第89話 後日談を報告するのもウザめんどくさい①

 王妃は羊皮紙を手にした。


 数あるヒュム種の王族の中でも、彼女ほどの美貌を誇る者はいない。それは王国以外の北の帝国、西の連合国、東の王朝に至る全ての王族の中で、という意味だ。


 飾り窓から差し込む光が王妃を照らすと、産毛ですら金色の輝きを放っているかのようで、その凛とした佇まいは一葉の絵画のようでもあった。


 白くスラリと伸びた指先が羊皮紙を開くと、その美しい王妃の手と相反する汚ったない文字が飛び込んできて、王妃は形の良い眉をひそめた。


「スペイシー領のお家騒動は、前妻エランダやその息子たちが邪教や闇ギルドを用いて引き起こした事件であり、解決した。以上」


 簡潔すぎる報告内容の記載者サインは「ルイード」とある。


「……これだけでは報告にならんだろう」


 王妃は羊皮紙をテーブルの上に置いて、対面に座る男───ルイードを睨みつけた。


「そう言いますけどねぇ。報告とかいらんでしょうが」

「んー、不敬罪でぶっ殺すぞ?」


 美しい顔の美しい微笑みとは相反する過激な言葉に、ルイードはボサボサの髪をポリポリと掻きながら顔をしかめた。さすがの堕天使ウザエルでも、一国を担っている王妃には逆らえないらしい。


 ここは王妃が親しい客を接待するために作られた王城の特別室で、ルイードはこの場に似合わなすぎる。


 実はこの会見の前に近衛騎士たちが完全武装で勢揃いし「あんな小汚い不埒な者が王妃様と二人きりで特別室などありえません!」と直訴してきたが、王妃は笑って「あの程度の男にできる妾ではない」と跳ね除けた。


 その肝っ玉の太さに近衛騎士たちは更に心酔したのだが、実際にルイードは王妃に逆らえず、叱責されて頭を掻くことしか出来なかった。


「おいルイード。ちゃんと報告しろ。誰が貴様を雇っていると思っているのだ。報告しないのなら妾が選んだ者たちと子作りしてもらうぞ」

「いえ結構です。冗談じゃないです。お断りです」


 ルイードは背筋を伸ばしてキリッとした顔で言った。


「ならば口頭でも良い。ちゃんと報告せよ」


 王妃に促されたルイードは渋々話し始めた。


 まずは邪教の力を借りて先妻リリアとスペイシー侯を呪殺したエランダのことだ。


「その糞女は刑場の露にしてくれる。それくらいの悪女なら地獄に落とすのに躊躇いはない。いや、いっそ街の広場で残酷ギロチンショーでも行うか」

「あんたなぁ……。まぁ好きにすりゃいいけどよ、今は見る影もない婆さんだぜ?」


 ラミエルの加護である「幻視の術」が解けてしまったエランダは、心も折れてすっかり痴呆老人のようになっている。


「老い先短いのなら、いっそ派手に人生を終わらせてやるのが王妃の情けというものであろう?」

「……まぁいい。次の報告に移るぜぇ」


 次は四男、五男、六男のことだ。そもそもが邪神との間に生まれた子でスペイシー侯爵由来ではないことを伝えたルイードは「そいつらは消滅した」と付け加えた。


「ふむ。では、王国の戸籍からも消しておかねばな。スペイシー家の世継ぎは五人だった、と。して、家督はどうなった?」

「ランザが継いださ。最初は嫌がっていたがなぁ」

「ほう?」

「あいつ、どさくさに紛れて幼馴染みの修道女にプロポーズしやがってさ。だけど、定職についてないなら領主やれってその幼馴染みに言われちまってた。それで仕方なく領主やることになったってわけだ」

「……スペイシーには仕方なくやるような爵位を与えたつもりはないんだが。いっそ領地没収してしまおうか?」

「やめたげて」


 ルイードは王妃相手ではやりにくそうに話を続ける。


「他の兄弟たちは二度と暗殺とかしたくならないように廃嫡。長男のアジーンはなぜかしらんが、諸外国に観光アピールする広告塔になるらしい。今はイケメンの渋いおっさんが人気だから、だとよ」

