第90話 後日談を報告するのもウザめんどくさい②

「次」


 王妃に促されて、ルイードは「へいへい」と記憶を辿る。


「次の報告はやっぱ邪教かぁ?」

「うむ。そろそろ本題が聞けるというわけだな」


 王妃は身を乗り出した。


 シルビスよりも豊かに見えるロイヤルおっぱいが揺れているが、ルイードはなぜか嫌そうに目を背けた。


「神の雷霆教団は解散。サマトリア教会の地下にあった祭壇は埋め立てられた。祭壇にいた狂信者たちは衛兵に逮捕されて、闇ギルドの連中とは別の刑場送りさ。きっと沿海の孤島で魚釣りだろうよ」

「真人間になりそうか?」

「さぁな。それと祭壇にいなかった狂信者たちは逃げ隠れちまった。まぁ奴らが崇拝してた堕天使はもういねぇから、呪いだのなんだのって特別な力はなくなってんだがなー」

「ふむ。逃げ隠れた者たちは異端者として今後も肩身の狭い人生を送ることになるだろう」


 王妃は心底嫌そうな顔をしてみせた。敬虔なサマトリア教会の信徒なのだろうか。


「報告はそんなところだな」

「まてまてルイード。全然そんなところではないぞ。肝心な部分がごっそり抜け落ちているだろうが」

「?」

「おっさんが可愛らしく首を傾げるな気持ち悪い! 貴様、その邪教徒たちが崇拝していた堕天使をどうした」

「ラミエルか? 地獄に送り返したが?」

「では何者がその堕天使を地獄の底から連れ出してきたのかわかっているんだろうな?」

「そりゃあ、あんたが大好きな魔王アザゼルに決まってんだろうが。ま、やつは今、アラハ・ウィって名乗ってやがるけどなー」


 王妃はピキッとこめかみに血管を浮かべた。


「ふ……ふふ、やはり貴様に討伐された後もアザゼルは地獄に帰っていなかったのか」


 王妃は眉間にシワを寄せて十二枚の光り輝く翼を広げた。


「また懲りずにエデンに干渉するつもりかもしれんが、そうはさせんぞアザゼル!」

「まーぶーしーいー」


 ルイードは光り輝く王妃に文句を言う。


「とは言え、妾は貴様との戦いで力をかなり失った。やはり神が遣わされる稀人たちに期待するよりあるまい。今後も管理監督を頼むぞウザエル、いやルイード」

「だーかーらー、まーぶーしーいー」

「貴様とて翼を持っているだろうが、神に逆らい人間と交わった貴様の翼が光っているかどうかは知らんがな」

「うっせぇバーカ! テメェとアザゼルは翼の数が多くて眩しいんだよ! 早く仕舞えよ!」


 ルイードに本気で嫌がられた王妃は、光る翼を消し去るといつものように冷淡な微笑を湛えた。


 ルイードが王妃に逆らえない理由は彼女が王国の支配者であるからではない。彼女がルイードをコテンパンにして、他の天使共々地獄に叩き落とした張本人だからなのだ。


「それとあんた、小細工しただろ」

「なんのことだ?」

「ランザの母親だよ。ラーチュナイヤ。帰り際に見てきたが、あれは……」


 ルイードはその先を言わずに口を閉ざして王妃を睨む。すると王妃は観念したように吐露した。


「そうだ。ラーチュナイヤはスペイシー侯爵の最初の妻リリアが産んだ四人目の子どもだ」


 王妃は面白くなさそうに言う。


「呪われて亡くなったリリアが天の門で神と交渉してな。生まれなかった腹の子は死後に産み落とされ、リリアの魂が入った」

「ってか、スペイシー侯爵は自分の娘と結婚したってことじゃねぇかコンニャロウ! ランザにとっちゃ自分の姉が母親だってことだぞ!?」

「だから魂はリリアだと言うておる」

「そういう問題じゃねぇんだよ! 人間の運命に干渉するなってのは神が定めたことだろうが! 自分で自分の規則をテメェ都合で破りやがって、そのくせ俺たちには規則を破るなと命令する! だから───」

「イキるなルイード。それは彼女の願いであり、神は慈悲を示されたのだ」


 愛するスペイシー侯爵を、そして自分の子供達を守るために、リリアは生まれ出なかった娘の体を借りて転生した。そして再び侯爵と結ばれ、エランダが産んだ邪な者たちに対抗する子……稀人を産んだ。それがランザだ。


