら敵対勢力との派閥争いをする場となっている。
しかし派閥争いとは言え、貴族たちの流儀はスマートだ。決して怒鳴り合ったり殴り合ったりしない。
「元気なお子さんですな(うるせぇから静かにさせろや)」
「遠い御領地からわざわざお越しで(田舎もんが来おって)」
「わぁ、まぶしい。実にきれいなドレスですこと(そんなけばけばしいもの着て何考えてんの)」
などの「本心を包み隠した嫌味」=「貴族言葉」の応酬で、誰がうまいこと相手をギャフンと黙らせるか……そのイニシアチブの取り合いを楽しむのだ。
ちなみのこの貴族言葉は【稀人】が持ち込んだ「異世界の古都で今も使われている伝統的な言い回し」らしく、その
だが今日のパーティーではそんな雅な楽しみを台無しにする無粋な者が現れた。
「アモス・サンドーラ伯爵子息。私はあなたとの婚約を解消することをここに宣言するわ!」
フロアが見渡せる二階のテラスから身を乗り出すようにして声を荒げたのは、王家第三序列にある王女エチル・キャリング王女だった。
彼女は王妃と直接の血縁こそないが、上から三番目の王位継承権を持っている王族で、まごうことなき王女である。とはいえ、指さされて公衆の面前で婚約破棄されたアモス・サンドーラも決して身分が低い男ではなく、現王族の血縁者である伯爵家の長男だ。
「アモス、あなたは私の婚約者である立場を利用し、こちらのロウラ・グラ男爵子息に対して、
何も言い返すことなく黙って聞いているアモスに対して、王女はどんどん一人で突っ込んでいく。
「王国貴族の面汚しと言わざるを得ないあなたの所業! トラントラン学院の男子寮での狼藉! すべて聞きました! 同室のロウラ殿をいじめにいじめ、寝ているロウラ殿のちん(ピー)の先にタイガーバー(ピー)を塗るならまだしも、ケツの(ピー)にコー(ピー)とメ(ピー)トスだなんておぞましい!」
紳士淑女の集まる場所では、下品な言葉は(ピー)でかき消されるというとても便利な魔法があり、当然この講堂にも(ピー)の魔法が張り巡らされている。
しかし(ピー)の音で自分の声がかき消されるのは貴族にとって恥ずかしい事である。それは貴族言葉を上手く使えない頭の悪い罵倒だと見做されるからだ。だが、王女は(ピー)にひっかかりながらも、恥ずかしげもなくアモスを罵倒し続けた。
「とかとかなどなど! とにかく! そんな鬼畜の所業をする男を、王位継承三位の私が夫にすることなどありえないわ!」
エチル王女は隣に立つロウラ・グラ男爵子息の腕を取り、すっとくっついてみせた。
「それに比べ、庶民出身でありながらグラ家の養子に取り立てられたロウラ殿は、誠に貴族にふさわしい出で立ちと精神をお持ちよ!」
紹介されたロウラは、眼下のフロアで立ち尽くしている貴族たちに深々と頭を下げ、自分から発言はしなかった。誰が見ても美形の背の高い青年だ。
「見なさい! 序列を重んじているロウラ殿はアモスに対して一言も恨み言を吐かないという清さ! それに比べてアモスはさっきから無意味な反論を……え、なんで文句言ってないのよ」
今しがた「序列を重んじ」と自分で言っておきながら、想定していたシナリオとは違う状況にエチル王女は困惑していた。
今頃アモスは必死に弁解の言葉を吐き散らかしていると思っていたのだろうが、当の本人はキョトンとテラスを見上げているだけで、一言も発していない。
まだ幼さが残る丸顔の青年アモスは覚えのない罪を問われて、王女との婚約を一方的に破棄された。本来なら騒ぎ立ててもおかしくない場面だが、下手にここで騒ぎ立てすれば貴族の名誉に傷がつくと考え、ただただ聞いているしかなかったのだ。
「アモス、発言を許す。言いたいことがあるのなら言っていただこうか」
何様のつもりか格下の男爵令息であるロウラ・グラが、アモス・サンドーラ伯爵子息を見下したように言ったので、さすがに会場内の王侯貴族たちの間でヒソヒソと声が聞こえ始めた。
爵位は上から「公爵」「侯爵」「伯爵」「子爵」「男爵」「騎士爵」となっており、一代限りの「騎士爵」や国家に功績を残せば庶民でも授爵される「男爵」は別にして、子爵は伯爵の家督を受け継ぐことが出来る血筋の者に限られているし、伯爵は王族の血縁者。侯爵は世が世なら王と名乗れていた地方領主で、公爵は王位もしくは王位継承権を持つ家柄である。
つまり、ロウラ・グラは生まれは元より今も下級貴族であり、王家の血縁者であるアモス・サンドーラを見下しても良い立場ではないのだ。
これが序列に厳しい北の「帝国」や東の「王朝」であれば、現段階で即刻不敬罪に問われかねない蛮行だが、ロウラはそうしても良いという「確信」を持っていた。それが王女が続けて言った言葉だ。
「アモスからの言い訳はないようね。あるわけないわよね。事実なんだから。だからあなたには王家の名のもとに廃嫡を命じます」
会場内が一層どよめいた。
なにかあれば王家を代表する権利は持っているが、現行では何の力も持っていないただの第三継承者が、王家の名を騙って伯爵令息を廃嫡にしたのだ。これは王家の横暴と取られても致し方ない大事件だ。
「さあ! たった今、この場この時間よりあなたは平民です! 学院にいることも汚らしい! 出ていきなさい!」
「……」
アモスは手にしていたグラスをテーブルに戻すと、胸元に手を当てて周囲の人々に一礼し、背筋をピンと伸ばして堂々と講堂を出ていった。
これが後に庶民にも知れ渡り、吟遊詩人の唄や舞台になり、読み物としても諸外国にまで広まった「バカ王女に婚約破棄された挙げ句に廃嫡されたので仕方なく冒険者になったら変なおっさん冒険者に絡まれてあれよあれよと大逆転劇に転じた件 ~実は俺がいないと王女はただのダメ人間なんだけど頭にきているので戻ってこいって言われても断る所存です~(通称バカダメ)」という物語の始まりである。
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