「……」


 王妃はジッとルイードを見たが、自分が「イケメンの渋いおっさん」だと自画自賛しているフシはない。むしろ無自覚なままのようだ。


「次男のドヴァーはアホなランザの片腕として……というか、実質的には領主として領政をやるらしい。ああいうやつは二番手にいるほうが輝くらしくて、より良い領地改革を目指しているんだとよ」

「ドヴァーか。勝手に領兵を駆り出してゴブリンと戦争を始めたことについて、王国としては無視はできんが?」

「見逃してやれよ。今ではゴブリンと友好関係を結んで領地の一部をゴブリンランドとして開放してるくらいだしな」

「は?」

「騎士とゴブリンたちがその戦争で仲良くなったとかで、そうなったらしいぜ」

「何だその優しい世界は……相手は魔物だぞ?」

「時代は変わるんだよ。あんたも一度行って見ればいいんじゃね?」

「……何があるんだ、そのゴブリンランドには」

「知らねぇよ。まだ出来てねぇんだから」


 ルイードは呆れ顔をしながら、王妃の前にだけ置いてあった茶菓子を鷲掴みにした。


「ったく、客への持て成しがなってないぜ(ムシャコラムシャコラ)」

「貴様は妾に雇われている身であって客ではないからな。で、次の報告は」


 甘菓子をもぐもぐしながらルイードは三男トリーの事を語った。


「宿場町で虎人種マガン・ガドゥンガンのファンネリアって女が営んでいる店で、絶賛皿洗い中だぜ」

「皿洗い? 貴族の息子が?」

「強い女の尻に敷かれたいタイプだったらしいぜ。継母のエランダから影響受けてたんだろうな」

「そのまま一生皿洗いをするつもりなのか」

「そうなんじゃねぇか? スペイシー家から援助してもらって店の改築も進んでるらしいからな」

「……まぁ、それはそれで良い人生だろう。次は?」


 次は七男……現在は四男に当たるセーミだ。


 ルイードの名を語りアクマ血盟などというものを作ってやりたい放題していたが、港町の広場で二度と人前に出られないような辱めを受けたことで、今は館の離れに引きこもって痔の療養をしているらしい。


「痔?」

「広場の噴水でずっとケツの穴を打たれ続けたせいで、そうなったらしいぜ」

「貴様がそういう辱めを与えたのか」

「まぁ、な」

「ならよい。貴族にそんな事をする者がいたら不敬罪で罰を与えねばならんからな」

「ほーん。俺はいいのかよ」

「貴様は自分がそういう法の外にいると自覚してやったのだろうが」


 ルイードは指摘されて舌を出した。まさにそのとおりだったらしい。


「次は闇ギルドの話だな」


 エランダが秘密裏に作っていた闇ギルドは当然解散。狂険者ワルたちは全員拘束され、スペイシー領で最も過酷と言われている炭鉱で刑期に応じた働きをさせられるらしい。


「そこでも痔になるやつが多いらしいぜ」

「どうしてだ?」

「健全な王妃サマにゃ聞かせられねぇような、男ばかりの刑場によくある睦み事ってのがあるらしいからな」

「なるほど切れ痔か。次」


 次はルイードに協力した殺し屋たちの話だった。


「ランザ経由で恩赦を出させたぜ」

「恩赦だと? 【風切のシーラナ】【風使いのトッド】 【笑いハーピュレイ】であったか。妾でも名を知る殺し屋たちだが、今後どうするつもりなのだ」

「知らねぇよ。好きに殺ってんじゃね?」

「馬鹿者。殺し屋を野放しにするのは許さんぞ。大体貴様は北の帝国からも殺し屋を引っ張ってきて、あろうことか冒険者ギルドの料理長に仕立て上げたそうではないか。その者たちもちゃんと面倒を見るように。わかったな?」


 後日、料理長ジョナサンの元で太ったドワーフのご婦人が調理に勤しみ、小柄なエルフと三人の同じ顔をした娘たちが給仕している姿を見ることができるようになる。


 そこは冒険者ギルドの管理下にあるただの食堂のはずなのに、誰ともなく「ルイードの酒場」と呼ぶようになるのはまた別の話だ。

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