「神はリリアの願いを聞き届け、稀人の母として彼女を転生させた。それだけのことだ」

「気にいられねぇな!!」


 ルイードは机をバンと叩いた。それだけで大理石の天板は手の形に穴が空いたが、王妃は驚きもしない。


「王妃様!」


 特別室の扉が激しく開いて近衛騎士たちが雪崩込んでくる。ルイードが狼藉を働いた時にいつでも突入できるように待機していたのだ。


 王妃はしらっとした顔でティーカップを傾けているが、ルイードは立ち上がって肩を怒らせている。その光景だけでは、完全にルイードが何かやらかしたように見えるだろう。


「貴様、王妃様の御前でその態度はなんだ!!」


 初老の騎士がルイードに掴みかかる。


「うるせぇよ人間ども」


 ルイードはボサボサの前髪に隠れた瞳を黄金色に光らせた。


「ふん。お前はその人間どもが好きなのだろう? だからそうして怒る」


 王妃は近衛騎士たちには見えないように、ルイードと同じく瞳を黄金色にしてみせた。


 それだけの一瞬で特別室の中に言い得ぬ緊張感が走り、近衛騎士たちは固まった。もちろんそれが大天使ミカエルがわずかに零した「神気」だとわかる者はいない。


「……うるせぇよ」


 ルイードは不貞腐れたように言うと、近衛騎士たちを押しのけて特別室を出ていった。


「お、王妃様」

「構わん。あれは捨て置け」


 王妃はすっかり冷めてしまった紅茶の入ったカップを置いた。


「人間に肩入れするのは、誰よりも貴様ではないか」


 王妃の独り言は誰にも聞こえなかった。




 ■■■■■




「随分な、お前ら……」


 熱血のガラバは隣に座るシーマの手を取りながら呆れたように言うと、クールなビランと元気なアルダムは「うーん」と唸った。


「確かに海の観光で有名なスペイシー領に行った」

「そうなんだよなぁ。行ったんだよなぁ。だけどこれについては全然記憶にねぇんだよなぁ。日焼けっていうか、むしろ火で炙られたような火傷なんだよなぁ、これ」

「手と足と首にくっきりとアザができていた」

「そのアザの部分は焼けてないんだよなー」


 誰がどう見ても手枷足枷や首輪をつけられて、暑い日差しの下か火で炙られたかしたようだが、そんな痕ができるようなことはしていない。と、思っている。まさか磔にされて堕天使ラミエルの光で焼けたとは夢にも思っていないようだ。


 それは二人だけの話ではない。


 シルビスも「うーん」と唸っている。


 スペイシー領の侯爵家で酒を振る舞ってもらう幸運にありつけたはずだが、その先を覚えていない。気がついたら港の安宿で寝ていたところからして、泥酔して送り返されたのだろう。


「イケメンシブオジの玉の輿だったのにぃ~」


 シルビスは深いため息をつく。


 そんな手下たちをニヤニヤと見ていたルイードは、冒険者ギルドに入ってきたまだ初々しい者たちを見つけた。装備品も整っていないが、将来へのやる気に満ち溢れた目をした若者たちだ。


「おうおう、ここはてめぇらのような素人が来るところじゃねぇんだよ、おおん?(棒)」

「な、なんですか、あなたは」

「お? 若いのにいい女連れて歩いてるじゃねぇか……ん、まだ成人したてか? うん、ガキだな……いや、いいんだ。どうだいお嬢ちゃん、こんなやせっぽっちのガキより俺様と行かねぇか? 大人の冒険しようじゃねぇか、ひゃっひゃっひゃっ(棒) なぁ、いいだろ、いいよな、いいに決まってるぜ。そうだよなぁニィちゃんたち。───ってか、おい、この娘置いてどこ行くつもりだテメェら。はぁ!? この娘を差し出して自分たち逃げる気かコンニャロウ! やり返してこいよ! てめぇら冒険者以前にそれでも男か!? 人としてありえねぇだろうが!」


 ルイードは半ギレで男たちを正座させて説教を初めた。


 いつもどおりのギルドの光景だ。


 二階の踊り場から受付統括のカーリーが冷やかに見下ろし、冒険者達がひっきりなしに訪れ、受付嬢たちが依頼をさばく。


 看板も出していないのに「ルイードの酒場」と称されているギルド食堂では元殺し屋たちがいそいそと働き、「いつも倒される役目のテーブルと椅子」あたりにはルイードの子分たちが座っている。


 最近「救国の勇者」たちが鍛錬を積むために旅に出たとか、各地で魔物や魔族が定時になるとやって来て定時になると帰っていくとか、南の海岸線にあるスペイシー領への観光がブームだとか、いろいろあるが、ルイードは今日も元気にウザ絡みするのであった。






(第六章・完)

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